対峙 〜Noir〜
芝生の間に作られた道を歩く中、ミアが問いかけてくる。
「何故図書館で読まなかったのですか? 読むスペースは十分に取られていますが」
「問題を起こして追い出されては困るからだ」
「……問題を起こす事前提なのですか」
やや責めるような響きに、肩をすくめた。
「俺にその気は無くても、向こうはその気のようだからな。どちらから手を出そうと、迷惑がかかるのは同じだろう」
それこそ読書している人間に良い迷惑だ。追い出されても無理は無い。それは困るから、こうして人を避けた場所へ来た。
「生徒達と極力衝突しない。それはお前達の要求でもあっただろう」
編入試験の前に言われた事だ。余り衝突するな、出来る限り穏便に過ごしてくれと。彼等にも友人関係が存在する。だが、俺が衝突したらこちらの味方に付かない訳にはいかない。そうなると学院で気まずくなってしまうからと頼まれたのだ。人を何だと思っているのか、と思ったものだが。
「それは……そうですが」
「俺としても衝突は望まない。いちいち他人の私情に付き合っていられるか。気に喰わないだろう奴らには極力接触しない。接触の不可避なクラスの連中はある程度穏便に。それでお前達の要求に応えられる……と思ったのだが」
言葉を句切ると同時に、足を止める。不思議そうな顔をしたミアが、俺の視線を追って顔を強張らせた。それを横目で捉えつつ、言葉を結ぶ。
「どうしても接触したい、衝突したいというのだから、失敗だったか」
「何が失敗だったのかは知らないが、逃げる事は許さねえよ」
答えたのは、巨漢の少年。相変わらず取り巻きを連れている彼の名は、確かフォルテだったか。
「逃げたつもりはない。接触を避けようとは思ったが」
「同じじゃねえかよ」
違う。そう思うが、彼等に言葉の選択の価値を論じても意味が無いか。
「何の用だ。そろそろ閉門の時間だろうし、帰りたいのだが」
言いながら、少し体重をずらす。相手が既に臨戦態勢である事に気付いたからだ。
自分1人なら構える必要など無いが、今は隣にミアがいる。祓魔師でなく魔法使いを目指していると明言したこの箱入り娘を庇うには、多少の構えが必要だ。正直自分で何とかして欲しい所だが、まあ無理だろう。
魔法具に手をやる。丁寧に魔力を流すも、その感触に内心眉を顰めた。
……予想はしていたが、早い。
「ああ、帰ったまま2度と来ないでくれると何よりだ。だがどうもお前は俺に逆らいたいらしいからな、来たくないと思うよう体に言い聞かせてやる」
その言葉に、本気でチンピラじゃないかと疑った。路地裏で生きていた時に何度も聞いた台詞そのままだ。
呆れで何も言えずにいると、ミアが1歩前に出た。俺の斜め前で声を張る。
「……フォルテ。編入生相手だからと誤解していませんか。ノワールは私の家が後見しています。その彼を害すつもりですか?」
フォルテの後ろに控えている少年達が顔を歪めた。おそらく彼等にとって、ミアがここにいるのは想定外だったのだろう。彼女がいなければ、俺1人が彼等にやられた事実など、いくらでももみ消せる筈だ。
だが、流石に「四家」の一端を担う家の少年は、ただの侯爵家の箱入り娘とは訳が違うらしい。余裕のある笑みで嘲る。
「ああ、お嬢様は下がってな? 俺は「彼個人」に喧嘩を売ってるんだ。学生同士の問題に家が出てこないってのは、この学院の鉄則だろう」
この学院では身分差は無いものとされている。事実上序列は存在するだろうが、社会では許されない態度を取っても罰されない。俺達が敬語を使わず周囲と接しているのもその為だ。
同時に、生徒同士の衝突に親が出てくる事は原則許されていない。実家の身分の高い生徒か後ろ盾を笠に着て思うままに振る舞うからだ。大人ならば身分制度の上で責任ある行動を取れるが、ガキは所詮ガキだ。
だから、学生同士の問題は学生同士で解決しなければならない。フォルテの発言は、それを逆手に取ったものだった。流石に怪我人が出てはそうもいかない気がするのだが。
「ミア、下がれ。そいつの言う通り、パーヴォラ家が俺の件で抗議を出すことは不可能だ」
言いながら、襟首を掴んで引き下げる。次の瞬間、立っていた地面が陥没した。下げなければ共に地に引きずり込まれていただろう。
「なっ、人への攻撃魔法は——」
驚きと怒りが等分するミアの言葉尻をひったくって返す。
「禁止されている。だが、それは直接人に向けて、殺傷力のある攻撃魔法を放った場合だ。魔法の余波で傷付いた場合は自己責任となる」
学院の規則の穴。その穴を抜けて他者を傷付ける生徒は少なくないだろう。勿論学院長もそれを理解している筈だが、それでも穴を埋めないのは、実戦訓練のつもりなのだろうか。
「へえ、流石に薄汚い商売に手を染めてきただけあるな。編入初日でもうそんな事知ってるのか」
「薄汚いかは知らないが、この程度の事に気付けないようでは生き残れないのは確かだな」
嘲るような声に答えつつ、ミアを担いで崩れ落ちる直前の地を蹴る。次々と落ちていく足元を避けて走っていると、陥没した地から水が湧き出始めた。泥沼のようになっていて、迂闊に突っ込めば身動きを封じられてしまう。
尚も走って避けつつフォルテに目を向ける。彼の目は赤茶で、髪も金に近いが茶だ。水の属性は持っていない。
となると取り巻きか。目を向ければ、青の目を持つ少年が1人いて、俺を見上げてにやついていた。
「逃げるばっかじゃ間に合わねえぞ!」
言葉と同時に四方を地柱で塞がれた。立ち止まった一瞬を逃さず、足元が崩れ落ちる。直前に身体強化を用いて高く飛んだものの、このままでは落下するだけ。
「女と一緒に泥まみれになれ」
ようやく捕捉して余裕が出たのか、フォルテの言葉に力強さが表れた。どうやら今までは余裕の無さも相まってチンピラのような物言いだったらしい。
崩れ落ちた地面が泥と化し、次第に熱を帯びていく。瞬く間にマグマのごとく煮え立った。
泥まみれなどと言う生やさしい状態で済むとはとても思えない。この生徒達はひょっとして、授業の実戦のようにどれ程威力のある魔法を使っても一定以下の怪我で収まるとでも思っているのだろうか。仮にそうなら、元の世界で言われている仮想空間の危険性云々も詭弁ではないのかもしれない。
どうでも良い事を考えているが、既に落下は始まっている。不本意だが、反撃するか。
魔法具が熱を持つのを無理矢理制御して、身体強化魔法を重ねて発動した。
四方を囲う、下の惨状にも関わらず崩れる気配の無い地柱に強制的に足場を作って落下を止める。フォルテの魔力量はなかなかのものらしく、かなり強い衝撃がかかったが壊れる気配はない。
そのまま一気に地柱を駆け上がる。頂点まで辿り着いた所で、身体強化の強度を上げて地柱を蹴り砕いた。実戦の時より遥かに細かく砕いた破片を、風の魔法で飛ばす。
悲鳴と共に土砂に埋もれる彼等を見下ろしつつ、風の魔法を発動。落下速度を調整して着地した。魔法無しで降りようとした所で、ミアを担いでいる事をようやく思い出したのだ。
相手がへたり込んでいるのを見て、ミアを下ろす。怪我はさせていない筈だが、こちらもへたり込んでしまった。
「余波でも受けたか? 躱したつもりだが」
「腰が抜けました……」
力無い声に、ならば問題は無いと視線をフォルテ達に向ける。砂礫レベルにまでしたものを風で飛ばした程度だ、軽傷で済んでいる。細かい切り傷が幾つかある程度だ。
それにしても障壁を作るのが遅すぎると思うが、完全に慢心していたという事だろう。相も変わらずへたり込んだままの彼等に告げる。
「昼にも言ったが、俺に手出しするな。お前達が俺を気に入らないのは分かるが、俺は正式に編入試験に合格してこの学院に通っている。お前達の個人的な感情で来るなと言われても知った事じゃない」
どうしても追い出したいなら、教諭達に俺がこの学院に相応しくないと判断されるような事態に持ち込めば良いのだ。方法などいくらでもある。実行された場合、こちらも全力で抗うが。
それをしようともせず、彼我との実力差を考えもせず、ただ「気に入らないから」と中途半端な手出しをされても目障りなだけ。
「次は先程の攻撃をより大きい礫で飛ばす。大怪我をしたくないなら2度と手を出すな」
軽く脅しを——昼も脅したはずだが、通用しなかったようなのでより具体的に——かけ、未だへたり込んだままのミアをもう1度担いで、校門目指して歩き始めた。




