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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

与太話

作者: 冬樹蓮

やぁやぁ。

皆様御立合い。

もしお時間あるならゆっくりして逝って。


嗚呼。

お代をせびるつもりはござんせん。


ただ。

ただ。


お暇潰しになればと思い、お話させて頂くだけでございます。


お耳汚しも甚だしい。

嘘かホントかもわからない。

冬の日の与太話。


本日は。

不思議。不思議な夢の噺。













もたつく脚を引き摺って。

ただただ、広い廊下を駆け抜ける。


くるり。


駆けながら視界を巡らせば、ずらずら並ぶ教室に。

嗚呼。

ここは何処ぞの学校の中と知りました。


見覚えのない。

見知らぬ学校の中をただひとり。

わたしくしはひたすらに駆けているのでございます。


疾く。

疾く。と。


急かす心音を黙らせることも諦めて、ただただ、必死に。


ふと。

振り向けば暗い闇の中。

人の姿をしたナニかが追いかけてきているのです。


「あれに捕まってはいけない」

「あれは人ではないなにかだ」


警鐘を鳴らす頭に素直に脚を進めて行くのです。


灯りの無い広い木造の廊下を抜けて。

ショーケースに飾られたドレス、浴衣を尻目に。

やがて、緑色の広い階段へとたどり着きまして。


はてさて。


人間とはかくも不思議な生き物ですが。

わたしくは躊躇なくその階段を昇り始めたのです。

とん。とん。と。

二段飛ばしで勢いつけて。


そうして、なんとなしに背後を振り返りまして。


見れば階下に化け物の姿はなく。

ただただ、暗闇がぽっかり、口を開いておりました。

ほっと。

安堵し、しかし、もし捕まっては堪らないと階段を昇り始めたのですが。


ええ。

ええ。


皆様もよぉくおわかりでしょう。


あの化け物が居ったのです。

階段の踊り場に。

俯いて。


紺色のブレザー。

チェックのベスト、スラックス。

そうしてエンジのネクタイを付けた、少年のようないでたちで。

まるで闇を宿したような暗い、くらい、真っ黒な目玉が此方を見下ろしておりました。


驚き。

動けずに立ち竦んだわたくしに、鬼はゆるり、手を伸ばして告げました。



「此方に来てはいけないよ」。



と。


やれ何の事かわからぬわたしくしに、鬼はにんまり、口許を歪めて嗤うのです。

そうして。とんっ。と。

まるで人形を転がすように。

鬼の手がわたくしの胸を押したので御座います。


悲鳴を上げることも叶わず。

わたしくしの体は、あっという間に階下へ転げ落ちました。


強打した右面が。

腕が。腹が。脚が。

ぎしり。みしり。と悲痛な叫びを上げて軋む中。






はっ、と。

目が覚めたので御座います。






それからは本当に酷い有様で御座いました。


高熱の後に、原因不明の右半身脱力。

歩くことはおろかペンも箸すら満足に持てず。

日常生活が困難になったわたくしは、やむなく、一年程の休養に入ることとなりました。


当時のわたくしは中学生。

入学したての一年生で御座いましたが、結局、楽しい思い出のひとつ出来やしなかったのです。

右半身を鍛え、体力をつけ。


ふふ。

そのお話はまたの機会にしましょうか。


兎にも角にも。

高校へと無事入学出来たので御座いますが。

不思議な事は再び起こりまして。


進学した高校の内観に既視感がありました。


木造の校舎。

廊下は板張り。

服飾学科の生徒が手掛けたドレス、浴衣がショーケースに飾られておりまして。

緑色の階段がありました。


夢で視たままの光景で御座いましたが、まぁ、別段珍しい造りでもありません。

それに此処は女子高です。

少年なんて居る筈もない。

そう、言い聞かせましたが。



その晩。

わたしくは夢を視たのです。



広い板張りの廊下を駆け。

ショーケースを通り過ぎ。

此方を振り返る少女を追う夢で御座います。


「其方へ行ってはいけない」

「其方へ行ったら殺されてしまうぞ」


必死に声を掛け少女を呼ぶのですが、少女はわたくしに恐怖の面を見せ、脚を縺れさせながら逃げてしまうのです。

埒が明かないと。

くるり。

踵を返して別の道で迂回することに決めました。


緑色の階段を駆け下りれば、少女が二段飛ばして昇ってくるところで御座います。

ほっと。安堵し。

踊り場で待てば少女の絶望的な表情に見上げられました。


少女の怯え顔はやけに見覚えがあります。

嗚呼。と。

わたくしは苦い笑いを零しました。




「此方に来てはいけないよ」。




何時ぞやと同じ台詞を舌に乗せ。

とんっ。と。

少女の胸を押せば簡単に転がり落ちる四肢。

ぶつけた右半身が大層痛そうでしたが、わたくしは踵を返し、上階の化け物を見上げたので御座います。


嗤いが止まりませんでした。

だって、あの黒いくろい化け物は、少女を喰いそびれたのですから。


「お前にはやらぬよ」


そう告げて。

消えた影を見送り、階下を視れば既に少女の姿はなく。

ふと、背後に視線を遣れば。

備えられた姿見がわたくしを映しておりました。



紺色のブレザー。

チェックのベスト、スラックス。

そうしてエンジのネクタイを付けた、少年のようないでたちを。


この制服は、わたくしが通う女子高校の冬服だったのです。













さてさて。

これにてわたくしの与太話はお終いと相成りました。


嘘か。

真か。


証明するものはなにも御座いませんが、お暇潰しと成れたのならばこれ幸い。

もしもし宜しければまたの機会にお会い致しましょう。


しかし。

はたして。


あの夢の中。

最後に垣間見た化け物はなんだったのでしょうね。

もし、あの少女が喰われたならば、一体、どうなっていたのでしょう。




それすら、知る由も御座いませんが。


-fin-

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