地質調査
蠱毒の呪法という呪術が存在する。
無数の蟲を集め、互いに食い殺し合わせ、最も強い生命力を持った蟲が一匹だけ生き残る。
そして、その蟲を用いて相手を呪い殺す邪法。
そして、とあるカルト教団が、最強の蠱毒を創り出すための儀式を執り行った。
部屋の中に、あらゆる動物を放り込み、互いを喰らい合わせた。
外側からは、内部の者を命を顧みずに増強する邪悪な術を用いて何日も強化をし続けた。
惨い殺し合いが続き、最後の一匹になって部屋の扉が開かれた。
腐臭と血肉にまみれた部屋の中には血に濡れた少女だけが佇んでいた。
その少女はたった一人で数百人に及ぶカルト教団を壊滅させ、人知れず山林へと消えていった。
その行方を知る者は誰もいない……。
「っていうおとぎ話があるんだけど」
「それはおとぎ話というよりは怪談のような……」
「それもそうか」
別にいきなりシリアスな場面になったとかそういう事は一切ない。
単純に移動中の暇な時間に雑談として話していただけの事だ。
「ですが、騎士様はお話を考えるのも得意なのですね」
「え?」
「いや、え? ではなく。今のようなお話を考えられるのも……」
「これ作り話じゃなくて実話だけど」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、実話だよ」
ゲーム内じゃ語られてなかったが、公式サイトのアウトサイドストーリーっていうので語られてた。
作中に登場した変なカルト教団が壊滅寸前な理由を記した話だったはずだ。
「一体その娘がどこに消えたかはわからないけど、もしかしたらここにいるかもね」
「恐ろしい話ですね……人の欲望が産んだ存在が、そんな悲しい運命を背負ってしまうというのも」
「そうだねぇ」
言いながらも森の木々を掻き分けて進む。
今回の開拓の主目的は、地形の確認と地質の確認だ。
鉄鉱石とかの鉱物資源が採れれば、産業地として栄えられるからな。
「ふと思ったんだけど、ゲイのところにサキュバス来たらどうなるのかな」
「どうなるんでしょう……?」
「夢の中から追い出されて、インキュバスかアルプ呼んで来いって言われんのかな」
アホな会話をしつつ、ようやくたどり着いた川。
山から流れ込んでいる川辺の砂を調べれば、鉱物資源がある程度推測できる。
「エレーヌは鉱物詳しいか?」
「いえ……あまり詳しくは」
「そっか」
まあ仕方ないか……。
オレもあんまり詳しくはないんだけど、ある程度ならわかる。
「んー……砂金がかなりあるな」
きらきらと光る砂金。結構な量だ。
昔、どっかの川辺で砂金採り体験したときの30倍くらいある。
「砂金ですか? では、もしかして山には金鉱脈が?」
「可能性はかなり高いと思う。ちょっと周囲調べてきてもらえるかな。何か特徴的な石があったら持ってきて」
「分かりました。お任せください!」
立ち去って行ったエレーヌを見送りつつ、砂粒を選別していく。
「これは砂金、これは赤鉄鉱か。砂金以外は結構ありふれてんな。なんだこれ?」
よくわからない鉱物もたくさんあるので一応選別しておく。
設備が整ってれば、温度別で加熱したりとかで調査もできるんだが……。
などと思っていると、エレーヌが石を手に抱えて戻ってきた。
「ただいま戻りました、騎士様。あまり自信はありませんが、特徴的な鉱石を持ってまいりました」
「ありがとう」
バラバラと地面に転がされた石を一つ一つ取り上げる。
「なんだこれ。赤鉄鉱……じゃないよな」
赤鉄鉱よりも色が明るい。
「不老不死の妙薬の元となると言われる鉱石ですね。眉唾な話ですが」
「……辰砂か。ってことは、水銀まであるのか、ここは」
金の産出地としていよいよ現実味を帯びて来たかもしれない。
設備が足りないから金の精練は無理だと思ってたが、灰吹き法っていう原始的な精錬方法があったはずだ。
つっても、理科の授業の時に聞いただけだから、金と鉛、あるいは水銀を使うってしか知らないんだよな……。
「うーん……まぁ、水銀は都市の方に流せばいいか」
利用方法は色々あるだろう。不老不死の妙薬っつって飲んだりするかもだが。
とはいえ、オレ一人が騒いだところで水銀中毒の被害なんてわからないだろうしなぁ……。
「綺麗ごと言ってられる場合じゃないな」
確か、辰砂は加熱すると水銀蒸気が出るんだよな。
取り出す方法は後で考えよう。
「騎士様、これなどは珍しくありませんか? 何かの結晶のようなのですが」
「見せてごらん」
渡された石を見る。
ふむ、そんなに重くないな。握りつぶせば簡単に潰れる。
「大理石かな。磨いてみればわかるかもしれない。ふむ……花崗岩はなかった?」
「花崗岩?」
「ああっと、白っぽい石に黒い粒が入ってる石なんだけど」
「あ、はい。ありました。ぼろぼろなものが大半だったので持ってこなかったのですが」
「なるほど……」
まず間違いない。この辺りには火山がある。
大理石も花崗岩も、高温が無くては生まれない石だ。
大理石なんて石灰岩が結晶質になったものなので、マグマが無ければ絶対に産出しない。
「石材の産出地としてもイケるかもしれないな。この山は宝を産む山だぞ」
「そうなのですか。開拓がうまく進めば、一大産地になり得ますね」
「問題は、ここらの環境なんだよな……」
ゴブリンとコボルトたちは懐柔したからいいんだが、それ以外が……。
モンスター以外の野生動物も住んでるんだが、その野生動物が危険過ぎる。
「エレーヌ、一般人に、この森でたまに見かける猫は危険だと思うか?」
「騎士様、現実を直視したくないのは分かりますが、あれはライオンです」
「この地上を歩くエビとかも……」
足元を歩いてたエビを拾い上げる。
「これはサソリです。ちなみに毒があります。この毒で死んだ死体の血色が鮮やかになることから毒化粧サソリと呼ばれます」
「あそこで水飲んでる小さい毛の生えたゾウとか……」
「確かに牙は長いですが、あれはサーベルタイガーです」
「この巨大なハエは……」
さっきから周りをブンブン飛んでる巨大ハエを指さす。
「これはハチです。しかし、大きいですね。こんなに大きいハチは見たことがありません」
「オレと同じくらいの大きさあるしね」
「なんというハチでしょうか?」
「オレの見た限り、スズメバチかな……」
たぶんだけど。スズメバチってなんか攻撃的な顔してるから、たぶんそれ……。
「この辺りは危険な生物が多過ぎる」
「そういえば、夜には絶対に川に近づいてはいけないとコボルトもゴブリンも言っていましたね」
「そういえば言ってたな。どうしても行かなくてはならない時は松明は持つなっても言ってたな」
何が居るのかはわからんが、光に反応して襲い掛かってくるようなもんがいるんだろう。
「唯一の救いと言えば、積極的に人を襲う類のものは居ないことですね」
「そうだな。わざわざ襲うタイプの奴は居ないな」
この森は食糧が豊富だから、うかつに刺激しない限りは襲って来ない。
逆に言うと、うかつな行動をした瞬間に死ねるほど危険な森でもあるが。
「危険な魔獣などは居ないようですし、道を拓けば安全な道路が確保できるでしょう。人の匂いが染みついている場所にはわざわざ踏み入るような動物たちではありませんし」
「そうだな。まずは鉱山に目星をつけて、そこに繋がる道を拓くべきか」
となると、山の調査が必須になるな。
山の調査は出来れば遠慮したいんだよな。
エレーヌとかはひょいひょい歩いてくけど、人間のオレにはかなり厳しい地形が多い。
エレーヌに任せるって手もあるけど、危険も多いからうかつにそんなことは出来ないしな……。
「しゃあなし、山の調査に行くか」
「そうですね……野宿も考える状況でしょうか」
「そうなるな」
そういって歩き出そうとしたところで、繁みが揺れた。
「大丈夫です、ライオンかサーベルタイガーです。迂闊に刺激しなければ平気ですよ」
「そうか」
聴覚のいいエレーヌはこうして動物を察知してくれるから警戒を薄くできて楽だ。
そう思いつつ、揺れた繁みを見やると、そこから赤い毛皮をしたライオンが姿を現した。
「珍しいな、赤いライオンなんて」
「人の顔をしているように見えませんか」
「確かに顔は人っぽいな」
「背中に翼が生えてませんか」
「確かにコウモリっぽい翼が生えてるな」
「尻尾に針がありませんか」
「確かに鋭い針が一本生えてるな」
つまりこれはライオンではない。
「エレーヌ、オレは目の前の動物がマンティコアに見える」
「私もそう見えます」
「記憶が確かならマンティコアは人肉が大好物だ」
「私もそう覚えています」
「そして目の前のマンティコアはどう見ても腹が減っている」
「私にもそう見えます」
「つまり」
「はい」
「命の危機だ」
「はい……」
マンティコアはオレとエレーヌに強く睨みを効かせている。
迂闊に動けば一気に襲い掛かってくるだろう。
悠長にしゃべってるヒマがあるように見えるだろうが、それは全くの真逆でしゃべる事しか出来ないだけだ。
「さて、どうする? このマンティコア、どう考えても通常の個体の2倍はデカいぞ」
「そうですね……ただのゴブリンでさえ相当な強さですから、マンティコアの戦闘力は更に……」
「記憶が確かなら、マンティコアって一国の軍隊を食い荒らすレベルの強さだよな」
「はい。通常の歩兵編成ではそうですね。腕の立つ冒険者であれば、1パーティで討伐も可能ですが……」
「オレたちじゃ、厳しいよなぁ……」
ゲームでならソロ討伐も余裕だが、そんなことが出来る気がしない。
現実はゲームじゃないんだ。殴ったり噛み付いたりしかしなかったマンティコアも、体格を生かした戦い方をするだろう。
森を知り尽くすマンティコアが、長時間をかけて追い詰める戦い方を始めれば確実に殺される。
「このマンティコア、飢えてるよな」
「はい。加えて言えばマンティコアは一国の軍隊を喰らい尽くすほどの食欲を有しています」
「人間二人程度、水一滴と大して変わりやしないだろうな。下手したら村まで襲われる」
「逆に言えば、水一滴にしかならない程度の食糧をわざわざ苦労してまで取る事はないでしょう」
「だろうな。後は、気性の問題、か」
マンティコアは凶暴な人食いの魔獣。
腹が減ってる云々じゃなく、ただ人だからという理由だけで襲い掛かってくる。
もしも今まで一度も人間を見たことのない個体だったとしたら助かる可能性がないではないが……。
「……騎士様、まずいです」
「どうした」
「2……3……それと、1……マンティコアが新しく3匹。そして、人間の足音が、1つ」
「こんなとこに人間が居るわけもない。マンティコアのメスだろうな。それも幼獣だ」
「足音から察するに、私よりも体重は重くて、身長は高いようです」
「成獣に近い、か……」
マンティコアの生態はライオンの生態によく似ている。
大規模な縄張りを20頭程度のマンティコアで保有し、4~6頭のグループを構成して縄張り内を生きる。
そして特徴的なのは、マンティコアはオスとメスで全く別グループを構築するという事だ。そこがライオンと違う。
オスだけのグループがメスだけのグループと行動する事で交尾して、その後しばらくは行動を共にする。
そして、生まれた個体がメスの場合、オスたちと行動を共にする。オスなら逆だ。
逆のグループと行動する理由は、メスが本能的に幼獣のメスを食い殺す本能を持っているからだ。
ライオンも似たような本能を持っているが、それとはまた別だ。
成獣の場合は何故か諦めてしまうのだが、受胎不能な幼獣は何故か殺してしまうらしい。
自分が受胎する確率を上げるための行為だろうとは言われているが、ゲーム内だっただけにそこまではわからない。
対するオスの方も同じだ。受胎させた側の親は子を守ろうとするが、他のオスが将来のライバルになる幼獣を殺してしまう。
そういう理由で、オスメス混合のグループがあった場合、数少ない側が養われる個体で、数が多い性別がそのグループのメインメンバーだ。
茂みから新たなマンティコアが姿を現す。既に姿を現していたマンティコアに匹敵する巨躯だ。
そして、そのマンティコアたちに交じって、赤毛を伸ばした女が姿を現した。
全身をボロ布のようなもので包んでいて、その下はうかがい知れない。
やはり、予想していた通り、メスのマンティコア。それもほぼ成獣。
年齢で言えば、2歳程度だろうか。
「まずいな……」
「ええ……」
さて、幼獣を抱えている場合、どの肉食動物でも行われる行為がある。
本能的に理解している種族もいるだろう。だが、そこに先祖たちの知恵を新たに与える事で、更なる冴えを見せるための教育。
「来る――――!」
「エレーヌ! 下がれ!」
そう、狩りの教育が、オレたちを餌に始まる。




