出逢い 〜Rouge〜
果てしない草原、見えない人影、……数多の化け物。
「もー、鬱陶しいなあ」
愚痴をこぼしつつ、刀を振るって、飛びかかってきた鬼たちを切り刻む。黒っぽい血が飛び散った。
この世界の化け物は、血の色がカラフルすぎ。はっきり言って、気色悪い。近づきたくないから、まとめて魔法でやっつけたい。
だけど私は、ノワみたく魔力量が無限大というわけではないから、そんな事したらあっという間に魔力切れを起こしてしまう。仕方なく、せっせと刀を振るっていた。
「……ん?」
不意に遠くから悲鳴が聞こえた。鬼たちを適当に薙ぎ払いつつ、声の聞こえた方向に目をこらす。勿論、魔法で視力を底上げして。
馬車が鬼たちに囲まれていた。乗っていたらしき人は必死で呪文を唱えて鬼たちを倒してはいるけれど、威力が今ひとつなせいで、徐々に追い詰められているようだった。
「んー、どうしようかな……」
普段だったら別に何もしないけど、今は徒歩よりも効率のいい移動方法が是非とも欲しい。それに、この世界のお金も持ってないし、何よりお腹が空いた。ああやって旅をしているなら、食料の1つや2つ、用意しているだろう。ノワと合流するまで、案内してくれる人がいると助かる。
「……よし」
決心して、私は周りにいる鬼どもを魔法で吹き飛ばし、馬車の方へと走った。
『業火よ、彼らを燃やし尽くせ!』
呪文によって生じた火球がスレイヤを飲み込む。5,6体が消滅したが、その奥から再びスレイヤが飛びかかってきた。
「きりが無い……!」
油断していた。この辺り一帯は、夕方以降急激に魔物の数が増えると聞いていた。けれど、急いでいたので、近道であるこの草原を突っ切る道を選んだのだ。昼間は平和そのものだから、増えると言ってもたかがしれているだろうと思っていたら、甘かった。
奴らの苦手な火の魔法を連続で使って何とか退けてはいるが、そろそろ魔力が尽きてしまう。スレイヤに武器は通じないから、魔力切れは死につながる。
スレイヤが飛びかかってくるのを、再び火の魔法で吹き飛ばそうとした、その時。
強力な魔法の気配が遠くから伝わってきた。
「何だ、これ!?」
思わず、目の前の魔物の事も失念して、その魔法に気を取られた。
宮廷祓魔師、いやそれ以上の魔力の波動。ここまでの使い手は、この国中探しても、片手で数えられる程度しかいないだろう。
そんな祓魔師が、どうしてここに?
そんな事を考えていたせいで、背後から近づく気配に気付くのが遅れた。
「うあっ!」
背中に鈍い痛みが走った。スレイヤの爪が、肉を抉り取る。
『炎よ、我が周りを取り巻き、守りたまえ!』
叫ぶように呪文を唱えて炎の壁を作り、続けて攻撃しようとしてきたスレイヤの足止めをする。奴らの足が止まったのを確認して、がくりと膝をついた。
防御に魔法を使ってしまったため、魔力が切れてしまった。この魔法の効力が切れてしまえば、自分を守るものは何も無い。
「こんなところで……!」
こんなところで、死んでしまうのか。妹を助けたいという一心で、ようやくここまで来たというのに。彼女を助ける前に、僕が死んでしまうのだろうか。
無力さに唇を噛み締めたとき、声が聞こえた。
「えっと、聞こえますかー! そのまま、そこを動かないでくださいねー!!」
あまりに場違いな明るい声に、面食らって頭を上げたとき、信じられない光景が目に入った。
細身の少女が、疾風のように走ってきた。炎の前に立ちふさがったかと思うと、変わった形状の剣を両手に、真っ直ぐスレイヤに突っ込んで行く。
「なっ……!」
スレイヤに剣は——魔法具であっても——通じない。奴らの皮膚は鉄よりも固く、切ろうとすれば、まず間違いなく剣が折れる。そんな事、5歳児でも知っているというのに、少女は魔法を使うそぶりも見せずに剣を振るった。
危ない! そう叫ぼうとして、声を失った。
銀色に輝くカーブした刃が、スレイヤを真っ二つに切り伏せた。
時が止まったかのような錯覚に陥った。俺もスレイヤも、呆然とその様子を見上げている。
少女は、間違いなく魔法を使っていない。それなのに、魔法で斬撃を与えたって切り傷1つ負わせるのも難しいようなスレイヤを、一太刀で両断した。
常識をひっくり返すその光景に、僕だけで無く、さほど知能の低くないスレイヤも、自失状態に陥っていた。
しかし、ドサリ、と切られたスレイヤが地に落ちる音で、奴らの仲間が我に返る。
耳障りな叫び声を上げて、10体以上のスレイヤが少女に襲いかかった。
「うん、こうじゃないと舞い辛いよね」
何故か楽しそうな声でそう言うと、少女が両手の剣を同時に振るった。
その少女の剣技に、僕は状況も忘れて見とれた。
剣が空気を切る音は、少女の動きを彩る旋律。銀に輝く剣の軌跡は、少女を引き立たせる衣装。
美しい、無駄の無い少女の動きは、荘厳な舞にしか見えなかった。飛び散る黒い血飛沫さえ、その舞を引き立たせる、舞台道具にしか見えない。
少女の舞が続くうちに、少女の足下には、原形を留めないほど切り刻まれたスレイヤの骸が積まれていった。
最後の1体を4分割すると、少女は俺に振り返った。
「大丈夫ですかー?」
まるで転んだ人に声をかけるかのようなお気楽な口調に、僕は呆然とその少女を見上げる事しか出来なかった。
いつの間にか、俺の周りを守っていた炎が消えていた。少女の舞に見とれていて全く気づかなかったが、効力が切れたようだ。
少女が歩み寄ってきた。ここに至ってようやく、彼女の容姿が意識に上った。
燃え上がるような赤い髪、きらきらと輝く藍色の瞳が、その整った顔立ちを引き立たせている。肌は透き通るように白いが、戦いの後のためか、上気して桜色に染まっていた。
神秘的な雰囲気すら漂う容姿だが、不思議と雰囲気は親しげだ。どこにでもいる明るい女の子、という感じだ。
ここが魔物の巣窟で、たった今、力のある魔物を、返り血さえ浴びずに倒したという事実にもかかわらず。
「……あのー」
困惑気味に声をかけられて、自分が惚けたように彼女を見上げていた事に気づいた。
慌てて立ち上がろうとして、背中が酷く痛んだ。思わず顔を顰める。
「あ、怪我してるんですね。背中ですか?」
そう言って少女が、俺の背後に回った。
「うわー、痛そう……。ちょっと待ってて下さいね」
背後で魔力を感じたかと思うと、背中の痛みが消え去った。
「はい、お終いです。ノワがやったらもっと良かったんですけど。まあ、痛みは消えたでしょ?」
少女が何でもない事のようにそんな事を聞いてくるので、慌てて振り返った。
「今のはまさか……治癒魔法!?」
「そうですけど?」
それが何か? とでも続きそうな口ぶりに、言葉を失った。
治癒魔法の使い手は、国で非常に重宝される。治癒魔法が扱えるというだけで、この国でトップクラスの魔法使いとして、最高の待遇を受ける事が出来る。
しかも少女は、無詠唱で治癒魔法を使った。ただでさえ魔法を無詠唱で使うのは難しいのに、まるでそれが当たり前の事であるかのように。
「……えっと、ちょっとお願いがあるんですけど」
困った顔で訪ねてくる少女に、我に返った。
「あ、うん。何?」
少女の「お願い」は、僕の予想の斜め上を行っていた。
「お腹が空いたので、何か食べ物を分けてもらえませんか?」