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方針 〜Rouge〜

前回の続きです。

 今まで何も言わずに僕達を観察していたノワールは、1つ息を吐き出した。


「……話というのはこれからだ。具体的には、それを知り、2人がどうしたいのかを聞きたい」


 思わずミアと顔を見合わせた。ミアが前に向き直り、聞き返す。

「……どういう意味ですか?」


「ノワ、言葉が足りないよ」

 フージュがノワールを責めるように言った。ノワールが肩をすくめる。


「今の状況で、俺から言えることは何もない。フウ、お前、俺達の今の状況、忘れてないか?」

「え? ……あ!」

「そういう事だ」

 目と口を大きく開けて叫ぶフージュに、ノワールはただ頷いた。


 全く状況を把握できない僕達は、揃って疑問符を浮かべた。それに気付いたノワールが、言葉を続ける。


「正直俺達は、この先どうするか決めようがない。フージュはマスターの元に帰ればいい話だが、俺はそうもいかない」

「私も帰らないからね!」

 フージュの主張を無視して、彼が話を続ける。


「そして、それはお前も同じなのだろう。今朝、集落の外に出てみたら、ここにいた奴らの餌達が、あちらこちらで路頭に迷った様子で呆けていた。聞けば、餌となった人間は、人里では受け容れられないらしいな。主人を失い、帰る場所も無く、絶望していた」


 彼が生み出した状況だというのに、彼の顔には罪悪感1つ無かった。密かに眉をひそめる。

 僕の表情には気付かぬ様子で、ノワールは話を進めた。


「つまり、ミアも同様に、故郷に帰れば忌避される。帰る場所はないわけだ」

 ミアが黙って頷く。それを見たノワールが、僅かに顔をしかめた。


「冷静でいてくれるのは助かるが、もう少し状況を読んでくれ。俺とフウは、この集落の吸血鬼を全滅させたんだぞ。政府の依頼も無しに」

「……そう、か」


 口の中で小さく呟く。彼の言いたい事が、僕にも分かったのだ。


「近いうちに、ここに人が来るだろう。1夜にして強力な妖気が失われた理由を探るために。その時、まず疑われるのは当然俺達だ。そうなると、いろいろ厄介な事になる」

「そうですね。この国では、吸血鬼は比較的保護されています。人に害を加えていないのに全滅させれば、批判だけでは済まされません」


 ミアが深刻な表情で頷いた。ノワールが頷きを返し、更に続ける。


「そうなると、俺達はここから出て行かざるをえない。だが、その後は? この世界で、人を連れた魔物を野放しにするとも思えない。いつまでも追われる身というのも面倒だ。

 ……1番良いのは、俺達が他の吸血鬼の集落に身を寄せることだろう。命からがら逃げ出したとでも言えばいい。……だが」


 そこで言いさし、彼は低い声で言った。



「……俺は、吸血鬼と共に過ごす気は無い」



 その声に含まれた激しい憎悪の感情に、背筋が凍り付いた。


 どこまでも深い、どろどろとした感情は、あらゆるものを飲み込んでしまいそうなほど深く。どうあっても逃れられそうにもない、永劫の闇を連想させた。


 自分も吸血鬼であるはずの彼は、吸血鬼を酷く憎んでいるようだ。それがどれだけ深く、複雑な念なのか、想像も付かない。



「さて。そうなると、路頭に迷うことになる。そして俺らは、あまり世間に詳しくなくてな。貴族なら、いろいろ知っているだろう。2人に選択を任せた方が良さそうだ」


 先程の憎悪をかき消し、元の冷静な口調に戻ったノワールの言葉に、驚く。

「え? どうして貴族って……」

「フウに聞いた」

 簡潔な答えに納得してから、僕は悩んだ。



 僕が帰る事は出来る。けれどそうすると、ミアはどうしたのか必ず聞かれる。餌になったことを言えば、その瞬間からミアは、行き場が無くなる。


 かといって、僕が帰らないわけにはいかない。一応パーヴォラ家の長男だ。僕がいないと、跡継ぎがいなくなってしまう。



「無茶を申してもよろしいでしょうか?」

 途方に暮れた僕の横で、ミアがそんな事を言い出した。その声に視線を向けると、ミアは悪戯を思い付いたような顔をしていた。


 ……こういうときのミアは、かなり図々しいことを言ったりする。思わず身構えた。


 それを知らないノワールは、簡潔に問う。

「何だ?」


「私が餌になる前に吸血鬼が全滅したことにする、というのはどうでしょう? おふたりの事は、兄がここに向かう時に命を救って下さった方々として、家族や周りには説明します」


 案の定、もの凄い無茶だった。流石に口を出す。

「あのねえ、それはないだろう? 外の人達が政府に事情を話せば、全てばれるよ」

「忘れてもらえば良いじゃないですか。それに、餌から解放された人達は、多少避けられても、普通の生活は保障されます。一般人はその事を知りませんが」

「それはそうだけど……、記憶を消すって事? そんな魔法、無いよ」


 僕だってそのくらいは知っている。人の記憶をいじるなんて真似は、魔物にしか出来ないというのは、常識だ。


「お兄様、らしくないですね。貴方もそろそろ、このお二方の非常識さには慣れたと思ったのですが。彼らなら、出来ると思いませんか?」


 そう言って、ミアがフージュとノワールを示す。2人は、否定も肯定もしなかった。


「どうなのですか?」



 ミアがノワールに尋ねる。彼は目を伏せ、しばらく何事か考える様子を見せた後、僕と真っ直ぐ目を合わせた。その鋭い眼光に、息を止めた。



「その答えは、お前達にかかっているな。お前達は、その罪を負う覚悟があるのか?」



 お前達と言いながら、彼は僕に問いかけているようだった。



「要求はつまり、こういう事だ。集落の生き残り達の記憶をいじり、俺達の存在を消す。そしてお前達の故郷に帰り、主張する。吸血鬼が全滅し、その集落から兄が妹を救い出した。そして俺達は、魔物に襲われていた兄を助けた礼として、故郷に案内された、とな。相当な大嘘だ。少しでも不審な様子を見せたら、直ぐにばれる。ばれれば、勿論処罰の対象だろう。何より」



 そこで言葉を止め、彼は1度息を吸い込んだ。



「俺の事は、どうするつもりだ?」



 息が詰まる。心臓が煩く鳴った。



「俺は吸血鬼だ。お前の妹を餌として飼っている。彼女から離れるわけにはいかない。定期的に血を飲まないと、死ぬからな。

 俺を人と偽って、お前達の故郷に連れて行く気か? いつ俺が、誰かを襲ってもおかしくない。餌の血だけでは飽き足らず、他の人の血を道楽のように吸う吸血鬼もいる。俺がそうじゃないという保証はない。それでも、人里に戻るのか? 周りを巻き込む可能性を隠したまま、彼女の生活の為だけに、そのリスクを冒す気か?」



 情け容赦の無い追求に、僕は項垂れた。


 ミアの言葉に、少し希望を覚えたのは事実だ。それなら、何とかなるのではないかと。でも、忘れていた。彼はあくまで吸血鬼であり、ミアが彼の餌であるのは変わりが無い、という事を。



「……面白い事を仰るのですね」

 沈黙を打ち破ったのは、ミアだった。


「もしその気があるのなら、そもそもそんな事を仰りませんよ。貴方が人を無闇に殺す方でない事も、存じています」

 迷いのない言葉に、ノワールが眉を吊り上げた。


「分かったように言うな」

「私は貴方の餌ですから」

「餌なら分かるだろう。吸血鬼の血を求める衝動は、性格など関係ない。仮に俺がそれを望んでいなくとも、本能を抑えきれずに血を求める可能性もある」

「その時は」


 フージュが口を挟んだ。全員の視線がフージュに集まる。

 フージュは1度迷った後、はっきりと言った。



「その時は、私がノワを祓う」



 ノワールが目を細めた。

「今、祓わないのか」

「今は必要ないもん。今私の前にいるのは、私の知ってるスブラン・ノワールだから。けど、もし無差別に人を襲いだしたら、それはもうノワじゃない。だから、祓う」

「……なるほど。理解した」


 ノワールが静かに頷いた。妹が口を開く。

「ノワール、多少の嘘で自分の人生を取り返せるのならば、私は嘘をつきます」


 彼の目が、再び僕を捉える。彼が口を開く前に、僕は決意を口にした。

「僕は、妹を助けるためならなんでもします。もし出来るのならば、そうして欲しいです」


 ノワールの表情が、ふっと緩んだ。彼なりに緊張していたようだ。思ったよりも人間味のある表情に、何だか安心する。



「……さて、そうなると、2人にはこれから常識を棄ててもらわないとな」

 どこか愉しげな声でそう言って、ノワールは椅子の背もたれに寄りかかった。



「——大体の事情は理解したのでしょう?」

「ああ。まったく、勝手にいなくなったと思ったら、厄介な事になったものだ」



「「「!!??」」」

 僕と妹、フージュまでもが驚いて飛び上がった。



 ノワールの直ぐ後ろに、いつの間にか老人が立っていた。


次回、ようやくあの人が登場です。

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