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けしからん奴

 ぎらぎらとした光のある目が眼前に迫っている。

 それを受け止めているのは、チンクエディアと言われる短剣と、ワイドレイピアに分類される身幅を持つエスパダ・ロペラ。

 レイピアタイプの剣と、防御用の短剣を用いる西洋式二刀流の典型と言える武器選択。


「ぐっ……! なんてっ、馬鹿力だ!」


 ギチギチと音を立てて二本の剣を押し切ろうとしているのは、鋭い爪の生えた両腕。

 ライオンなどの大型のネコ科動物で最も恐ろしいのは咬撃、つまりはバインディングであることは疑いようもない。

 だが、その尋常ではなく鋭い爪の威力も決して軽視する事は出来ない。

 人間の首程度一撃でへし折り、骨が折れなくとも肉なんか簡単に切り裂く切れ味を有している。


 そして、野生動物であるコイツは、的確にオレの急所を潰しにかかった。

 狙われたのは目玉と首。だからこそ、咄嗟にガードが間に合った。

 しかし、そのガードも尋常ではない腕力で無理やり押し切られようかという状況。


「ぐっ、おっ、おおっ……! バー、サク!」


 心臓が激しく脈打った。

 それと同時、体に脈々とパワーがみなぎってくる。

 そのパワーに任せて、無理やりマンティコアを弾き飛ばした。


「はぁっ! はぁっ! クソッ!」


 激しく肩で息をしながら、距離を取ったマンティコアと激しくにらみ合う。

 バーバリアンのスキル、バーサクで何とか腕力は対等に立った。

 体力の消耗は激しくなるが、時間制限はない。ひとまずは安心できる。

 だが、シャーマンの力でパワーが増強している上にバーサクをかけて対等とは、信じたくない事実だ。


「エレーヌ! 下がって弓で援護!」


「了解です騎士様!」


 跳躍して木々の上に飛び乗ったエレーヌが樹上を足場に遠ざかっていく。

 それを聴覚だけで察知しながら、オレはレイピアをマンティコアに向けて投げつける。

 それを一瞬も躊躇することなくマンティコアが弾き飛ばすが、その隙に既にオレは新たな武器を手にしている。


「うらぁぁぁぁぁ!」


 雄たけびをあげながら拳を突き出す。

 突き出された拳には既に新たなる武器が装着済みだ。

 ナックルダスターの係累ともいえる形状をした刺突用の短剣、ジャマダハル。


 拳で握り込めば、拳の方向に刃があり、それによって殴り込むようにして相手を貫く。

 力が入れやすいためにメイルブレイカーとしてはかなりの性能を有している。

 マンティコアの皮膚を貫くのにちょうどよく、他の刀剣類に慣れないオレにはしっくりくる。


 そのフルプレートメイルだろうが簡単にぶち抜く一撃を、マンティコアは真正面から受け止めた。

 驚異的な動体視力でオレの腕の軌道を見切り、手首をつかんだのだ。


 だが、その程度は予測済み。

 野生動物の動体視力は人間など比較にならないほどに高い。

 腕のある生物ならば、その程度の事をするとは思っていた。


「舐めるなぁぁぁぁあっっ!」


 雄たけびをあげ、その勢いのままにマンティコアの首へと噛み付いた。


「ぎゃっ!」


 マンティコアの悲鳴が響いた直後、腹部に凄まじい衝撃。

 トラックに跳ね飛ばされたのかと錯覚するほどの衝撃はオレを軽々と弾き飛ばし、背中から木に激突した。


「がはっ……!」


 死んだかと思うほどの衝撃。

 だが意識は続いている。生きている。

 意識を喪失する事もなく、オレの眼前に立つマンティコアが首筋から血を流しているのが分かる。


「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!」


 バーサク中には痛みを感じないらしい。

 それを僥倖と思うも、同時に怖くもある。

 だが、戦わなければ生き残れない状況では間違いなくいい要素だった。


 地面を蹴り、一瞬でマンティコアに肉薄。再びジャマダハルの一撃を繰り出す。

 その一撃を今度はマンティコアは回避した。

 空振りした一撃は木に直撃し、根元まで突き刺さる。

 右手のジャマダハルはさっさと捨てて、残るもう一方の左手での一撃を繰り出す。


「ちぃっ!」


 激しい舌打ちと共に、マンティコアが横合いからジャマダハルを殴りつけた。

 その一撃でジャマダハルが弾き飛ばされる。

 そして、直後にオレの右拳がマンティコアの顔面に突き刺さっていた。


「ぎゃうううっ!?」


 最初の時点でマンティコアは武器を脅威と認めて止める事を狙っていた。

 武器と拳を同時に繰り出せば、武器に対処をすると読んでいた。

 その推測は正しく、オレの拳はクリーンヒットしていた。


 さて、人型を取った事でモンスターたちは多くの利点を得た。

 先ほどのように、武器を弾き飛ばしたり、腕を掴んで動きを止めたり。

 だが、失った利点が一つある。それはウェイト。

 圧倒的な体重の差がモンスターと人間の間から失われているのだ。


 だから、オレの一撃でマンティコアは軽々と宙を飛んでいた。


 その宙を飛ぶマンティコアに一瞬で追いつくと、足を掴んで地面へと叩き付けた。


「ごぶっ! げはっ! ぐが!」


 何度も地面に叩き付け、最後に地面へとボディスラムの要領で投げつける。

 直後に、マンティコアに馬乗りになると顔面へと向けて拳を繰り出した。


「死ねっ! 死ね! 死ねぇぇぇぇぇっ!」


「があぁああぁぁぁぁっ!」


 マンティコアが反撃の拳を繰り出してくる。

 それをつかみ取り、腕をへし折ると、顔面に拳を叩き込む。

 そして、その直後に、背後から風切音が響き、矢が何かに突き立つ音。

 更に猛獣の呻き声が響き渡る。


「ちっ!」


 馬乗りになっていたマンティコアから離れ、跳躍して距離を取る。

 先ほどまでオレの居た場所の後ろには、成獣のマンティコアが自身の眼に突き立った矢に呻き声を上げていた。

 エレーヌが援護してくれたのだ。


「助かった!」


 どこにいるかもわからないエレーヌに礼の声を発すると、バックパックから新たに武器を取り出す。

 新たに取り出したのは、グレイブと呼ばれる種類の武器。

 長柄の棒の先端に厚みのある肉切り包丁を取り付けたような武器だ。


 先ほどの戦いでは立ち位置の悪さからインファイトに持ち込んだが、あんな猛獣相手にインファイトは自殺行為も同然だ。

 可能な限り距離を取れる武装を選択するのは当然と言える。


 そして、口の端から血を垂らしているマンティコアのメスと対峙する。


 ズタボロのボロ布の下には、普通の人間と変わらない肢体が見える。

 それでいながら殴った時の手ごたえは、まるっきり猛獣の硬い外皮だった。

 このグレイブも思いっきり叩き付けなきゃ切れないだろう。


「来いよ、ネコちゃん」


 ぎらぎらとした光に濡れるマンティコアの眼が歪んだ。

 嗜虐の色を強く表す笑みを浮かべたのだった。


 そして、先ほどと同じ、凄まじい猛スピードでオレへと襲い掛かってきた。

 それを迎え撃つのはグレイブの一撃。


 全身運動で捻りを込めて打ち出した斬撃は、物理法則を無視して宙を舞ったマンティコアに回避された。


 そして、オレの頭上を取ったマンティコアに対応しようとした瞬間、オレの背に何かが撃ち込まれる激痛が奔った。


「ぐっ!」


 直後、オレの背後に着地したマンティコアがオレを羽交い絞めにした。


「お前の体に毒を打ち込んだ。もう動けない。すぐに死ぬ。もう動くな。動くと肉がまずくなる」


 そういうや否や、マンティコアは羽交い絞めを解く。

 もはやオレが動けないことを知っているかのように。

 そうだった。忘れていた。

 マンティコアの最も恐るべき武器。

 人間の一人や二人、簡単に殺す猛毒を持った尾の針。


 だが……。


「そんなもんが効くかボケェ!」


 振り返って拳を叩き込んだ。


「ぐあっ!? ば、バカな! なぜ動ける! もう動けないはずだ!」


「シャーマンに毒なんか効くかよぉぉぉ!」


 科学的に合成された毒は知らんが、天然由来の毒物なんか効きはしない。


 オレの拳で怯んだマンティコアをグレイブで滅多打ちにする。

 刃の部分が当たろうがなんだろうが知った事か。

 とにかくぶつけりゃダメージになるんだ。


「がっ、ぐっ、ぎぃぃ! シャアアアアァァァッッ! ぐげっ!」


 威嚇されたが知った事じゃない。とにかく滅多打ちだ。

 殴りまくったグレイブがへし折れ、それと同時に拳の滅多打ちに移行する。


「なめるなぁ! マンティコアは負けない!」


「人間様を舐めるなぁぁぁぁっ!」


 拳と拳の殴り合い。

 インファイトが危険? 知った事か。

 相手が1発拳を打ち込む間にこっちは10発叩き込んでいる。


 腕力で同等、手数で勝るオレ。

 殴られるダメージは気合いで補う。


 そして、マンティコアが纏っていたボロ布に負けないくらいズタボロになると、もはや反抗の意思すら消え失せていた。


「はぁー……はぁー……どうだ! これが人間の力だ!」


「う……嘘だ……に、人間が、こんな化け物のはずが、ない……」


「誰が化け物じゃゴラァァァ!」


 グロッキー状態のマンティコアを引きずり起こしてガクガクと揺さぶるが、もう喋る元気すらないらしい。


 くそう、とりあえずオレが化け物だっていう事は後で訂正させてやる。

 とりあえず、マンティコアを担いで移動する。


 周囲のマンティコアは、エレーヌの執拗な弓の攻撃で散会している。

 包囲網を突破して逃げ出すくらいは簡単な事だ。


 木の上に飛び乗って、木の枝を飛び移りながら移動。

 そして、包囲網を突破して、途中エレーヌと合流。


「これからどうする! あいつら追ってくるぞ!」


「広い場所で迎え撃ちます! 村にまで来られては大変です!」


「やっぱそれしかないか……!」


 何とかメスのマンティコアは確保して戦力を削ったが、相手は3匹のマンティコア。

 村どころか国一つ滅んだっておかしくないレベルの戦力だ。


 そんなもんをたったの2人で迎撃するという最悪過ぎる現実に頭を抱えたくなるが、やらなきゃいかんのは確かなのだ。






 以前、コボルトキングと戦ったあの開けた場所。

 そこまで後退すると、マンティコアのメスをロープで縛って確保。

 そしてあれやこれやとバックパックから武器を取り出して戦闘の準備を開始する。


「本気で戦うつもりか」


「ったりめーだろうが! 戦わなきゃ死ぬわ!」


「勝つのか」


「勝たなきゃ死ぬつってんだろうが! 聞いてんのか! ええ!? おい!」


「騎士様! マンティコアと喋ってる場合ではありません!」


 それもそうだった。

 弓やら銃やら、挙句の果てには爆弾まで取り出して、あわてて準備を続ける。


「手伝ってやってもいいぞ」


「要らん!」


「私に勝った強い男を生かすのは女の役目だ」


「寝てろ!」


「そういうな」


「寝ろ!」


 そしてマンティコアが鬱陶しい。連れて来なきゃよかったかもしれない。

 いやでも連れて来なきゃ相手の戦力増えるし……。


「我らマンティコアは、お前には通じなかったが強力な毒の針と、翼で空を飛ぶ力を有している」


「知っとるわ!」


「咆哮はラッパのような声だ。私は人間と変わらない」


「お前に言われんでもわかっとる!」


「そして強い」


「小学生並みの感想はいらん!」


 このゴチャゴチャうるさいマンティコアを黙らすにはどうしたらいいんだ。


「ちなみに、あいつらが私を助けに来るのは、私がメスだからだ。お前の強さは分かりきっているから、私を逃がせば追いかけてはこない」


「なぬっ!?」


「繁殖相手がいなければ幾ら強力な種族と言えど滅びる。だからメスの私をあいつらは助けに来る。そして、私に勝利する事で強さを示したお前にわざわざ挑みかかるほどオスたちは蛮勇を示さない」


「じゃあなにか? お前を逃がせばオレたちは助かるし、村も助かるし、オレは金持ちになるし、ミルクたちはもうちょっとまともな頭になるんだな?」


「最後の二つは知らんが、お前たちが助かるのは確かだ」


「よし、逃げろ!」


 本当かどうかはわからん。

 だが、少なくとも嘘を言っているようには見えなかった。

 嘘だとすれば大損害が出るが、もしも無事に生き残れるなら、そっちに賭けたほうがいい。


「騎士様、信じるのですか?」


「信じるしかないだろ。滅亡必至の状況なら嘘でも信じたくなる」


 このマンティコアのメスに勝てたのだって、大きさが人間並みというくみしやすさがあったからだ。

 通常サイズの獣型のマンティコアには全然勝てる気がしない。

 だからこそ、コイツを逃がす。


「よし、ロープは切った。早く行け!」


「分かった。お前の匂いは覚えたぞ。また来る」


「二度と来るな!」


 最後に不吉な言葉を発し、マンティコアは飛び立っていった。

 その途中に分かったが、あいつボロ布に下にビキニみたいな服着てたな……。

 なんというかムチムチのやらしい体してたわ。


「……全く、けしからん奴だった」


「ええ……全くです。あのような凶暴な獣が村の近くにいるなどとは……」


「ああ、あんな凶悪なボディの持ち主が近くにいたとは信じられないぜ……」


「対策会議が必要ですね……マンティコアの討伐を視野に入れた開拓計画が必要になってきます」


「ああ……そうだな……」

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