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世界の道化 〜Noir〜

「マスター、いつからいたの!?」

「フウも気づいていなかったのか……」

「儂は本気で姿を隠していたぞ? 何で普通に気付いているのだ、お前は」

「魔力がダダ漏れです」


 溜息混じりに指摘すると、マスターは悪びれもせずにしれっと言った。

「おお、そうか。お前達の会話に夢中になってしまってな。年は取りたくないものだ」



 魔力が漏れていると言っても、俺の魔力に打ち消される程度だ。勘の良いフウが気づかない程の、完璧な隠形術。流石と言うしかない。



「さて、紹介しておこう。俺達の魔法や戦闘の師匠。俺達はマスターと呼んでいる。名前は——」

「<世界の道化(ピエール・モンディアル)>。お嬢様方、どうぞお見お知りおきを」


 紹介をする俺の言葉尻をひったくって、マスターが気取った口調でそう言った。

 振り返らなくても、マスターが大げさな動作で礼をしているのが分かる。まさしく道化だ。


「それでノワール、お前はどうする気なんだ? 先程から聞いていると、お前の意思が読めないが」

「俺はここに残りますよ。彼女が家に戻りたいというのならば、ついて行くまでです」

「ストーカー宜しくな。お嬢さん、気をつけなさいよ。この男、意外と手癖がわr……っ」


 振り向きざまに裏拳を顎にお見舞いして、マスターの言葉を強制終了させた。ぶつぶつ呟いているじじいは放っておいて、3人に向き直る。ミアとヴィルヘルムは、呆然とやりとりを見ていた。


「冗談はともかくとして、俺は他に行く先もないんだ。拾ってもらえるのならば、助かる。人と偽る事に支障は無い」

「おお、そうだ。その点について、少し聞きたかったのだ」


 背後から五月蠅い声が聞こえてきた。振り返らずに答える。


「話、聞いていたのでしょう?」

「いやまあ、そうだが……、こうしていても、お前から妖気を感じないからな、どうも実感が湧かないのさ。それで、事実なのか?」

「ええ、俺は吸血鬼です。妖気が分からないのは、魔力に打ち消されているからでしょう」

「……そうか」


 マスターの声から、熱が消えた。俺からは見えないその表情に何かを感じたのか、3人の表情が強張る。



 一瞬の静寂。



 ギィン! と、鉄の擦れ合うような、嫌な音が響いた。



「……なるほど、理解した。勘は鈍っていないようだな」

「鈍る暇なんてありませんでしたよ。マスターこそ、相変わらずの腕前ですね」

 俺達が平然と会話を交わしているのを、目の前の3人はどう思っているのだろうか。


 今俺は、マスターが振り下ろした巨大な両手剣を、長く伸びた両手の爪に魔力強化を施して受け止めている。力は互角で、ぎりぎりと軋む音が真上から聞こえてくる。


「儂は今でも現役だ。鈍るわけもないだろう」

「貴方は何時まで現役張るつもりなんですか? もう100年は現役でしょう」

「抜かせ小僧。フージュの花嫁姿を見るまでは、少なくとも引退なぞせん」

「……それ、いつですか?」

「さてな。つまりまあ、ずっと現役だ」

「あっ、2人とも、酷い!!」


 フウが叫んで、両腰に下げた刀を抜いた。飛びかかってきたのを、慌てず騒がず結界で弾き飛ばす。


「うー!」

「直ぐに刀を抜く癖を直せ。何度も言わせるな」


 教育的指導を施し、俺は爪を引いた。マスターも同時に剣をしまう。



「……ノワール、貴方達は、いつもこんな事をなさっているのですか?」

 ミアの問いかけに、首を振る。

「いつもはこんなに生温くない。訓練も兼ねているから、命がけだ」

「物騒な生活ですね……。戦時中の兵士だって、そこまで酷くはないですよ」


 だんだん俺に慣れてきたらしいヴィルヘルムが呟く。肩をすくめ、マスターを振り仰いだ。


「で、貴方の判断は? 事情を知った以上、俺を祓うのが筋だと思うのが、<世界の道化(ピーター・モンディアル)>でしょう」

「……お前は本当に迷わずそういう事を口にするな。自分を殺せと言っていると、理解しているのか?」


 複雑な表情で尋ねてくるマスターに、躊躇いなく頷く。


「俺がマスターなら、迷わず祓いますよ。化け物、それも特に性質の悪い吸血鬼をのさばらせるなんて、社会の害悪以外の何物でもありませんからね。……事情を知らなければ、ですが」



 そう言って俺は、ミアの事を話した。俺が死ねば、彼女も死ぬという、呪いのような繋がりを。



 マスターが、深い溜息をついた。

「……お前、儂の結論を分かっていて聞いたな。この上なく美少女を愛する儂が、彼女を見殺しにする真似などせんと知っておろうに」

「真面目な話のときにそういう変態発言はやめて下さい、色ぼけじじい」


 マスターの視線を受けて微妙に身をすくめるミアを視界の端に収めながら、冷たく言った。フウが大きく頷く。


「……お前達……、師に対する態度がそれか?」

「「マスターですから」」


 俺達の声が見事に重なり、マスターが言葉もなく項垂れた。


「……まあいい。ノワールも健全な男子だったと分かっただけでも、儂には十分な収穫だ。本題に戻ろう。お前達の素性について、説明せねばならんのだろう?」


 マスターに掌底打ちをお見舞いした後、気を取り直してミアとヴィルヘルムに向き直る。



「すまない、話が逸れたな。俺達の素性を知ってもらうためにも、この変態を紹介した方が早いと思ったが、空気にしておいた方が早かった。

 で、俺達の事だが。2人はもう、そろそろ見当が付いているんじゃないか?」


 マスターの文句が聞こえた気がしたが、無視して2人に尋ねる。2人は顔を見合わせた後、ミアが代表して答えた。


「……私達とは異なった魔法を使っていらっしゃる事、この国の常識に疎いご様子、それと、フウが食料も持たずに草原にいたという話を考えると……、おふたりは、遠くから突然こちらにいらっしゃったのではないですか? 他国の、魔法の発展した国、そう、たとえばアドニス国とか」


 その返答に満足した。この少女、思った通り頭の回転が速い。


「大体合っている。俺達はある依頼を完了した後、突如この国に放り込まれた。細かく言うと、フウがいきなり移動させられ、それを追うために、その後発動された移動魔術に俺が乗った形だ」

「そんな方法を取るから、こんな事になったのだ」


 厳しい声に、一瞬息が止まった。声の主を振り返らず、短く言う。


「反省しています」

「よし」


 一呼吸置いてから、話を続ける。


「ただ、アドニス国ではない。遠くというのは事実だが、俺は今、その国の名前を初めて聞いたからな」

 そこで間を置き、爆弾を投下した。



「更に言うと、俺達はこの世界のどの国から来たわけでもない。こことは別の世界から来た。……俗に言う、異世界の存在だ」



 2人の目が大きく開かれた。そのまま固まってしまった2人の再起動を待つ。



 かなりの時間が経った後、2人は同時に我を取り戻した。



「……何だか、どんどん非現実に陥ってるね……」

 まず口を開いたヴィルヘルムは、何だか遠い目をして独り言を漏らした。


「ですが、これで今までの常軌を逸した魔法についても、納得がいきました」

 ミアが頷きながら、独り言である筈の兄の言葉に、律儀に相槌を打った。


「意外と簡単に信じたね。絶対頭おかしいと思われると思った」

 フウが俺の内心を代弁する形でそう言うと、兄妹は苦笑した。


「何だかね、そう言ってもらえる方が、僕の常識が救われるというか……」

「嘘なら、もっと信じられる嘘をおつきでしょうから。それに、あれだけ私達の意思を確認なさっていた理由が分かりました。……試したのですね、私達を」

「そう簡単に人を信じていいなんて、教育されていないからな」

「これ、ノワール。さりげなく人を貶すな」


 空耳は無視して、説明を続ける。


「俺達の世界では、魔法の知識はもっと進んでいる。だからこそ、2人には理解できない事も多いだろう。あくまで、時代に伴う知識の差と思って欲しい。

 だがこれから先は、あまり目立つわけにもいかない。この世界の常識に沿ってやっていく必要がある。この世界の常識を、1から教わらなければならない」


 2人が頷いた。少し迷った後、ヴィルヘルムがある問いかけをした。

「……貴方が元の世界に戻らない理由は何ですか? 別にここで、妹を連れて行っても、貴方には何の問題も無いはずです。寧ろ、わざわざこっちの常識を学ぶより、その方が楽でしょう?」


 感情を廃した理知的な問いかけに、彼の評価をやや上方修正する。


「簡単な話だ。俺達の世界では、魔物は全て排除の対象だ。俺が戻れば、確実にどこかの魔法士が俺を祓いに来る。……それに、俺もあの世界に、化け物が増えるのを望まない」



 大切だった人が生きた世界だ。化け物なんて腐った存在は、できるだけいて欲しくない。


次に続きます。

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