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事情 〜Noir〜

ちょっと今回、話暗めです。

 食事を終えた後、私はピエール・モンディアルと名乗った、ノワールの師匠だという人物と向き合っていた。


「すまないな、呼び出して」

「いいえ、気になさらないで下さい」

 先程まで彼が座っていた椅子に腰掛け、モンディアル氏はまず謝ってきた。丁寧にそれを否定する。



 突然呼び出された時には緊張したけれど、今は寧ろ安心していた。彼の放つ穏やかな雰囲気のためだろう。


 ふわふわとした茶色い髪に、優しい水色の瞳。ノワールが100年は現役をしていると言っているけれど、とても信じられない。


 あの時は優れた魔法士——祓魔師か魔法使いのことだろう——らしい雰囲気と、どこか俗っぽい老人の雰囲気とを漂わせていたけれど、今彼は、好々爺然とした雰囲気を纏い、可愛い孫を見るような目差しを私に向けていた。



  私が腰を下ろすのを待って、彼は口を開いた。

「話というのは、勿論ノワールの事だ。君もいろいろ、聞きたいのではないかと思うてな」

「はい。あの……、貴方は……」

「ピエールと呼んでもらえんかな」

 にこやかにそう言われて、少し躊躇って頷いた。


「そういえば、自己紹介をしていませんでした。私の名前はご存知ですか?」

「いや、儂は途中からあの話し合いを聞かせてもらっていてね。どういうわけか、君の名前を聞き損なっている」

「ミア=ティーナ=パーヴォラです。ミアとお呼び下さい」


 ピエールが小さく息を呑んだ。見開いた目で、私をじっと見つめる。


「みあ……」


 その反応に既視感を覚えて、私は何も言えずに彼を見つめ返した。


「……いや、すまなかった。何でもない」

 首を振ったピエールに、意を決して尋ねる。


「早速伺ってもよろしいでしょうか?」

「何かな?」

 穏やかな笑みを浮かべて頷く老人に、疑問をぶつけた。



「先日……いえ、今朝ですね。今朝、ノワールと互いの名を名乗り合った時です。ノワールは私の名を聞いて、酷く驚いた顔をしていました。今貴方が驚いたよりも、遙かに」



 私の名を呟いた彼の表情が蘇る。驚愕に息を止めた彼の顔は、何故か、今まで見た中で1番幼く、感情豊かに見えた。



「……そうか。まあ、無理も無いかな」

 ピエールが苦笑した。どこか哀しげな色を宿したその顔は、不意に見かけの年相応に見えた。


「その前に、1つだけ確認させてくれ。君はこれから一生、彼の餌として生きていくつもりかな?

 はっきり言っておくと、ノワールは君を避け続けるだろう。彼はおそらく、餌であり、自分が死ねない理由である君を、受け容れる事はない。そんな彼に、尽くす必要は無いぞ?

 君が望めば、契約を解く方法はある。儂もその魔法を使える。彼から解放される事も可能だ。どうかな? どうも君はその選択肢をはなから棄てているようだが、君が望めば彼も反対しない」


 ピエールの問いかけに、私ははっきりと首を振った。


「いえ。私は、彼の餌として生きます」

「……理由を聞いてもいいかな」

「始めは、弟を救うためでした。ユハナが助かるなら、餌になっても構わないと思い、この集落に来て、彼に出会いました」



 酷く弱り切って、水を求めた彼の姿を思い出す。どうしても話に聞くような、強力で冷酷な吸血鬼に見えなくて、少し戸惑った。


 けれどそれは、彼が苦しみだした後、突然私の血を求めるまでの事。されるがままに血を吸われながら、私は悟った。彼を支えるのが私の定めだと。理屈ではなく、確信した。



「ノワールの話で、私の決意が無駄だと知っても、私は自分の役割を棄てようとは思いません。彼には私が必要で、私は彼のために側にいたいと考えています。……何だか、いてあげたいと思うんです。不思議ですよね、出会ってまだ1週間ほどなのに」



 何の躊躇いも無く死を求め、私や長に敵意をぶつける一方で、私の体調を常に案じるそぶりを見せるのが、不思議で、でも、嬉しかった。この人になら、きっとずっとついて行ける、そう思った。同時に、彼を死なせたくないと思った。



「もしかしたら、惚れたのかもしれませんね」

 言ってから、恥ずかしくなって笑う。ピエールは私に合わせて笑いながら、どこか哀しげだった。


「……そうか。今度は儂が答える番だな」

 そう言って目を閉じ、再び私を見据えたピエールの目は、感情を押し殺しているように見えた。



「……ノワールは昔、家族を化け物の群れに殺され、彼が大切に想っていた少女を、リーダーだった吸血鬼の餌にされた。始めその吸血鬼は、彼女をそれなりに丁寧に——あくまで餌として、だが——扱った。しかし、彼女達が互いを何よりも大切に思っておると知り、嫉妬でもしたのかな、彼女を、彼の目の前で殺した。人間が耐えられる失血量以上の血を飲み、彼女が死んだのをノワールに確認させた後、その死体を八つ裂きにして見せた」



 あまりに壮絶な過去に、私は絶句した。口を手で覆う私に、ピエールは暗い顔で頷いた。



「彼女がいた間は、彼は彼女の家に身を寄せて生きていた。だが彼女が殺された時、彼女の家族も吸血鬼に殺された。彼は寄る辺もなく、路上で眠り、飢えや渇きと戦いながら、生きてきた。……儂が拾い、魔法士として育てるまではな」



 視界が滲んだ。気遣うような目差しをピエールが見せなければ、私は泣き出しているに違いない。



「……大切な者を全て失った彼が生きていく糧は、復讐だった。その道を選ぶ事が意味するものを理解した上で、他の道がある事を分かった上で、それでも尚、彼は血に塗れた道を選んだ。家族を奪った化け物に、何よりも大切な者を殺した吸血鬼に、己の手で復讐するためだけに、彼は盗みをし、残飯を漁り、他人を傷つけてでも、生き延びた。儂の修行にも、弱音も吐かずに耐え続けた。ただ、奴らを倒す力を欲して」


 ピエールが重い息を吐いた。そして、私の目を真っ直ぐ見つめる。



「——彼がただ1人愛した少女の名は、未彩(みあ)、といった」



「……それは彼が、貴方に話したのですか?」

 尋ねると、彼は静かに首を振った。


「いや、彼は自分の過去を話した事はない。化け物をこの世から抹殺したい、奴らが憎いとずっと言っていたがな。ただ、彼も幼かったからなあ、夢に魘されている事が何度かあった。その時の寝言を頼りに、儂が自分で調べた。その事件を担当した魔法士にも会った。少年は一体どこに行ってしまったのだろうと首を傾げていたが、彼の事は黙っておく事にした」


 黙って頷いた。話してもどうにでもなる事ではないし、彼もそれを望まないだろう。私でも黙っておくと思う。


「復讐の念だけを抱き続ける事は、人が思う以上に難しい。死の恐怖を知った後、命と安全を保証される儂の所に匿われたのだ。忘れて、幸せを手に入れようとするのが人の性だ。儂も、彼が忘れられるよう、最大限の努力はした。だが、無駄だった。

 ノワールは、復讐を決めた時、何があっても決して忘れまいとして、自分にある暗示をかけた。……魔法も使わずにあれほどの暗示を成功させた人間を、儂は後にも先にも見ん」


 そこで一拍おいて、辛い話ばかりですまんな、と彼は私に謝った。黙って首を振り、続きを待つ。



「……彼はな、化け物への怒りや憎しみ、復讐心などの負の感情で心を満たし、そのほかの一切の感情を棄てた。幸せを願う余地も、弱気になる余地もなくなるほどにな。

 今彼が普通に見えるのは、理性をもってその感情を制御し、普通に見せて(・・・)いるからだ。実際、彼は今でも、喜びも楽しみも、真の意味で知る事はない。幾度か彼の家族を殺した化け物に会った時には、悦び、復讐を愉しんでおったようだがな。純粋な正の感情を、彼はもう覚えていない」



 哀しすぎる生き方に、堪えきれずに俯いた。ピエールの声が続く。



「不思議な事に、彼女を殺した吸血鬼の消息は、ある時を境にぴたりと聞かなくなった。あれだけの事をしでかした化け物だ、他の魔法士が祓ったのかもしれん。ノワールもそう結論づけた。結論づけて、絶望した。

 それからだ、彼が自分の命をどうでもいいと思うようになったのは。化け物を憎む気持ちは変わらない。化け物の、吸血鬼の存在を許さない。奴らを滅するためなら何でもする。だが、その何でもに、「自分の身を脅かしても」というものが混ざってしまった。

 ……フウが儂の元に来て、ノワールに懐いた彼女を教育させた時から、少し人間らしさを演じるようになっていた。だが、彼女が1人で生きるだけの術を身につけ、彼がその結論に達してから、彼を抑えるものが無くなってしまった。いつ死んでもおかしくなかったよ、ここに来るまでの彼はな。

 そういう意味では、ノワールには悪いが、儂は今の状況を歓迎している。もう彼に、死ぬという選択肢はないからな」


 頷く。彼はまだ知らないけれど、私がいなくても、ノワールはもう、自分の意思で死ぬ事は出来ない。


「……ここに来てノワールを見て、驚いた。フウや儂はまだましとして、今まで他人に全く興味を示さなかった彼が、君に対しては随分と気を遣っている。君の体調を案じ、君の生活が元通りになるよう、協力をする気でいる。彼を知る儂にとっては、奇跡に近い。だから、勝手な話だが、君には期待している。君なら、彼を終わりのない、希望も何もない復讐の道から救い出せるのでは、とな」


 私は頷いた。もしそれが出来るなら、是非そうしたい。


 決意を新たに頷く私を見て、ピエールは躊躇いを見せた。


「……だが、彼は君を好きになる事はない。そういう感情を棄ててしまったからな。あれと付き合うのは辛いぞ。君が惚れているなら、尚更」

「構いません。嫌われてもついて行くと、心に決めましたから」


 迷い無く言い切った私の目を見て、本気なのが分かったのか、ピエールは頷いた。


「……そうか、ありがとう。まあ、辛くなったらいつでも言いなさい。彼と縁を切る方法がある事だけは、覚えておいて欲しい。

 ……そして、もう1つ。君が彼と一緒にいてくれるのならば、渡すものがある」



 そう言ってピエールは私を手招きした。立ち上がり、歩み寄ると、ピエールは私にあるものを渡してくれた。


 彼から離れ、頷く。



「大切にします」

「そうしてやってくれ。彼は、これを忘れているのだからな」


 ピエールはそう言って、立ち上がった。


「さて、戻ろうか。フウがそろそろ、退屈で何かしでかす頃だ」

「はい」



 様々な思いを抱えて、私はこの会談を終えた。


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