支度 〜Noir〜
ノックの音で、俺は目を覚ました。
起き上がって、体調を確認する。この世界に来て受けた諸々の攻撃の影響は、ほぼ躯から消えていた。回復に回した魔力は少しばかり消耗しているが、食事を摂れば補える程度だ。
もう1度、ノックの音。少女の気配しかないのを確認してから、結界を解いた。
銀髪の少女は、朝食を持って入ってきた。
「先にそれを寄越せ」
少女が何か言うより先にそう言うと、彼女は開きかけた口を閉じ、朝食を手渡してきた。
簡素ながらも量のある食事を胃に収め、魔力が完全に戻った事を確認してから、俺は顔を上げた。少女と目が合う。
少女が腕を差し出してきた。性懲りもなく、傷1つない腕を。
溜息をついて、虚空から刀を取り出し、少女の手に無理矢理握らせた。腕に刃を当て、そのまま軽く食い込ませる。
「っ、どうして——」
「昨日の今日で、刃物を持ち歩いてはいないだろう。この刀を忘れていたのは失敗だったな」
少女の疑問に答えてやってから、傷口に口元を寄せた。そのまま血を飲む。
身の内を走る欲望を、衝動を、制御せずに満たしていった。少女の様子を窺う事なく、欲するままに喉を潤す。
十分に血を飲み、躯が満足したのを確認して、俺は口を離した。
少女の躯がぐらりと傾いだ。そのまま崩れ落ちる躯を受け止め、自分が腰掛けていたベッドに寝かせる。
少女は光の薄れた目を俺に向け、弱々しく唇を動かした。言葉は、出てこない。
「眠ってろ」
素っ気なく声をかけ、眠りの魔法をかけた。寝付けない子供を眠りへと誘う程度の弱い魔法だが、貧血の少女には十分だった。まもなく目を閉じ、呼吸が規則正しいものになる。
溜息をついて、罪悪感を振り払った。
奴らを倒すために、体力をしっかり蓄えておく必要があった。そのためには、少女の容態を気遣ってはいられない。それに、彼女の存在は、今日の作戦を左右する。ここで眠っておいてもらうのが1番良い。
頭を振って、意識を切り替える。ひとまず刀を仕舞い、この8日間で、初めて部屋を出た。




