第一話
連載予定だったのに短編クリックしたまんま投稿しちゃってたみたいなので、やり直しました。すいません。
「この世界には、余りにも沢山の世界があるんです。『現実世界』がその負荷に耐え切れなくなるくらいにね」
彼――九輪はそう言った。男子にしては長めの茶髪を掻き揚げ、青白く不健康そうな顔にひどく真面目な表情を浮かべて。
「例えばここに、異世界ファンタジー小説があったとします――ああ、ファンタジー小説にはご存知ですか?」
ファンタジー小説という概念があったのは遠い昔のことである。今となっては、「ファンタジー小説」は「異世界認識小説」であり、「エッセイ小説」でもあるのだから。
それもそのはず。現在の「ファンタジー」とは、「人型の世界」――「世界の器」達が描写する自分の世界であるからだ。
それでも三角は、「異世界ファンタジー小説」とは、想像力を持った人間が生み出した架空の世界に於いて行われる冒険や恋愛について描いた小説だと知っていた。彼が頷くと、九輪は満足げに続けた。
「その中での『架空の世界』では、大抵様々な設定や世界観を付与しているものです。七人童子がつくる世界もまた、物語の中の世界と同じような制作方法を用いられています」
七人童子――あらゆる世界の創造者たる、想像力に溢れた七人の子供達であり、また神でもある存在のことだ。
「彼らには溢れるばかりのアイディアがあります。しかし一つ一つに詳細なる設定や世界観を付与するのは面倒くさい。そして彼らが取り入れたのが『世界の器』制度、即ち『世界を人型にすること』」
それくらいは常識である。九輪に説明されるまでもなく、三角はよく知っていたが、黙っていることにした。
「世界の器」とは、「人型の世界」のことだ。一つの世界を人型に圧縮し、「世界の器」として既に現存し、そして七人童子の作り上げたなかで一番広大且つ設定・世界観が詳細となっている「現実世界」に投じたのである。
「人型として生まれた以上、その世界は独自の思考を持ちます。わかりやすい世界観だけつけておけば、あとは『世界の器』達が勝手に詳細な設定をつけていってくれます。更に七人童子は、『現実世界』の人間に、ランダムに『世界観』を投じました。既存のいくつかの『世界の器』と同じ『世界観』を持たせることにより、多かれ少なかれ、人型の世界達は、その世界の住民を有することになりました」
それが所謂「世界住民」だ。ランダムに投じられたため、必ずしも同じ国の人間とは限らなかったが、彼らは本能的に自分達の属す人型世界の存在とその居場所を知り、そこを目指した。
同じ「世界観」を付与された人間はやがて、独自の言語や文化を有するようになる。
だから別に言葉が通じなくとも、文化が違っていようとも関係ない。言葉や文化は次第に自分達の属する世界のものへと変化していく。
「ですが七人童子にとって予想外のことがおきました」
人型の世界達が有していた世界観は七人童子の思わぬ変化を遂げて暴走し、挙句に七人童子がつくろうとも思わなかった世界が誕生するなど、世界は想像以上に増えていった。そして爆発的に増えていった世界の多さに、『現実世界』はその負荷に耐えられなくなっていったのだ。そこで彼らは、世界の削除を開始することにした。
「その為に作られたのが、僕ら『世界崩壊者』ですよ。僕は生まれたその瞬間から、誰に教えられるでもなく、この世界の成り立ちとそして僕のするべきことを悟りました。国外にも僕の仲間がいることは感知できています。僕達もまた、ある種の世界観を持っていると見て変わりはないでしょうね」
ようやく本題。小柄でやせっぽちで顔色の悪い少年の語りに、三角は一心に耳を傾ける。
「ですが厄介なことに、『世界の器』達はもう既に七人童子の支配下にはありません。元々意識のない筈の世界に人間の意識が加わったことにより、世界は暴走し始めています。そしてとある世界が、自分達を崩壊させようとする者達の存在を知ったようでした。どの世界かはわかりませんが――まあそれはどうでもいいことです。あらゆる世界の世界住民達にそれは伝わってゆきました。人型の世界に属す者が現実世界の者に関わってはいけないということはありませんから、ネットワークが利用されたのかもしれません」
「ああなるほど。だからお前は攻撃されてた、ってわけか?」
ようやく合点がいった。確認すれば、「ええ」、と九輪は弱弱しく頷き、そして言った。
「ですが僕はこのまま世界を消すことはできないのですよ。なんといいますか、アイディアは書き留めるものでしょう。僕は僕の相方となるべき、『世界記録者』を見つけなければいけないのです」
世界記録者は、記録者の接触した世界の世界観や設定を詳細に記憶することができ、そして永遠に忘れない。彼らもまた七人童子の作り出した存在で、記録者が世界を記憶した後に、崩壊者が世界の削除を行うのである。
「だから不用意に奴らの世界を壊すことも出来ませんでした。――貴方には本当に感謝していますよ。貴方に助けてくれなければ、僕は死んでいました」
「……いや、別に……困ってる時はお互い様、だろ?」
言ったものの、一抹の不安が残った。自分達に敵対する者達を排除するのは動物の本能である。自分は「世界住民」――人型の世界に属す人間――ではないが、「世界住民」や「世界の器」からしたら九輪の存在はとても厄介なものなのではないか。彼を助けてしまったのは本当によかったのかという疑問や不安はある。
「……ああ、僕は寝なければ。とても疲れてしまったんですよ」
「あ、曲がって右の部屋にベッドがあるから、そこ使ってくれ」
九輪は頷き、そちらへ向かって数歩歩いた。だが不意に彼は振り返り、控えめに問いかけた。
「僕のこと、世界住民に突き出したりしないでしょうね?」
「……しないよ。いい子だから、さっさと寝てろ」
「残念ながら、僕はいい子ではないのですよ。でも寝ます。とても眠いので」
九輪は――七歳程度の、自分の半分程度の年齢の少年が、不健康そうな顔に笑みを浮かべる。彼の話によると、彼は生まれた時から既に意識を、そして世界についての知識持っていたそうだから、彼が実年齢よりは相当大人びた言動をするのは当たり前なのかもしれない。だが時折、彼はとても幼く、そして怯えて見えた。
彼を助けてしまったのは本当によかったのかという疑問は残ったが、どちらにせよそれらの人型の世界のことなど関係ないのである。記録者が見つかるまでの間、九輪を匿ってやっても別に害はない。
「おやすみ」
微笑んで見せると、九輪もまた年相応に幼い笑顔を見せた。
「おやすみなさい、三角さん」