Le matin 〜Rouge〜
ノックの音に、僕は目を覚ました。
気付かないうちに、ソファで眠ってしまっていた。自分で思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。
もう1度ノックの音。立ち上がり、ドアへと歩み寄った。
ドアの外には、フージュが立っていた。両手にお盆を持っている。お盆の上には、質素だけど美味しそうな食事。
「おはようございます。妹さん、どうですか?」
フージュがにっこり笑ってそう言った。自然と笑みが浮かぶ。
「おはよう、フージュ。妹は……まだ、目を覚まさない」
その言葉に、フージュが部屋の中を覗き込む。つられて振り返り、妹の姿を視界に収めた。
妹の顔色は、昨日よりは少し良くなっていた。それでも、まだまだ血色は良くない。しばらくは目を覚まさないだろう。
「うーん、ご飯食べた方が良いと思うんだけど……。ヴィルさん、入っていいですか?」
頷いて、ドアの前からどいた。フージュは真っ直ぐ妹に歩み寄り、片手をかざした。強い魔力が妹の体を覆う。
フージュの魔力が収まったとき、妹の顔色は随分と良くなっていた。
「うー、まだまだだなあ……」
自分の手を見て悔しげに呟くフージュの非常識さにも、大分慣れてきた。
「いや、十分だよ。ありがとう。……それ、もしかして僕達の分なの?」
テーブルに置かれた食事を目で示す。漂ってくる香りに、急に空腹が気になり出したのだ。
「はい。ノワが持って行けって。自分で運べば良いのにって思いません? 私に押しつけるだけ押しつけて、どっか行っちゃいました。ノワなら、もっとちゃんと貧血治せるのに」
どこか不満げなフージュの言葉を聞き、僕は彼の気遣いに感謝した。今はまだ、彼と顔を合わせる気にはならない。
——妹を救う方法が見つかったと、つい昨日まで信じていたのだから。
「ありがたくいただくよ。妹には、目を覚ましたら食べさせるから」
「じゃあ、今ですね」
フージュの言葉が理解できなくて、一瞬停止した。一泊後に小さな声が聞こえて、僕は弾けるように顔を上げた。
「……お兄様」
妹が、目を覚ましていた。僕の顔を、どこか怖々と見つめている。安心させる為に笑みを浮かべて見せた。
「おはよう。気分はどう?」
妹は当惑したような顔で、身を起こした。途端にバランスを崩す躯を、慌てて支える。
「まだ無理しない方が良い。フージュが治癒魔法をかけてくれたけど、完全には治っていないから」
「いいえ、大丈夫です」
そういって妹は顔を上げ、フージュに目を移した。丁寧に頭を下げる。
「……ありがとうございます。随分楽になりました」
「いいえー。目が覚めたなら、朝食食べた方が良いですよ。ほら、これ。美味しいですよー。ここの人達、ご飯は拘ってたんですねえ。どれもこれも良いものばかりだって、ノワが感心してました」
「ありがとう、いただくよ」
差し出された盆を礼を言って受け取り、ベッドの上に置いた。
「食べようか」
「……お兄様、何も聞かないのですね」
妹の強張った声に、僕は苦笑した。
「僕が忌避するとでも思った? たとえ餌だろうと、僕の妹であることには変わりないのに」
妹が言葉を失ったように黙り込んだ。構わず続ける。
「……せっかく見つけた呪いを解く方法は、無駄だったかな。まあ、そのくらいだよ。弟を救えることには変わりない」
「……お兄様のお人好し」
小さく呟いて、妹は食事を口に運んだ。その照れたような仕草が幼い頃と姿がかぶって、思わずちょっと笑ってから、僕も食事を摂り始める。
僕達の食事が終わるのを待って、フージュは盆を受け取り、口を開いた。
「妹さんはもう少し休んだ方が良いとして、ヴィルさん、ちょっと良いですか? その、弟さん? の事ですけど、ちょっと話が聞きたいんです」
これも使いっ走りなんですけどと口を尖らせるフージュに苦笑して、僕は頷き、妹がゆっくり出来るよう、部屋を離れる事にした。