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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第4幕 学院編入
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実戦 〜Rouge〜

 午後1番の授業は魔法実技だ。実技用の防護服に着替えて、訓練場へ向かう。


 訓練場で魔法の練習はしていたけれど、やっぱり人と戦う事で学ぶ事は沢山ある。ノワール達は忙しそうで相手をお願い出来なかったし、僕はこの授業が待ち遠しかった。だから、こんなに早くこの授業があるのが嬉しい。


「ヴィルがそんなに意欲的に実技取り組むの初めて見たな。2人の影響?」

 学院で良く一緒に行動するベン——ベネディクト=ロウ=メッツァが、かけているメガネを押し上げながら訊いてくる。苦笑して頷いた。

「同年代の2人が魔法を使いこなしてるの見てしまうとね、やっぱり頑張らないとって思ってさ」

「へえ、それは良い刺激だな。……というかさ」

 ベンはそこで言葉を句切って、振り返った。

「失礼だけど、ノワールとフージュはヴィルと……つまり僕と同年代なの?」


 つられて振り返った先、驚きの隠し切れていない声にやや疲れた顔をしたノワールが、短く頷く。


「ああ」

「それは……意外だったなあ」

「俺はそこまで老け顔か」


 ぼそりと落とされた言葉。僕は苦笑しただけだけど、ベンはツボに入ったらしい。腹を抱えて笑い出した。


「ふ、老け顔って……っ。ははっ、ノワールって結構面白いね」

「……まさかそんなに沸点が低いとは思っていなかった」

 溜息混じりに言う事から、どうやらさっきのは彼なりのジョークだったと知る。年上に見られる理由は、自覚があるらしい。



 ベンがようやく笑いを治めた時、僕達は訓練場に到着した。なかなか図書館から帰ってこないノワールを待って着替えたからか、クラスメイトは結構集まっている。


「ところで、ノワール。早速だったらしいね?」


 部屋の端でそれぞれ魔法具の手入れをする間、不意にベンがノワールに語りかけた。何の事かと横を見れば、楽しそうな顔をしたベンが目に入る。


「あのフォルテ相手に、人前で堂々と喧嘩売ったって?」

「え!?」


 ぎょっとして、つい大声を上げてしまった。視線が集まるのに首をすくめつつ、ノワールを窺う。

 当の本人はいつも通りの無表情かつ平然としたまま、さらりと答えた。


「フォルテという名前かは知らないが、絡んできて俺に従わせようとした図体の大きい生徒ならいた」

「あ、多分それだ。へえ、本当だったんだ」

「ちょ、ちょっと待って。それいつ?」

 我慢できずに割って入ると、さっきという答えが返ってくる。

「それにしても情報が早いな、……」

「ベネディクト。ベンで良いよ。うん、割と耳は早いほうかな」


 言葉を濁らせた理由を正しく察して、ベンが名乗る。頷いてそれに応え、ノワールが続ける。


「フォルテというのか。名乗られもしなかったな。喧嘩を売った訳ではなく、彼等の下へ付けと言われたのを拒絶しただけだ」

「そこで拒絶出来た事が凄いんだよ。それでも無傷でいるという事がね」


 フォルテ=シダモ=ヴァンクロフトは、この学院で圧倒的な影響力を持っている。侯爵であり『四家』に名を連ねる家の次男。家の名に恥じず、学院内でも5指に入る実力の持ち主だ。

 けれどちょっと粗暴な所があって、身分に傘を着て……とまでは言わないけれど、他人を従える事を当たり前と思っている節がある。下手に逆らうと力にものを言わせるから、皆上手く距離を取るかおもねるかのどちらかだ。


 そんな彼が仲間に入れようとした相手に面と向かって拒絶されたら、まず間違いなく実力行使に出るだろう。ベンの言う通り、『四家』の人に実力行使に出られて無傷というのは、それだけで実力を示したようなものだ。


 一体何をしたんだろう。ノワールはフォルテよりずっと強い。けど、街で絡まれた時を思い出すと、単純に力で圧倒するという手段は余り好んでいない気がする。でも、それ無しに無傷で戻ってくる方法なんてあるだろうか。


 ぐるぐると回る疑問に、ノワールがあっさりと答える。

「向こうもそこまで積極的に攻撃するつもりは無い様だったから、こちらも軽く忠告しただけだ」

「……軽く忠告、の内容は聞かない方が良さそうだね」

 苦笑したベンの言葉。確かに、ノワールが——そのつもりはなくとも——はぐらかした以上、知らない方が良さそうだ。


「おーい、そろそろ始めるぞー」


 とその時、レオニード先生の声が聞こえた。顔を上げると、僕達に来いと手で合図している。既にみんな集まっていた。慌てて駆け寄る。それを待って、先生が話し始めた。


「さてと。ノワール達がいるから、確認も兼ねて説明な。実技の授業は、実際に魔法の練習をする場所だ。課題に取り組ませるか実戦かのどちらかだな。全員、魔法具は持ってるな?」


 クラスの皆が、一斉に頷く。それぞれの手に魔法具が握られているのを目で確認して、先生が続ける。


「んじゃまあ、今日は久々の授業だし実戦するか。お前らもその方が良いだろ?」

 微かに笑いを含む声。その視線は、闘志溢れる数人の生徒に向けられていた。


 何となくノワールとフウに目を向ける。ノワールは無関心そうな、フウはわくわくした表情を浮かべていた。どちらからも闘志は感じられない。


「じゃあ、希望制で行くか。誰かやりたい奴ー」


 数人が素早く手を上げた。その中でも際だって殺気立っているのは……やっぱりヘイグか。


 嫌な予感がしたのと、レオニード先生がヘイグを指名したのは、同時だった。


「ヘイグ、相手したい奴は決まってるんだろ」

 面白そうに笑う先生にはっきりと頷き、ノワールを見上げて、言う。

「ノワールと戦いたいです。——勝負しろ」


 低い声と共に流れる、びりびりとした空気。闘志が魔力に変換されたような空気の張り詰め方は、痛い程だ。


「ノワール、良いか?」

 レオニード先生が尋ねる。その顔には「面白そう」というのが満面に押し出されていて、ノワールが少し呆れたような表情になる。

「……ええ、構いませんよ」

「よし。んじゃ、それぞれフィールドに入れ。ルール説明、アップしながらで良いよな」

「はい」


 ノワールは頷いて、足を踏み出した。ヘイグもノワールを睨み付けながら足をフィールドへと向ける。アップを始めた2人とフィールドの周りに集まった僕達に向けて、レオニード先生が改めてのルール説明を始めた。


 実戦は、魔法で保護されたフィールド上で行われる。フィールドは大体教室10個分の広さで、境界線には魔法で作られた見えない壁がある。魔法で作られた壁だから、その外から見ている限り流れた魔法に当たる事はない。


 1階という利点を利用して、床は地面だ。この部屋の部分だけ床を張らなかったらしい。それで建物が不安定にならないのは、やはり魔法を使っているからだとか。


 このフィールド内で致命傷を負う事はない。一定以上の大きなダメージはフィールドにかけられた魔法によって全て和らげられるからだ。ただし、負けたという事を明確にするために気絶させられる。その為、ここでの戦いは、気絶するか降参するかが負けの条件となる。


「ただ、致命傷じゃない限り怪我はすっから、それは気ぃつけろ。いくら医務院にはドクトル先生がいるからって、ちょっとの怪我じゃ診せさせねーぞ。実戦は魔物とやり合う時の為の訓練だ。魔物には毒を持っている奴もいる。小さな怪我でも致命的になりうるし、そうでなくても動きが鈍るから危ない。お前らも今年から依頼を受けてるだろ。何かあってから焦っても手遅れだ、今からそのつもりで取り組め」


 レオニード先生の真剣な言葉に、気を引き締めて頷く。確かに、魔物と戦う時の怪我は、授業での怪我とは意味が違うだろう。

 そこまで考えて、ふとノワールに目をやる。軽く筋を伸ばしながら先生の話を聞くノワールは、先生の言葉を無関心そうな顔で流している。


 彼は吸血鬼の集落で、傷を負う事を躊躇いもしなかった。父上と戦った時も、僕達は確認していないけど軽傷を負っていたらしい。

 分かった上で、傷付いていたのか。彼はあの時、そこまで追い詰められていたのだろうか。



 それとも——それとも、ただただ敵を倒す事だけを突き詰めると、傷を負うのは前提になるんだろうか。


 経験の浅い僕には、分からない。



「さて、2人とももう良いか?」


 レオニード先生の言葉にはっと我に返る。顔を上げると、2人とも準備運動を済ませたのかはっきりと頷いていた。


「ねえヴィル。ノワールの防護服ってさ、ヴィルの父上が用意したんだよね?」

 レオニード先生が実戦前お決まりの確認文句を2人に向ける間に、ベンが尋ねてきた。何となく2人の様子から目を離せないまま、頷いて答える。

「デザイン選んだのは本人達だよ。ユハナもフウも店員さんと話し合ったけど、ノワールは全部自分で決めたらしいね」

「……もしそうだとすれば、凄いな。あんな防護服を着こなせる自信があるなんて」

 ベンの漏らした感嘆に、改めてノワールの防護服に意識を向ける。


 防護服は兵士や騎士達が着るのと同じデザインだ。防護の目的に相応しく、無駄な遊びの少ない形の、首元が詰まった上着にズボン。上着はきっちりとボタンで留めるようになっている。


 よく目を凝らすと、ノワールは黒の防護服に独特の魔術加工を施していた。幾何学的な模様が全身に編み込まれていて、所々魔法陣に書かれているような図も織り込まれている。形のバランスはあべこべなのに、不思議と調和が取れていた。


 繊細で、大胆で、無駄が無い。どうしてかそんな矛盾した表現が思い浮かぶ。


「細かい加工だよね。魔力の消費量も馬鹿にならないけど、あれに正しく魔力を流すだけでも難しいと思う」


 ベンの言う通り、僕達の加工と比べて遥かに細かいそれは、魔力の消費量が僕達の倍近いだろう。それに、ああまで細かいと、意識して正しく魔力が流れるようにしなければ、途中で魔力の流れが滞って効果が出なくなってしまう。


「加工の量に微妙に差があるね。あれ、魔力を流すの難しくなるよな?」

 僕の問いかけに、ベンが即答した。

「勿論だよ。それくらい分かっていそうなもんなのに、何であんなに加工の密度に偏りがあるんだろう。腕の装飾はしっかりしているのに、普通多い袖口なんて最小限だし」

「さあ……店員さんには何も言われなかったらしいけど」

 よく分からないけど、きっと店員さんはノワールの意図を正しく理解したんだろう。だから何も言わずにOKを出したんだと思う。

「うーん、意味も無くする筈はないし、けど……」


 ベンはよっぽど気になるみたいで、眉根を寄せて考え込んでいる。苦笑してその肩を軽く叩いた。


「取り敢えず今は、2人の戦いを見ようよ。後で考えるなりノワールに訊くなりすれば良いだろ?」

 ノワール達は今にも戦いを始めそうだった。構えたまま、レオニード先生の合図を待っている。

「……そうだね。まずはヴィル達の信頼する彼の戦いを見させて貰おうかな」



 ベンの言葉に応えるようにして、2人は同時に地を蹴った。



 先に攻撃を仕掛けたのは、ヘイグだった。


『炎よ!』


 声と共に、身の丈よりも大きい炎が渦を巻いて巻き上がる。竜巻のようにうねるそれは、真っ直ぐノワールへと向かっていった。


『弾けろ!』


 ヘイグの言葉を鍵にして、炎はぶわりと広がりノワールを呑み込む。


「2段階構成の魔法か。ヘイグ、休みの間にまた腕を上げたな。……というか、いきなり初対面の人間にあれを使っちゃうんだ」


 ベンの苦笑混じりの言葉。呪文を2つに分けて1つの魔法とするやり方は、威力の大きさや意表をつく点で優れている分難しい。それを5年生で出来るのは凄いんだけど……確かに、いきなり編入生に向ける魔法じゃない。


「まあ、ノワールもノワールだけど……」


 そう返した僕の視線の先では、ノワールが地と風の魔法を使って一気に消火していた。魔法が襲ってきても足を止めなかった彼は、そのまま一気に間合いを詰める。

 大きく振りかぶられた彼の弓につられるように、ヘイグが短剣の形をした魔法具を掲げる。がら空きになった腹を、すかさずノワールが蹴りつけた。


「ぐっ……!」


 大きく後ろへ飛んだヘイグを追うように、ノワールが3つの水弾を続けざまに飛ばす。無詠唱で現れた水弾に目を見張りながらも、ヘイグは土の塊でそれを落とす。


「……っ、『火柱』!!」


 不意に目を見張ったヘイグが巨大な火柱を喚び出すのと、鋭く尖った火の矢がそれに突き刺さるのは、ほぼ同時だった。

 弾け跳び吹き荒れる炎。無秩序に広がるかに見えたそれが、急速に収束する。


『火よ、火よ、我がしもべよ、我が敵を打ち砕け!』


 火の扱いではずば抜けた才を見せるヘイグは、制御を離れた炎ならいつでも操ることが出来る。それでもこれ程大きな火を扱うのはやっぱり大変らしく、額には汗がびっしりと浮かんでいた。


 収束した炎がヘイグの呪文に応じて大きく膨れあがる。限界まで膨らんだそれは、フィールドの床を埋め尽くしながら雪崩のようにノワールへと襲いかかった。


 消火するには密度の濃すぎる、それ。魔力を使い果たして消火するかやられるかのどちらかしか選ばせない絨毯攻撃。そして、戦い中の魔力切れは負けと同じ。



 そんな絶体絶命にしか見えない状況でも、ノワールは冷静だった。



 彼は無造作に足元を弓で叩く。と次の瞬間、巨大な地の柱がノワールを空中へと押し上げた。押し上げられる勢いを借りて宙へと飛んだノワールは、熱風のダメージさえも避けてみせる。


「!」


 息を呑んで見上げるヘイグを悠然と見下ろし、ノワールは地柱に着地した。光る程に身体強化魔法を施した右足で、地の柱を踏み抜く。



 破砕音と、風の音。



「う、わあ!」

 砕け散った地柱の破片がヘイグの悲鳴を呑み込んだ。ほとんど破片に埋もれてしまったヘイグは、動かない。


 とん、という軽い音と共に降りてきたノワールは、着地の衝撃を完全に消していて。既に半ば引いていた弓を改めて引き絞ったけれど、直ぐに下ろした。



「……決着ついたな。ノワールの勝ちだ」

 レオニード先生がそう言って、口の中で小さく呟く。


 地柱の破片がただの砂になって、さらさらと流れ落ちた。気を失ったヘイグが姿を見せる。


 ノワールはレオニード先生の言葉にもヘイグの様子にも何の反応を見せないまま、一礼して踵を返した。そのまま僕達の所まで、平然と戻ってくる。


 誰も、何も言わなかった。皆、彼の圧倒的な戦闘に言葉を失っている。


 無詠唱にも関わらずヘイグの魔法を打ち消した威力、身軽な動き、的確な判断。戦闘で必要とされる要素を全て兼ね揃えてヘイグに打ち勝ったノワールは、息1つ乱していない。普段と何も変わらないその様子に、却って気圧されてしまう。


「……お疲れ、ノワール」


 誰もが何も言えずにいる中、僕は戻って来たノワールにそう声をかけた。ノワールには当たり前どころか、手を抜いていると分かっていて、なお。


「……ああ」

 怪訝そうな顔で僕を見て、ノワールが頷いた。何故僕が声をかけたのか、不思議に思っているらしい。


 けど、狙い通りクラスの子達が肩の力を抜いたから、それでいい。



「よーし、じゃあ次ー。折角だし、フージュもやっとくか?」

「はーい!」


 そのタイミングを逃さずレオニード先生がフウを指名する。元気に手を上げて返事をする様子に、場の空気が和んだ。


「んー、相手はどうすっかな。エマ辺り行くか?」

「いいえ。ノワが、最初は男の子と戦えって言ってました」


 フウの言葉に、レオニード先生がノワールの方を見る。怪訝な顔をする先生に、ノワールははっきりと頷いた。それを見て、レオニード先生が首を巡らせる。


「んー、じゃあルッソ行くか。お前身体強化得意だし」

「は……はい」


 戸惑った顔で頷いたルッソが、フィールドへと進み出る。それぞれが軽くアップを始める。


「ノワール……どうしてルッソを当てたの?」


 ベンの不思議そうな声。少し責めるような色が混ざっているのは、気のせいではないと思う。わざわざ男の子を指名するなんて普通はあり得ないから、無理も無いけど。


「決まっている」


 けれど、僕の思った通り、ノワールの声は揺るがなかった。フウに視線を向けたまま、はっきりと言い切る。



「そうでもしなければ、勝負にならない」

 彼の言葉に重なるように、レオニード先生が勝負の開始を告げた。



 フウの戦いは、ある意味ノワール以上に圧倒的だった。

 開始と共に身体強化魔法を発動した彼女は、瞬く間にルッソとの間合いを詰める。


「うわ!」


 同じく身体強化魔法を発動させていたルッソだけど、明らかに出遅れていた。地面を蹴ろうとしていたのを止め、手に持つ剣型の魔法具を掲げる。


 甲高い音が立て続けに鳴り響いた。2本の細い棒型の魔法具を、ルッソは必死の表情で捌いていく。


 初めて見た時と同じように、フウは美しく舞い踊る。風斬る音と剣戟を背景に、力強く、優雅に。


 変幻自在に繰り出される攻撃に、ルッソはあっという間に追い詰められていった。何度も体に当たっているらしく、顔に苦痛が色濃く浮かんでいる。


 このままでは負ける。ルッソもそう思ったらしく、振り絞るように叫んだ。


『水よ、全てを押し流したまえ!』


 水の塊が2人の間に生み出され、2人を同時に押し流す。新たに喚んだ水で体を受け止めたルッソが素早く跳ね起き、フウを目で探した。



 ひゅっと、風の斬る音が奏でられる。



「え? がっ!」



 驚いた声に続く悲鳴、重いものが落ちる音。



 視界を塞いでいた水が消えた。見えたのは、倒れ伏したルッソと、側に立つフウ。



「勝者、フージュ」

 レオニード先生の声が、無音の訓練場に響き渡った。

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