開宴 〜Vampire〜
今回は、ノワールに絡みまくっていた吸血鬼視点です。
我々が予想外の来客を受けたのは、吸血鬼の長老たちとの会議の最中だった。
会議の議題は、新たな同胞について。召喚当初、人の身としては異様なまでの魔力と技術で多くの同胞を殺した少年は、儀式の後も我々を拒絶し続けている。ようやく血を飲む事を拒否しなくはなったが、それでも契約さえまともに結べないまま、今に至っている。
「何故彼は拒絶する? 血を飲まなければ死ぬのだぞ。餌との契約が成立していない事の危険性を、説明したのか?」
長老の1人の問いかけに、苛立ちを押さえ込みながら答えた。
「きちんと説明はしている。それでも嫌だと言うんだ」
「力尽くでさせれば良いだろう。血を飲ませるのも、始めは力尽くだったと言っていたじゃないか」
「あれだけ弱っていた頃ならともかく、ほぼ回復している今では難しい。脅しをかけたところ、餌ごと屋敷を吹き飛ばすと逆に脅してきた」
その答えに、その場にいる全員がざわついた。
「……つい3日前に死にかけて、もう回復した? それは本当か?」
「この目で確認した。どうやったかは、分からないが」
「どうやら、思った以上の収穫だったようだの」
長老の1人が漏らした呟きに、全員が頷いた。
長寿であり、独自の魔法理論を養ってきた吸血鬼でさえ分からない魔法を使う少年。彼が自分の身に起こった事を受け容れ、真に我々の味方となったとき、彼はおそらく——我々の悲願の、礎となる。
「何としても、契約をさせねば……」
「契約はもちろんだが、我々を受け入れてもらわねばならんだろう」
決して少なくない犠牲のもと、ようやく手に入った希望だ。長老たちも真剣に対策を練る。
同胞が彼を懐柔する手立てを考えている中、俺は密かに溜息をついた。
同胞たちは、俺の発言に対し、彼の実力にしか意識が及ばなかったようだ。誰1人として、彼の異常な精神に気を配らない。苛立ちが込み上げた。
——何故、気付かない。
彼は、元人間だ。人間の生への執着心は、時に我々に理解できないほど強い。仲間を殺してでも自分が生き残ろうとするその姿に、幾度も戦慄した。
だが、あの少年にはそれが一切無い。自分の意思を通すためなら、死をも躊躇わない。吸血鬼の爆発的といえる血への欲求を断ち切って、1度は餓死まで自分を追いやった。
少年に告げた言葉の1部に、嘘がある。今まで我々の仲間になった者に、自殺者はいない。そもそも儀式が成功する事自体が少ないとはいえ、儀式が成功すれば、その者が自ら死を選ぶ事は無かった。誰もが血の欲求に呑まれ、なし崩しに、身も心も吸血鬼となっていった。
少年を自殺できなくしたのは、最初の戦いで、彼が迷い無く魔力を暴走させたからだ。人間の器には耐えられるはずもない暴走を、半ば意図的に引き起こしたのを見て、必要だと感じた。
自らの身を犠牲にしてでも我々を滅ぼそうとした彼が、仲間にされて拒絶しないはずがない。死んででも拒もうとする事は目に見えていた。だから、魔力を余分に消費する事を分かっていて、魔法陣を書き足した。
その判断が正しかった事を示すように、彼は死を選んだ。更に、本当ならば立ち上がるのも厳しい程弱った状態で、迷わず私に攻撃してきた。命を省みない様子は、もはや執念のようなものを感じた。
彼の意志の強さは、諸刃の剣だ。何があってもやり遂げるであろうが、その為ならばいとも容易く命を投げ出す。
だがそれでも、彼がこれからの我々の要となるのは間違いない。おそらく彼ならば、奴を————
そこまで考えたとき、ノックもなしにドアが開いた。誰もがその無礼者の正体を掴むべく、視線を向ける。
そこに立っていたのは、件の少年だった。漆黒の瞳が俺を見据える。
「ああ、やはりここにいたか」
きわめて軽い調子で話しかけ、彼は部屋に入ってきた。末席に座る同胞から数歩離れたところで、立ち止まる。
強い違和感を覚えた。昨日まで、あれほど敵意を剥き出しにしていたというのに、それを一切感じない。
「少し話がある。俺は周りがいても構わないんだが、良いか?」
「後で聞く。部屋に戻っていろ。何を勝手に歩き回っている」
強い口調で言うも、彼は肩をすくめるだけだった。
「出歩くなとは言われていなかっただろう。……ところで、この集まりは何事なんだ?」
「お前には関係無い」
「関係無い? 俺は「同胞」なんだろう? 関係無いわけがない。違うか?」
自分を吸血鬼だと認めるその言葉に、驚きを隠せなかった。
長老たちは喜色を浮かべていた。報告に反して我々を受け容れる態度に、安堵したのだろう。今まで様子を見ていなかった彼らに、その豹変ぶりは分からない。だから、何の疑問も持てないのだろう。
「良いだろう、長? 彼の言う通り、彼は同胞だ。隠し事は良くない」
「だが——」
最年長の長老が、反論しかけた俺を無視して説明し始めた。
「君の話をしていた。君に契約を——」
「長! 侵入者です!!」
少年の疑問に答えようとした長老の言葉を遮って、警備についていた若い吸血鬼が、部屋に飛び込んできた。
「人間1人が屋敷に侵入し、襲撃を受けています!」
血相を変えてそんな事を言う部下に、眉をひそめる。
「つまらない事でいちいち指示を仰ぐな。直ぐに始末しろ。人1人くらい倒せるだろう」
吸血鬼は、数多存在する魔物の中でも特に強力な力を持つ。どれだけ強力な魔法使いといえど、せいぜい5,6体を相手にするのが限度。この屋敷には、その10倍以上の警備を配置している。慌てるまでもなく、始末してから報告すればいい話の筈だ。今までにも何度か人間が力試しと称して入ってきたが、全て数分と持たずに返り討ちにしてきた。
「まあ、今は全ての同胞がここにいる。なるべく早く倒せよ」
吸血鬼の中でも、女や未成年などの中には比較的弱い者もいる。新たな同胞の紹介のために集めている彼らが巻き込まれる前に、しっかり片付けてもらわないと困る。
「い、いえ、それが……」
手を振って下がらせようとしたその時、部下が信じられない事を言った。
「侵入した人間の少女は、入り口にいた10の警備を既に切り捨てました。同胞たちのいる場所を目指し、今も進行を続けています。我々だけでは防ぎきれません。どうか、応援を」
その言葉に、全員が一斉に腰を浮かせ、驚きの声を上げた。それを諫める側の俺でさえ、動揺を禁じ得なかった。
警備は精鋭だ。長老たちや俺には及ばないものの、個々が高い戦闘能力を持っている。仮にこの辺りにいる魔物がまとめて襲いかかってきても、5分と立たずに全滅させられるほどの実力者たちだ。
それを、たった1人の人間、それも少女が、切り捨てた、だと?
「馬鹿な……」
「本当です! 長、早く応援を——」
呟きを漏らした俺に、必死の形相で重ねて訴えようとした若い部下の首が、最後まで言葉を紡がずに、飛んだ。
その場にいるものが事態を理解する前に、末席にいる同胞たちの躯に黒い線が走り、胴体を両断されて崩れ落ちた。
「何!?」
「一体何が——」
狼狽した声を上げる長老たちの首が、胴が、次々に両断されていく。あまりにもあっさりと同胞が落とされていくその光景は、奇妙に現実感が失せていた。
その場にいた同胞の半分が2分割され、俺の視界を遮るものが全て地に伏した時、目に入ったのは、闇より深い漆黒の、曲線を描く剣を引っ提げた、少年の姿だった。
「————さあ、狩りの時間だ」
そう言って彼は、凄惨に嗤った。




