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マッチを売りたくない少女

作者: 福島 まゆ

 

当作品を読むにあたり、注意点

・従来の『マッチ売りの少女』の世界観を、崩壊させる危険があります。

・題などにも在るとおり、そもそも結末も異なります。

・以上、引き返すなら今のうちです。

誤字の指摘や感想などがあれば、遠慮なくお寄せ下さい。


 子供の頃、一度は聞かせてもらった経験が無いだろうか?

むかし話。

灰をかけたら花が咲いたというジジイの奇想天外な話とか、ある女が魔女の力で王子と結ばれるという、ラッキーが過ぎる話とか。

 あるいは、どれだけ働いても報われず、最後にはマボロシを見て死んでしまうという、哀しいんだか、ヤバいんだか分からん話とか・・・。


「っつーか、なんで俺がソレになってるのさ。」


 誰に聞かせるでもなく、寒空の中でオレは悪態をつく。

ひとつ断っておくと、俺は『マッチ売りの少女』では無い。

生まれ変わる前は、やすしという名の、一般企業に勤めるサラリーマンだった。

 来る日も来る日も仕事付けの毎日、帰るのはいつも日付を越えた真夜中だった。

そのせいで俺は心身ともに、ボロボロとなってしまっていたようで。

出勤してパソコンの電源を入れたところで、世界が暗転し、気が付いたら日本じゃない世界に転生を果たしていた。


不憫ふびんな、それは不憫な少女』として。

 この12年の人生で良い事といえば、豊胸な母親のおっぱいに挟まれた事ぐらいだろうか。

 せっかく魔法文明世界で転生を果たしたと言うのに、残念ながら俺は、恩恵にはあずかれなかった。

 おっと・・・話に花を咲かせている場合ではない。


「香油は如何いかがですか? とてもお安いですよ!」


 なんとか客を引こうとするが、なかなか捕まってはくれない。

でも思えば至極、当然である。

道端で誰とも分からぬ少女から買わなくとも、香油ならその辺りの店でも売っているのだから。


「あのクソ親、商才なさすぎだろ!?」


 ”彼女”の与えられている仕事は、問屋を営んでいる親の売れ残りを売りさばくこと。

あのバカ親ときたら、バカに輪を掛けて、むしろ愚かである。

 この間もそう、北の果てにあるこの街で、『市場に余っていた』とか言って山のようなスライムを仕入れてきた。

これは動物性のスライムとは別物で、南のレベッカやベアルなどと言った土地で納涼品として重宝される代物だ。

でもここはグレストという、夏にも気温10度にもならない北の果てであり、どこのバカが店頭に置くというのか。

 案の定というか在庫を抱え、それをオレが今日のように売りさばくハメになるのだ。

もし南行きの隊商が通りがからなければ、あの後、俺はどうなっていただろう。


「おやメービスちゃん、今日も親の手伝いかい?」


「そうなんですよー、おじさん買ってくれません? 今なら香油を一本サービスしますよ。」


「なら貰おうか・・、婆さんと孫にプレゼントだ。」


「ありがとうございます!」


 転生して唯一良かったのは、見てくれだけは良かった事だろうか。

自画自賛するつもりは無いが、平均よりは上の自信がある。

いわゆるカワイイ系という奴で、決して美人ではないが、おかげで在庫が残るような危機的自体だけは、これまで避けることが出来た。

だが、限度はある。

 もし俺が大きくなって商業ギルドへの所属資格を得られたなら、真っ先に親の問屋を潰すね!

これまでの借金を、少しは返すメドもつけなければ。


「香油は如何いかがですか? とてもお安いですよ!」


 カゴに残った香油は、あと数えるだけ。

これさえ売切れれば、家ではパンと暖かい寝床がオレを待っている!

そう考えると、この寒さも、なんとか乗り切れそうな、そんな気がした・・・


と考えた俺も、親のメデたさが伝染うつってしまっていたようだ。



◇◇◇



「・・・・はっ?」


 その時、俺はきっとキツネにつままれたような表情になっていた事だろう。

つい先刻、俺はノルマである在庫を売り切った。

それは良い。

珍しく両親とも起きており、帰るなり2人は俺に労いの言葉を掛けてくれた。

これも良い。

 だが続く言葉に、俺は信じられないものを見た気がした。


「悪いなメービス、お父さんの店、倒産しそうなんだ。 ご苦労だけど売り払ってきてくれないか?」


「はああああああああああ!!!???????」


 前言撤回。

信じられないものを見せられたに、訂正する。

家の中には、山のように積まれたマッチが・・・

そう、『マッチ』

 待っち・・、いや待って。

これから売ったら俺、『マッチ売りの少女』そのままよ。

 なに、俺死ぬの?

昔、一度だけ会ったバーサンの夢見て、死ぬの?

なんて事してくれんのよ、父さーーーーーーーん!


「マッチはウケると思ったんだけどなー、どうして売れないんだろう?」


「・・・・。」


 ね?

呆れて返す言葉もないよ。

先ほども説明したとおり、ここは魔法が使える世界。

大抵の人間は、さっと片手間に火ぐらい起こせる世界。

マッチは魔法が使えない、ごく少数の貧乏人のために作られたモノで、スペックは日本のものと、そう大差ない。

 よーするに、『売れ残り』はそのまま『在庫になる』という、代名詞的な品なのである。

それを山と仕入れるこの親は、バカの代名詞かもしれない。


「ともかく売って来い、売り切るまで帰ってくるな。 これが売れなきゃ、年を越せない!」

「あなただけが頼りなのよ、メービス。」


「・・・・分かったわよ。」


 年を越せないとあっては、どうしようも無い。

俺は身を削る思いで、マッチが山と積まれたカゴを片手に下げて、寒空のなかへ出た。


「寒っ!」


 家の中が暖かかったせいだろうか、寒さは先ほどとは段違いだ。

人通りも無く、イロイロ絶望的である。

フ・・・寒さが身に染みるぜ。

 いはく『マッチ売りの少女』は、マッチが売れないばかりに凍えたらしい。

寒い中で幻覚を見て、フラ○ダースの犬ばりにったとか。

うん、舞台だけなら整ったかも分からんね。

なんて明後日の方向に思考を持っていくことで、気持ちをやわらげる。


「売れば良いんだよ、売れば・・・。」


 売り切れば、今度こそ俺を暖かい寝床が待っている!

希望を胸に、街中でも特に人通りの多い場所へと、歩を進めた。

・・・が。


「マッチは要りませんかー・・・って人が居ねェー!!」


 家を出て、早数時間。

時間は矢のように過ぎるばかりで、人間がほとんど通らない。

気ばかりが焦るが、人が居ないのではどうしようもない。

シンシンと雪が降り、何時間も外に居たため体は芯から冷え切ってしまっている。


「寒すぎる・・、そうだマッチが・・・!」


 寒さを凌ごうと、かじかんだ手で籠のマッチへ手を伸ばすギリギリで、ハッとその手を止める。

危ない、もう少しで売り物に火をつけるところだったよ!


「『マッチ売りの少女』街道、まっしぐらや。」


 寒さのせいで、とうとう脳もヤラれて始めたらしい。

ヘンな関西弁が口をついて出てくるとは、もう俺は名作劇場の登場人物として、オワっている。


「ヘクシッ!」


 なんとか売り物に火をつける事は避けられたが、寒さが変わることは無い。

いくつかの建物にはまだ灯りがあり、中からは人の営みが漏れ聞こえてくる。

・・・いよいよ俺の境遇は、『マッチ売りの少女』ばりになってきた。

そろそろ私、眠くなってきたよパト○ッシュ・・。


「って、死ねるかあああああああ!!!」


 ダメダメ、転生してまだ12年、死ぬには早すぎる。

せめて後90年は生きて、前の人生の分も幸せになりたい!

 あと俺、男じゃないから配役的にはア○アよ。(彼女は修道女となったそうな。)


「ともかく売れん、こんなん売れるか!」


 積もった雪の上にマッチいっぱいの籠を投げつける。

カゴの中身は散らばる事無く、そのまま雪の中に埋まった。

マジで寒い、雪の降り方は激しさを増し、まるで吹雪。

体力と共に、俺の体温までも奪われていく。

うぅう・・四の五の言ってはいられない、せめて凍死しないように火をつけよう。

ただし、一本だけ。


「おおお、あったかーい♪」


 マッチに火をつけた瞬間、手をかざすと温もりが伝わってくる。

しかし風が強く、火をうつす木材なども無いため、起こした火はすぐに消えてしまう。

これは、アカンやつだ。

そう言えば『マッチ売りの少女』でも、こんな場面があったような・・・。


 うん、だめだわ。

家に帰ろう、そしてマッチは昼間、人が多いときに改めて売りに行こう。


 そうと決まれば、こんなクソ寒いところに留まる理由は無い。

投げつけた籠を拾って付着した雪を払い、急ぎ足で家路に着く俺。


「・・・!!」


 足を動かしたのと、世界が崩れるように暗転したのは、ほぼ同時だった。

あまりに急だったので、自分が倒れたのだと気付くまで、少し時間が掛かった。

冷たいはずの雪は、むしろ温かさすら感じる。


「あァ・・・やっぱりダメなのね。」


 『マッチ売りの少女』は幻覚を見て死んだが、俺は妄想の中の幻惑を見ながら、死ぬらしい。

せめて死ぬ前に、あのバカ親を見返せたら・・・

 窮地だというのに、そんなアホなことばかり、頭の中を走馬灯のように駆け巡った。

こうして今度こそ、『マッチ売りの少女』は、その生涯を閉じるのだった・・・・



◇◇◇



「お目覚めですか?」


 真っ白な世界。

清々しいまでに何もない世界に、人のソレとは明らかに異なる美貌をもつ女性が、1人俺の前に立っていた。

こんなキレイな人には初めて会うが、なぜか既視感を覚える。


「き・・・、君は?」


俺が疑問を投げかけると同時に、彼女は腰を折って謝罪をしてくる。


「あなたとは一度、お会いしています。 私は、ここで手違い等で死んだ、哀れな魂を導くのが仕事です。 実はその・・、人違いをしまして。」


「人違い?」


 力なく「はい」と質問に答える彼女。

気になる言葉が山ほど飛び出したが、それは後回しだ。


「あなたが死んだ際、間違えた人と人生を取り違ってしまいまして・・・。」


「なに!?」


 この人が誰かなんて、どうでも良くなった。

そうか、世界は間違っていると思っていたが、間違えでは無かったらしい。


「じゃあ早速、人生の取り替えを・・?」


 ちょっと期待しつつ、そんな話を持ちかけてみるが、当の彼女は頭上に疑問符を浮かべ、首を傾げる。

どうやら人生を取り違ったのは、そもそも俺が『転生した』ことにあったらしい。

本当に転生するのは別の人物で、俺がなっている『メービス』は、他の誰かがなるはずだったとか。

 おれにお迎えのおばあさんは、現れないらしい。


「あなたにソレを伝えようと、召喚したのですが・・・その・・・・どうします?」


「どう・・・と言うと?」


 件の人物は既に、別の人物として転生しているらしく(?)、俺が選択を迫られているのは、『前世の記憶』を消すか否か、ということ。

本当は問題なのだが、あちらにも落ち度があるので、選択の機会を与えてくれるらしい。

 これまでクソ親に、どれだけ苦労させられてきたことか。

思い出すだけで、胸の中に熱いものが込み上げて来る。

もし記憶が前世の記憶が消えれば『俺』は消え、あの地獄の日々から解放される。

そう考えた瞬間、俺の答えは決まった。


「このまま返してください!」


「そうですか・・・、ご希望に添いましょう。」


 程なくして俺は、雪の降り積もる街に帰された。

既に時は朝で、俺は雪の中に倒れたままとなっていた。

 まさか死んだおばあさんの代わりに、夢で女神様を見るとはね。

 脇の籠を拾い上げ、ゆっくりと上体を起こしていく。

あんなに冷たかった昨日の夜風が、まるで夢のようだ。


 気を取り直そう。

すべてはバカ親の問屋を乗っ取るため。

いつか、幸せを掴むため。

俺はその日まで、声を上げ続けるだろう。


「マッチは如何いかがですか? とてもお安いですよ!」


 俺の人生は、まだ始まったばかりなのだから!

今回の投稿は、全5作品です。

「マッチを売りたくない少女」   (マッチ売りの少女)

「桃太郎 ―鬼ヶ島奪還作戦―」(桃太郎) 

「人魚姫が恋焦がれた王子が、思ってたのと違う件」 (人魚姫)

「鶴は恩返ししたい」     (鶴の恩返し)

「はだかの軍隊」       (はだかの王様) 


よろしければ、どうぞ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ∀・)異世界転生とマッチ売りの少女をミックスした感じの作品でしたね(まんまですいません)。主人公のノリがブレてないのは良かったように思います。それでいてアニメ感のようなものもあったから、若い…
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