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断たれた希望 〜Rouge〜

 フージュに案内されて、僕とミアは廊下を歩いていた。



 ミアは、僕の反対を押し切ってどこかへ出かけて戻ってきた後、ずっと何事か考え込んでいた。寝ていればと提案したけれど、無言で首を横に振られただけだった。


 まあ、ミアの体調は見違えるように回復している。出て行った後に治癒魔法を改めてかけてもらったのか、今では顔色も悪くない。

 だからそのままそっとしていたのだけれど、口をきかないままというのも落ち着かない。



「……ねえミア。これから、どうしようか」


 ミアが顔を上げ、ふっと息を吐いた。


「お兄様は戻るべきです。ユハナのためにも、私が餌になった事をはっきりさせた方がいいでしょう。呪いを解く方法は、陛下に魔道具をお借りするしかないのですから」

「ミアは?」

 間髪入れずに聞き返す。知らず知らずのうちに、きつい口調になっていた。


「……私は、彼の側にいなければなりません」

 真っ直ぐ僕を見つめる目には、強い決意が込められていた。


「あ、その話を、今からするみたいですよー。いろいろ決めるのは、その後での方がいいと思います」

 フージュの暢気な声に、ミアの気迫に呑まれていた僕は、密かに感謝した。それと同時に、ある事に気付く。



 「今からするみたい」。この言い方から、フージュが僕達に用があるのではなく、彼女が単なる案内役であることが分かる。…つまり。



 僕達に用があるのは、「ノワ」だ。






 フージュが部屋のドアをノックすると、素っ気ない声が入室を促した。いつもの事なのだろう、フージュが気にかけることなくドアを開ける。彼女の後から、僕も中に入った。



 中は、溢れんばかりの本に埋め尽くされた棚がずらりと並ぶ、書斎だった。僕達の家のある街の王立図書館よりも、本が多いかもしれない。吸血鬼の造詣の深さは、噂通りだったようだ。



 吸血鬼の彼は、その書斎の窓際にある肘掛け椅子の傍らに立っている。無表情でフージュを見、ミアを見、——僕を、見た。



 闇の深淵を連想させるその瞳と目が合った瞬間、僕は何とも言えない感情に駆られた。


 昨日ミアを救ったのは、間違いなく彼だ。1番近くにいたはずの僕は、吸血鬼の妖気に呑まれて動けなかった。彼がその身を挺してミアを庇わなければ、ミアは確実に死んでいた。


 更に、ミアの救いの手を止めてまで死を望んだ彼は、ミアを死なせないためだけに、その望みを捨てた。もしあの時、それでも彼が死を望めば、ミアも道連れになっていた。彼がこの選択をしてくれたことを感謝する気持ちは、確かにある。



 ——それでも。そもそも彼がミアを餌にしなければ、こんな事にはならなかったのにと、彼を恨んでしまう。恨んで、罵倒したくなる。……ミアを助けることの出来なかった僕に、そんな資格はありはしないのに。



 この相反する感情を整理するための時間が、欲しかった。今はまだ、彼に会うのは辛すぎる。……そう、思っていたのに。



 耐えきれずに俯きそうになったとき、彼は興味を失ったようにふいと視線を外した。そのまま、傍らの机から1冊の本を取り上げた。


 無意識に肩の力を抜く僕を余所に、フージュが口を開いた。

「ノワー、用件に入りたいのは分かるけど、立ったままはやだー」


 子供っぽい声に、彼は肩をすくめた。

「ああ、そうだな。座ってくれ」


 どこにと聞きかけて、背後にあるものに気付いて言葉を失った。どう考えても先程までは無かった椅子が、まるで前からそこに置かれていたかのように存在していた。


「ありがとー」

 当然のように座るフージュを見て、ミアは驚きから解放されたようだ。戸惑いがちに、しかし何も言わずに腰を下ろした。僕の頭は未だに混乱していたけれど、ミアの挙動に、ひとまず座ることが出来た。



 僕達が腰を下ろすのを待って、彼が腰を下ろした。随分と礼儀正しい所作に少し驚きつつ、続く彼の言葉を待った。


「早速本題に入ろう。フージュから話は聞いた。2人の弟にかけられている呪いの事だが——」

「待った。ノワ、自己紹介してないよ」


 彼の真面目な話を、フージュが引き締まりかけていた空気ごと壊した。彼が深い溜息をつく。


「……フウ、そんなものは後でいいだろう」

「よくないよー。ノワのことだもん、曖昧にして誤魔化そうとしてるんでしょ。駄目だよ、名乗るの嫌だからって」


 そう言ってフージュは、僕に向き直った。


「多分ノワ、自分で名乗らないから私が紹介するね。スブラン・ノワール、魔法士だよ。で、ノワ、ヴィルヘルム=オッシ=パーヴォラさん。何とかって学校の学生さんだって。それから、えっと……」

「ミア=ティーナ=パーヴォラです。ミアと呼んで下さい」


 フージュが言いさした理由を正確に理解して、ミアが穏やかな口調で名乗った。フージュはにっこり笑って頷く。


「ミア、ね。私は、ダンスーズ・フージュ。一応魔法士だけど、剣の方が得意なんだ。フウって呼んでね」

 女性同士が名前を呼び合う中、僕は腹に力を入れて彼に話しかけた。


「えっと……ヴィルヘルムです。ヴィル、と呼んで下さい」

「愛称でいいのか?」


 間髪入れずに投げかけられた問いに、口をつぐむ。完全に、こちらの気持ちを読まれていた。


 彼は、無言という僕の答えに言及することはなかった。


「俺のことはノワールと呼んでくれ。……さて、もう良いな、フウ。話を戻すぞ」

 彼——ノワールの問いかけに、フージュが満足げな顔で頷いた。


 ノワールが僕達兄妹に向き直る。目は、僕から外れていた。気を遣ってくれているらしい。


「確認だ。2人の弟にかけられている呪いは、これだな?」

 そう言ってノワールが差しだしてきた魔術書を覗き込む。開かれ指し示されたページには、弟の呪いについて、詳しく述べられていた。



 魔物が弟に呪いをかけて以来、弟は魔法を使えなくなってしまった。弟の全ての魔力が、生命維持に回され、消費され続けているからだ。


 通常、魔力が生命維持に回されることはない。生命力がその役割を果たすからだ。魔力はあくまで、余剰なエネルギー。生きるのには必要ない。


 呪いは、その生命力を奪っている。生命力を魔力に変換し、呪いを肥え太らせ、次第に弟の躯を蝕んでいく。……熱という症状で、更に体力を削ることによって。


 魔力を生命維持に回すのには、勿論限界がある。命を支える力を魔力が代替するには、相当な量が必要だ。だから弟は今、無駄な体力を消費しないよう、寝たきりの生活を余儀なくされている。


 この呪いを解く方法は、ただ1つ。王族に伝わる魔道具を使う事。



 僕達が頷くのを見て、ノワールが、僕達を真っ直ぐ見て、機械的な声で言った。



「単刀直入に言う。ここの魔術書を調べた限り、この呪いを解く方法は、無い」



「「え!?」」

 予想外の無慈悲な宣告に、僕とミアの声が重なった。


「でも、魔道具を使えば助かると……!」

 ミアが悲痛な声で訴えるも、ノワールの表情は変わらない。


「その魔道具は、奪われている生命力の変わりとなる魔力を注ぎ込み、躯を蝕む呪いをある程度浄化するもの。魔力の消費は抑えられるが、根本的な解呪には至らない。更に言うと、生命力を奪われた躯は、弱い。いきなり強力な力を注ぎ込めば、それだけで大ダメージを受けることになる。下手をすれば、余計に症状が悪化する」


 絶句するミアを余所に、フウが首を傾げて聞いた。

「じゃあ、その魔道具で呪いが解けるっていうのは、嘘って事?」

「「呪いが解ける」というのは嘘だ。呪いからその少年をある程度救ってやることは出来るだろうが。もしも呪いを受けていた年月が長い、そうだな、おおよそ5年以上なら、逆効果だろう」



 弟が呪いをかけられたのは、6年前。その魔法具は、使えない。



「僕の見つけた方法は——」



 僕がようやく見つけた、ミアと協力して弟の呪いを解く方法。独特の魔法陣を弟に書き込み、魔力を流すことで呪いを浄化するものだ。あの方法なら……



 必死でその方法を説明したけれど、僕の希望は、あっさりと打ち砕かれた。

「不可能ではないが、相当魔力を使う。使う側は勿論、その弟もな。呪いを解くときに魔力を使い果たしてしまえば、生命力の無い今、死ぬのは目に見えている。試すまでもない」

「そんな、だったら妹は——」


 思わず口走りかけて、咄嗟に口をつぐんだ。傍らで、ミアが目を伏せるのが見えた。



 彼が言うことが事実ならば、ミアは何の為に餌になったんだ。



 激情が湧き上がる。今すぐ彼を殴り倒したい。ミアの人生を台無しにし、僕達の希望を潰した彼を、完膚無きまでに叩きのめしたい。


 頭に血が上り、無意識に拳を強く握り込む。それでも残った僅かな理性を総動員して、深呼吸をして、彼に向き直った。


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