Prologue 〜Rouge〜
rougeは、フランス語の発音では「フージュ」にしか聞こえません。日本ではルージュと言いますが。
ちなみに、綴りは——
スブラン・ノワール:Souverain Noir
ダンスーズ・フージュ:Danseuse Rouge
となります。
白い光が収まって視界が戻り、真っ先に目に入ったのは、広大な草原だった。
「……あれー?」
思わず声を漏らす。
仕事が終わって<漆黒の支配者>——通称ノワの元に戻ろうと思った矢先、魔法陣に飲み込まれ、見た事の無い場所に送り込まれるとは、何事だろう。
あのビルはノワの結界で守られていたし、てっきりノワの魔術かと思ったんだけど。
「そういえば、あれはノワの魔力じゃなかったな」
でも、ノワの結界越しに移動魔術を成功させる魔法士なんて、今はいない筈だよなあ。
大きく首を傾げたその時、遠くから何かが大群で近付いて来ているのが見えた。殺気を振りまき、こっちに向かって真っ直ぐ向かって来ているのを見れば、狙いが私である事位は分かる。
魔法を展開。視力を上げ、相手のデータを読み込む。
<<UNKNOWN:魔力量300、性質土。人肉を食らう事で魔力を増す。地上戦では足場を崩して相手を飲み込み、その爪で引き裂く>>
「……アンノーンって何なのよー」
うんざりして呟く。見た所イノシシにしか見えない。イノシシが人の肉を食らうって言うのは、なかなかにシュールだ。
「ま、人肉を食べて魔力を得るって事は、間違いなく化け物だよね」
それだけ分かれば、後はどうでも良いのも確か。
腰に下げていた双刀を抜く。澄んだ光を放つそれを、1度愛おしく撫でてから、私は構えた。
土の魔法でも使っているのか、イノシシもどき達は自動車の制限速度に挑戦する速さでこっちに来ている。私の所まで、後10秒って所。
息を吸い込み、目を閉じる。化け物の気配を全身で感じつつ、タイミングを計る。
——3、2、1、0!
計算通りのタイミングで気配が私の目の前に来た瞬間、私は刀を振るった。
肉を断つ感触。5、6匹は仕留めただろう。
そう思って、目を開ける。そこには、予想通り6匹のイノシシもどきが、倒れながら緑の血飛沫を上げて——
「緑ぃ!?」
気味の悪さに、思わず悲鳴を上げた。
いくら化け物とはいえ、緑の血は無い。今までは、どんなキモイ化け物でも赤い血だった。その血を飛び散らせて舞うからこそ、私は<緋華の舞姫>なのに。
「緑の舞姫なんて気持ち悪い真似、ごめんだよ」
心からの言葉を漏らし、私は魔力を練った。そのまま魔術を展開。
イノシシもどきの大群は、一瞬で消し飛んだ。
「……さて、ここは何処かなーっと」
どう考えても、私の慣れ親しんだ場所ではない。というか、こんな生き物、私の住む星にはいなかった。化け物の知識はマスターとノワ直伝だから、それは確かだ。
ってことは。
「まさかの異世界?」
びっくりな事態だけど、まあ何とかなるだろう。とりあえず、ご飯どうしようかな。
「先ずはノワを探すかー」
さっき、イノシシもどきのデータを集めた時に、ノワの魔力を感じたのだ。ノワの魔力は凄く強力だから、直ぐに分かる。
「向こうも探してるだろうし、きっとすぐに見つかるよね」
ノワの事だ、直ぐに元の世界に一緒に帰してくれるだろう。
僅かな気配を頼りに、私は歩き出した。