重要 〜Rouge〜
突然糸が切れたように頽れるノワに一瞬慌てたけれど、マスターが冷静に受け止めているのを見て、何が起こったのか理解した。
「何を……!?」
けれどミアやヴィルさんはそうはいかなかった。青ざめた顔で、ノワとマスターを交互に見つめている。
「……おいフウ、この馬鹿はこの短期間に何があった?」
マスターに不機嫌な声で尋ねられ、記憶を掘り返す。
「詳しくは話してもらえなかったけど、魔力を暴走させて、死にかけて、魔術でダメージ受けて、死にかけて、死にかけたみたいだよ」
言ってみて、改めてその凄さにちょっと驚く。マスターが疲れたように溜息をついた。
「……どうやったらそこまで……」
「……あの、彼に何をしたのですか?」
ミアが固い声でマスターに尋ねる。マスターは面白そうに彼女を見上げた後、丁寧に答えた。
「彼の躯に蓄積されたダメージを一気に解放させた。治癒魔法や回復魔法を自分にかけると、傷は治っても痛みなどの症状は消えない。ノワールは、痛みを魔力で身の内に封じ込み、寝ている時などにゆっくりと回復させる。そうすれば、事実上傷が完治したように動けるからな。だが、あまり溜め込み過ぎると、躯に莫大な負荷がかかる。溜め込んだ時はこうして解放させなければ、命に関わる」
そう言ってマスターが、いつもの魔法をかけた。苦しげに顔を歪めていたノワが、規則正しい呼吸を繰り返し始める。
「今かけた魔法で、こいつはダメージを全て回復させるまで眠り続ける事になる。この様子だと、3日かな。悪いがお嬢さん、目が覚めたら血を飲ませてやってくれ」
「……勿論です」
ノワに危害を加えるものではないと分かったからか、ミアは素直に頷いた。ほんの少し、目に複雑な色を浮かべていたけど。
「……じゃあ彼は、どれだけダメージを負っても魔法を使い続けられる、という事ですか?」
ヴィルさんの問いかけに、私とマスターは同時に頷いた。
「ノワの魔力は桁外れですから」
「ノワールは、その魔力を使って、いくらでも魔法が使える。それこそ、死ぬ間際でもな。だが、こいつの魔力は諸刃の剣だ。暴走すれば器が耐えきれんし、こうして無茶を続ければ、いつか肉体だけでなく、精神にも支障をきたす。だから無茶をするな、魔力を暴走させるなといつも言うているが、聞く耳を持たない」
「……どうしてですか?」
ミアの問いに、マスターはノワを軽々と担ぎ上げながら答えた。
「彼にとって、どうでも良い事だからだよ」
言葉を失う兄妹を余所に、私達は書斎を出て、ノワを部屋に運んだ。少しして、ヴィルさんもミアも付いてきた。ちょっと意外。
ノワをベッドに寝かせて布団を掛けて、私達は一息ついた。そこで気付く。
「あ! ご飯作ってもらってない!!」
「安心なさい。儂が作るよ」
「やだ!」
マスターの申し出を速攻で却下する。マスターの料理は本当に不味い。その割に普段、ノワの料理を邪魔して私達の食事を悲惨なものにするのだ。この世界に来て1番嬉しかったのは、純粋にノワの手料理を味わえた事だ。
「私が作りますよ」
そう言ってくれたミアが天使に見えて、とびきりの笑顔でお礼を言った。
「ありがとう! 助かる!!」
黄昏れているマスターに同情する人が1人もいなかった事は、少し可哀想だと思ったけど、美味しい食事には変えられない。放っておく事にした。