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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第1幕 始まりの宴
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宴前夜 〜Rouge—Noir〜

 ノワからの合図を受け取って、私はヴィルさんを振り返った。


「じゃあ、行ってきます。化け物の襲撃には気をつけて下さいね」

「ああ。……フージュこそ、気をつけて」


 心配げに答えたヴィルさんに、軽く笑みを浮かべて答えた。

「はい。ありがとうございます。……では」


 そう言って、私は軽く地を蹴り、塀の上に飛び乗った。

 身を低くして中の様子を窺う。あたりに吸血鬼の姿は無い。むしろこの辺りは、人の気配が多い。


 その人の気配も街路にないことを確認してから、私は飛び降りて中に入り、一気に駆け出した。



 走ること数十秒、ノワのいる屋敷の前にたどり着いた。



 ここに近づく前に、吸血鬼たちは示し合わせたように屋敷の中に入っていった。何をしているのかは分からないけれど、私としては好都合だ。ノワからも何も連絡が無いから、別に問題も無いだろう。



 ノワの結界を察知し、そっちの方へ走る。ノワは、屋敷の中でも随分外れの部屋にいるみたい。閉じ込められているみたいだから、当たり前と言えば当たり前か。


 ノワのいる部屋の真下に来ると、窓の部分に張られていた結界に穴が開いた。ぴったりのタイミング。私は地面を蹴って、窓枠に足をかけた。軽くノックする。

 鍵が開く音が聞こえて、窓が開いた。素早く中に入る。



 部屋の中は、予想外にもごく普通の客室に見えた。ベッドとテーブル、洋服ダンス。ソファは無いし、物は少ないけど、ホテルの1室と言っても通用しそう。


 部屋の中をきょろきょろと見回していると、後ろから声をかけられた。


「お前な……。もう少し緊迫感とかは、無いのか?」

 振り向くと、ノワが私に背を向け、窓を閉めていた。外の様子を窺いながら、言葉を続ける。


「遊びに来てるわけじゃないんだぞ」

「んー、ノワが安全を確認する事も無く、私を入れるわけないし」

「……もういい」


 溜息混じりにそう言って、ノワが振り返った。その顔を見て、思わず息を呑む。



 闇と同化したような黒髪に縁取られた精悍な顔は、酷く憔悴していた。変わりないように振る舞ってはいるけれど、随分追い詰められているように見える。



「ノワ……?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 呆然と呟く私の様子を気にする事もなく、ノワは一旦部屋の外に意識を向けるそぶりを見せた。私の心配をする余裕も無い、そんな感じだ。


「……よし、気付いていないな。これなら、会話の途中で邪魔が入る事もない」

 ノワが独り言を漏らして、私に向き直った。


「さて、フウ。そっちの状況を聞きたい。誰かと行動を共にしているようだが、あれは誰で、どういう目的で共にいる?」

 急かすようなノワの問いかけに、自分の疑問を後回しにせざるを得なかった。


「えっと、ノワを探す途中で会った人。馬車に乗せてもらったの。ここには、餌として連れられて行った妹さんを助けに来たんだって。協力依頼されてるよ」


 ノワが溜息をついた。


「お前はまた勝手に依頼を受けたのか……。俺かマスターを通して受けろと言っただろう」

「だって、ノワと合流するついでだし」

「……ついで、ね。フウ、1つ確認だ。その娘、つい最近連れ出されたのか?」

「うん。新しい吸血鬼が生まれたらしいって」

「……そうか。分かった」



 そう言ったときのノワの顔を、私はきっと、一生忘れられないだろう。


 憎悪と嫌悪と自嘲を押し込めた表情の奥から、何かを決意したような色の瞳が覗いていて。<漆黒の支配者(スブラン・ノワール)>という魔法士の肩書きを取り払った、ノワ自身の中身が凝縮したような、そんな顔だった。



「さて、フウ。いや、<緋華の舞姫(ダンスーズ・フージュ)>。俺もお前に、依頼をする」


 改めて向き直ってそんな事を言うノワが、不意に、私の知らない人に見えた。


「……おい、聞いているのか?」

 眉をひそめてそう問いかけるノワに、慌てて頷いた。


「その依頼、受けるよ。内容は?」

「……せめて内容を聞いてから受けろよな。まあいい。依頼内容は————

————吸血鬼の、殲滅だ」



 最後の言葉を言った瞬間、ノワの身から魔力が吹き荒れた。魔力の渦から感じるのは、怒りと憎しみ、そして……吸血鬼を倒す事への、飽くなき執念。


「勿論、俺もやる。お前はそのサポートだ。ここの吸血鬼の数は思ったより多いようだからな。1人だといささか面倒だ。……厄介な奴もいるしな」

 忌々しげに吐き捨てるノワに、あえて何も気付いていないふりをして尋ねた。


「分かった。でも、サポートって何するの?」

「陽動だ。明日の朝、俺が合図を出したら突入して、奴らを片っ端から切り刻め。出来るだけ派手にやれ。その間に俺が奴らの中枢に潜り込み、騒ぎに意識を向けた隙に、奴らを順に祓う。大まかな作戦は、こんな所だな」

「いいよ。久しぶりに、派手な仕事になりそうだね」


 思わず口元に笑みが浮かぶ。それを見て、ノワも笑った。化け物を倒す目処が立った時にだけ見せる、冥い喜びに彩られた笑み。


「久しぶりにその顔を見るな、確かに。奴らに手加減は無用だ。存分に舞えよ、舞姫様」

「うんっ」


 大きく頷く私にもう1度笑みを漏らした後、ノワは表情を引き締めた。


「さて、仕事の話に戻ろうか。フウ、ここに来るまでに、何か気になることはあったか?」

「えーとね、随分たくさんの吸血鬼が、今ここに集まってるみたいだよ。ほとんど皆、ここにいると思う」


 その言葉に、ノワが周囲を探る様子を見せた。


「……そういえばそうだな。妖気が随分濃い。外にいるのは人だけか?」

「多分。餌、かな」

「他に無いだろうな」

 顔を歪めて頷くノワ。その単語を不用意に言わない方がよさそう。


「だとすると、フウには最初からこの屋敷に来てもらった方がいいな。明日もこのままだとすれば、だが」

「だねー。この部屋から1番遠く、かな?」

「いや、中心となる奴らのいる所から、1番遠い所が良い。俺がその場所を見つけ出して、襲撃地点を指示する」

「分かった、任せる」


 ノワの判断力はいつも的確だから、下手に私が考えるより、ノワに全て任せた方が安心。


「今日の所はこんなものか。後は明日だな」

「そうだね。……あ、私の依頼はどうしよう?」


 ノワの依頼に流されて忘れていたけれど、ヴィルさんの依頼も大切な依頼だ。


「ああ、それは俺が何とかする。依頼主をお前が連れてくると……邪魔だよな」

「出来ればいない方が助かるなー。あ、でも、妹さん、外にいるんじゃない? だったら、騒ぎの間に探してもらえば……」

「いや、その娘はこの屋敷にいる。そうだな……、俺が合図を出したら、まずそいつをここに連れて中に入れ。会えるように手配しておく。後は全て終わるまで待機してもらえ」


 やけに確信に満ちたノワの言葉が引っかかった。


「ノワ、その人と知り合い?」

「……知り合いというか……まあいいだろう。とにかく、その件はそれで良い。後は何かあるか?」

 無理矢理話を流すノワに、これ以上何も聞けなかった。首を振る。


「今は良い。仕事終わったら、聞きたい事も言いたい事もいっぱいあるけど」

「出来れば聞きたくないんだが……」

「駄目。絶対聞いてもらうからね。全部終わったら、この部屋に集まればいいの?」

「……ああ」


 やや渋い顔で頷くノワににっこり笑って見せてから、私は身を翻した。窓枠に手をかけて、もう1度振り返る。


「じゃあ、一旦戻るね。ヴィルさんに説明しておく」

「そうしてくれ。明日になっていちいち説明している余裕はないだろうからな」


 ノワが頷いて、結界に穴を開けた。カーテンを開け、鍵を外して窓を開ける。


「じゃあ、また明日」

「ああ。今日はきちんと休んでおけよ」

「了解!」


 元気よく——ただし小声で——返事をして、私は窓の外へと身を躍らせた。



******



 フウが無事帰って行くのを確認して、息を吐き出した。


 どうやらフウは、俺の変化に気付かなかったようだ。おそらくだが、俺の魔力が妖気を打ち消しているのだろう。フウは感覚が鋭いが、あの距離でも気付かなかった。

 気付いた場合にも対応できるように計画を練っておいていたが、思わぬ第三者の事も考えると、運が良かったと言える。


「……さて、舞台は整ったな」


 呟いて、俺は右手を振った。現れた漆黒の刀を入念に確認する。刃毀れ1つない刃に魔力を通し、強度を上げておいた。



 準備は出来た。後は明日だ。明日、全てを終わらせる。


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