召喚状 〜Rouge〜
白くてきらきらとした光が、部屋中を満たす。
眩しいけど、優しい光。決して目を傷付けない、見ている人達を包み込むような明かりは、穏やかに広がってから静かに収束した。
術者の性格をそのまま表したような展開、収束を見せた魔術に、私は思わず拍手した。
「すっごく綺麗な魔術だったよー!」
「そう……ですか? ありがとうございます」
ちょっと疲れた顔をした術者……ミアが、それでもにこりと微笑む。けど直ぐに表情を引き締めて、ノワを振り返った。結界を張って監視していたノワが、肩をすくめる。
「まあ、構築時間や消費魔力の無駄という課題はあるが……とりあえず、魔術そのものは及第点だな」
「良かった……ありがとうございます」
ミアの口からほっとしたような溜息が漏れた。嬉しそうな顔に、私はまた拍手をしたのだった。
ノワから魔術書を貰って、3週間。ノワの指導を3回はさんで、やっと、私もミアも魔術を成功した。
「長かったねー」
「本当に。思った以上に時間がかかってしまいました。特に治癒が難しくて……」
ミアが疲れのせいか、いつもなら言わないような弱音を漏らした。それを聞いたノワは曖昧な表情になる。
「……まあ、中級から上級の魔術だからな。構成が複雑になるのは仕方が無い。その分、消費魔力に対しての効果値は最大限引き上げてあるが」
「はい、魔術の凄さは感触で分かります」
ミアがはっきりと頷いた。私から視ても凄い魔術だけど、やっぱり使い手の方がよく分かるんだよね。
「まあ、とはいえ何とか起動できるようになっただけだ。反復して自分のものにするのは時間が必要だからな」
「分かっています」
「はーい、頑張るー」
私達の返事を聞いて、ノワは頷いて練習を終わらせた。
朝の練習が終われば、長期休暇の明けた学院へ。
授業はどんどん複雑になっていくけど、放課後みんなで集まってしっかり復習するっていう約束をしてから、なんだか付いていくの楽になってきた気がする。
「ゆっくり教えて貰うからかなあ?」
「というより、僕達も頭の中を整理しながら話しているからじゃないかな。ただ聞くだけより、整理しながらノートを纏め直すと分かりやすいね」
ベンがノートや教科書を片付けながら言った言葉に納得する。そっか、何となくすっきりした感じがするのは、整理されるからなんだ。
「ま、後は今までの勉強がやっと身についてきたかな? って感じ? あーこの内容から繋がってるのね、って分かるようになったもんね」
「いや、それは前から何度も言ってたんだけどね、エマ」
「えー、だってベンに説明されても分からなかったもの」
ベンとエマが楽しそうに言い合ってる傍らで、ヴィルが私に話しかけてきた。
「今日もノワールは図書館?」
「違うよー。ドクトル先生にお手伝いをお願いされて、魔法薬作りだって」
「へえ……久々に聞いたな、それ」
ヴィルが意外そうに首を傾げる。ノワが最近忙しいのは、勿論ヴィルも知っている。だから、先生のお願いを受けたのが意外なんだと思う。
「なんかね、凄く大事なお薬なんだけど、材料がすっごく手に入りにくいんだって。いくらか分けてもらえるからって、ノワも乗り気だったよ」
「へええ」
ヴィルがちょっと感心した顔になった。うん、私もそれ聞いてちょっとびっくりした。ノワが欲しがるくらい貴重な魔法薬、ドクトル先生がちゃんと作れるって事だもんね。
「沢山作るし時間がかかるから、先に帰ってろって言われたー。もう帰る?」
「うん、そろそろ暗いしね。帰ろうか」
ヴィルが頷いて、それに合わせてミア達も立ち上がった。鞄を手に、みんなで帰る。そろそろ道が別れるって所で、軽やかな足音が近付いてきて、良く通る声で呼ばれた。
「ダンスーズ・フージュ!」
咄嗟に身構えたけど、声の主がノワが時々使ってる男の子である事に気付いて、肩の力を抜いた。
「どうしたの?」
「ギルドマスターから呼び出しです。ノワールと、出来ればその、ミス・パーヴォラにも来て欲しいと」
「私ですか?」
ミアがびっくりしたように聞き返すも、男の子ははっきりと頷く。
「出来ればこのまま来て頂いて、俺がノワールを呼んできますが……」
「ううん、待って。ノワの所に戻って、どうするか聞いてからにする」
男の子の提案を遮って言った。ちょっと困ったような顔をしてるけど、ここで勝手についていくのは駄目だと思ったから引かない。
「急ぐから、ね? ホッセさんには、私がノワの判断を仰ぐって決めたって伝えてくれれば良いから」
そう言って両手を合わせてお願いすると、なんでかちょっと顔を赤らめた男の子が頷いた。
「分かりました。では、連絡はお願いします」
「うん」
頭を下げてから走って戻っていく男の子にばいばいと手を振って、私はみんなに向き直った。
「ノワのとこ、いこっか」
みんなで——帰ってて良いよって言ったんだけど、エマもベンもついてきた——学院に戻って、真っ直ぐ魔法薬学のクラスに向かう。
「失礼しまーす」
「どうぞ」
ノックと一緒に声をかけると直ぐに返事。引き戸を開けると、むわっとキツイ匂いが鼻について、思わず顔をぎゅっと顰めちゃった。
「凄い匂いー……」
「薬草の蒸された匂いというのは、また何とも独特じゃからなあ」
ぽろっと呟いたら、ドクトル先生がちょっと笑いながらそんな事を言った。その奥で、ノワが溜息混じりに相槌を打つ。
「まあ、煮た時よりもアクの強い臭いですがね……普通に魔法薬学の実習をこなしていれば、フウも経験するはずなのですが」
「う……」
「はは、基本が出来ていれば十分じゃよ。蒸した薬草を使うのは上級者じゃ」
ノワのちくっとした言い方に怯んだ私をそうフォローして、ドクトル先生はにこりと笑いかけてくれた。
「ところで、沢山のお客さんだがどうしたのかね?」
「あ、えっと、ノワにお客さんが来てて」
「客人? 邸にか?」
ノワが直ぐに反応した。首を横に振ってみせる。
「ううん、ギルドの方。何でか分かんないけど、ミアも呼ばれたの」
「ミアも、か」
「ノワール、何か心当たりがあるのですか?」
あんまり意外そうじゃなく、難しそうに眉を寄せたノワに、ミアが不安そうに尋ねる。隣で、ヴィルさんもエマ達も心配そう。
みんなの視線を受けたノワは、眉を寄せたまま答える。
「ない、とは言わん。可能性は考えていたが……さて、どうするか」
「受けた方が良かろう」
返事は、ドクトル先生から返ってきた。ノワが油断のない目で先生を見据える。
「どういう意味ですか?」
「君の活動は耳に入ってくるがね。古龍の契約はともかく、強い魔物の討伐実績があまりないと指摘もされているじゃろう? ここらで少し、実力を示しておいた方が後々の為じゃろうと思うてな」
「危険性を考慮した上での発言ですか?」
ノワのぶしつけな問いかけに、ドクトル先生はちょっと苦い顔をした。
「そうじゃな……慎重になるのも分かるよ。それでも、やはり断りにくくはないかな? 少なくとも、話は聞いた方がよかろう」
「まあ……そうですね」
渋々頷いて、ノワが視線を鍋に向けた。会話の間もずっと同じペースでかき混ぜていた鍋の様子をしばらく見守って、またドクトル先生に視線を戻した。
「もう仕上げに入って良いと思うのですが、どうでしょう」
「うむ、そうじゃな。最後の一仕事といくかの」
ドクトル先生も頷いて、傍らに置いていた杖を取り上げる。ノワも鍋をかき混ぜる手を止めて、あいてる手を掲げた。
魔力がふわりと渦巻く。ぐつぐつと煮え立つ鍋に溶け込むようにして流れ込んだ魔力が、薬を一瞬で凍らせる。えっと驚いて2人を見上げると、2人とも真剣な顔で魔力を操っていた。
改めて鍋を見ると、ゆっくりと氷が小さくなっていく。淡い緑色の湯気がゆっくりと立ち上り、鍋の上にセットされた上下逆さのフラスコに水滴となってくっついていく。
「ノワール」
「はい」
ノワが返事をして、机に置いてあった小瓶を沢山集めた木箱を持ち上げる。小瓶の1つがふわりと浮き上がり、フラスコの下でぴたっと止まった。水滴がつうっと重力に従って落ちるのを、小瓶が受け止める。
物凄くゆっくりした作業。固唾を呑んで見守る私達の前で、ノワ達は小瓶1つ1つ、丁寧に薬を詰めていった。
「……ふう。取り敢えずこれだけ集まれば依頼分足りるじゃろう。助かったよ、ノワール」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」
ノワが小瓶を1つ受け取り、慎重にポケットに入れる。そのまま虚空間にしまい込んだのが視えて、凄く大事なものなんだっていうのが私には分かった。……何の薬なんだろう。
「それでは、失礼します」
「うむ」
ドクトル先生に挨拶したノワは、私達に視線を向けてから歩き出した。後を追って、ギルドまで早足で向かう。
「何か話を聞いているか?」
「ううん、何も」
「……外では出来ない依頼、か。まったく……嫌な予感は良く当たる」
ノワが低い声で吐き捨てる。それ以降、一言も話さず早足で歩き続けた。ノワ背が高いから、私達は殆ど小走りでそれを追いかけていく。
ようやくギルドに辿り着いた時には、日はすっかり暮れていた。表の入口から真っ直ぐギルド長室まで向かったのは、ノワ、私、ミア、ヴィル。
「お待たせしました」
ノックの返事を待ってドアを開けたノワが、開口一番そう言った。お客さんが要るからこその丁寧な言葉に、返ってきたのはホッセさんの返事。
「いや、約束があったわけでもないのに唐突に呼び出したからな。ノワールが気にする必要は無い」
いつになく棘のある口調に、ちょっとびっくりした。ノワも少し眉を上げてるから、意外に思ってるみたい。
何でそんな言い方したのかなって疑問には、続いて上がった抗議の声が答えてくれた。
「ホッセ殿! 我々の任務はいつものものとは事情が違うのです! それだけ火急の事態だというのに、貴方方は暢気すぎる!」
「暢気と言われてもな、普段は口を出すなと言っておきながら困った時だけ都合良く動けという、そちらの要求の方が無茶が過ぎると弁えて頂きたいのですが。そもそも、王都のギルド本部はどうしました」
「我々は、直接本人を呼ぼうとしたのです! それをギルドを通せなどという訳の分からない指示が下って……!」
「……大体分かった」
ノワが溜息混じりにそう言って、剣呑なやり取りを遮った。ホッセさんと、部屋にいた人が同時にノワを見る。
くすんだ青の髪を短く刈り上げ、かちっとした騎士服を身に纏ってる。騎士服は王宮に行った時に沢山見たけど、王様の近くにいた人と同じデザインだ。近衛騎士、だったかな。
ノワを見上げる空色の瞳は、戸惑いと恐怖がない交ぜになっていた。でも、ノワに対する偏見はあんまりないんじゃないかなー? と何となく思った。
声を上げていたのはこの人だけだったけど、その場にはもう1人いた。裾の長いローブを身に纏い、いかめしい顔をした白髪の人。こっちの人は、ノワに対してあんまり良い感情は持っていなさそう。
やり取りが止まったのを良いことに、ノワがさっさと椅子に座る。後から私達も空いている椅子に座らせて貰った。
「取り敢えず自己紹介だ。俺がノワール、こっちが相棒のフージュ。そしてこちらがパーヴォラ兄妹だ。俺とミアに用があるという事だが、俺への依頼ならフウも連れて行く。ミアへの依頼はパーヴォラ家の正式な許可が下りなければ、当然ながら通用しない。その為、次期侯爵が事情を聞きに来たという形だ」
簡単に私達の事を説明するノワに、騎士さんが少し身動ぎする。勢いを削がれたように、けど頑固な口調で話し始めた。
「私は近衛騎士のリーマス=フォルク=アディンセルというものです。貴殿の言う通り、陛下より召喚状を預かっております。今直ぐ出立し、ここ最近国を跨いで被害を出している魔物から、国民を救う手伝いをして頂きたい」
「……はあ」
ノワが溜息をついて、額に手をやる。アディンセルさんが眉を吊り上げるのを無視して、低い声で言い放つ。
「俺と国との取引を知らないような奴が、何故ここにいる。王女はどういうつもりだ」
「何を悠長な、今は——」
「もう良い。召喚状とやらを寄越せ」
いきり立つアディンセルさんに面倒そうな顔をして、ノワが手を伸ばす。アディンセルさんは眉根を寄せて、ずいと手に持っていた封筒を手渡した。
封を切ってノワが中の便箋に目を落とす。無言で読み終えたノワは、呆れた顔をしていた。
「召喚状じゃなく、協力依頼だな。文面のどこにも問答無用で協力させるなどと言う文言はない。一体どんな命令と共にこれを持ってきた」
ノワの問いかけに、言葉に詰まるアディンセルさん。ホッセさんが冷たい目で吐き捨てた。
「ここに来るなり早くノワールを出せとそればかりでな。とてもじゃないが、陛下の遣いに見えなかった。近衛も質が落ちたな」
「貴族意識が強すぎるのか。騎士である以上、他者に仕える立場なんだが」
「私が仕えるのは王族です!」
「ならその王族の顔に泥を塗っているという自覚を持つんだな。王の意図を無視して、相手の気分を害しているのだから」
そう言って、ノワは便箋を掲げた。
「ここには、断るも受けるも自由だ、だが是非とも救って頂きたい。そう書いてある。そちらの対応が不愉快だ、自分達で何とかしろ、と返答した場合、誰が最も損するのか。そのくらいは考えろ」
アディンセルさんが大きく息を呑んだ。心なしか、顔色が青くなった気がする。その反応に、ちょっと首を傾げた。
なんかこの人、偉そうにしててこうなったと言うより、焦ってうっかりやっちゃった、って感じ。
ノワもそれに気付いていると思うんだけど、かといって手加減するつもりはないみたいだ。続いて、冷えた眼差しをローブの人に向ける。
「それから。よくもまあ、教会の人物を俺の前に連れてきたもんだ。国ごと喧嘩を売りたいのか?」
ノワの脅しに近い物言いに、ローブの人はぐっと顔を顰めた。
「我々は、情報提供をしてやろうとわざわざ足を伸ばしたのだ。悪し様に言われる筋合いはない」
「前回自分達がしでかした事を棚に上げての発言か?」
「あれは教会の人間がやったわけじゃない」
「話が通じないな」
苛立たしげに髪を掻きむしり、ノワはホッセに目を向けた。ホッセは頷き、厳しい眼差しをローブの人に向ける。
「以前、このギルド支部は教会祓魔師に攻撃を受けた。今は教会から罷免されているとはいえ、監督不足には違いないだろう。それでも謝罪ひとつなしか?」
「……」
「その対応は、我々への敵対と見なすぞ」
ホッセさんの脅しは、つまりギルドが教会に対して牙を剥くという脅しだ。これ、結構大事じゃないのかな。
くいっとノワの服の裾を引く。こっちを向いたノワに、こそっと囁く。
「今、あんまり喧嘩しない方が良いんじゃないの?」
「……まあな。だが、何でも許しては舐められる。それはそれで今後が成り立たない」
「難しいなあ……」
ギルドと教会が本気で喧嘩するつもりはないけど、教会が好き勝手しすぎてるって事かな。確かに、勝手だなってムカッとするよね。
「……失礼した。愚か者が迷惑を掛けたのは確かだ、謝罪する」
ぶすっとした顔のまま、口だけでローブの人がそう言った。私がやったら絶対やり直せって怒られるような謝り方だけど、この人に対しては何も言わなかった。
「ったく……王女殿下にはあんたらの対応は報告する。せいぜい反省しろ」
吐き捨てるように言って、ノワは今度はくっきり青醒めてるアディンセルさんを促した。
「詳細を聞こう」
「っ、はい。失礼、いたしました」
真っ青な顔で謝って、アディンセルさんは説明を始めた。
「10日前、アドニス国の王都近くにある村が、何らかの襲撃を受けて一夜のうちに全滅いたしました。始めは吸血鬼の仕業かと思ったのですが、どうも亡くなった方々の様子が妙でして」
「妙?」
ノワが聞き返すと、アディンセルさんは私やミアをちらちら見やりながら、躊躇いがちに答える。
「……吸血鬼の襲撃では、その、血を吸われて干からびたような死体が多く発見されるのですが……今回はちょっと違いまして。何と言いますか……骨、だけなのです」
「骨……?」
ヴィルがちょっと強張った声で呟く。ちらっと見ると、ミアが口元に手を当てていた。
「はい。最初は病か、吸血鬼に従うアンデッドの仕業かと噂され、教会祓魔師の方々が村ごと浄化してくださったそうです。ですが、襲撃は立て続けに起こり……」
アディンセルさんがちらっとローブの人を見た。ローブの人は1つ頷いて、重々しく話し出す。
「我が国の騎士達が調査に向かったが、3日待っても帰還はおろか、伝令も帰ってこない。緊急事態と判断し、我々教会祓魔師が出動した。保険として、Sランクのメーネスも出陣した」
「保険、か。闇属性を連れだした理由は?」
「村の被害から、呪術の関与を考えたのだ」
「なるほど。それで?」
「祓魔師は誰も帰ってこず、メーネスが王都の門近くで力尽きたように倒れているのが見つかった」
息を呑む音が響く。ミアもヴィルも、ホッセさんでさえ、顔色を失っていた。それだけ、この世界の人にとって、Sランクの人が倒れたって大事だ。
ノワでさえ、その情報を事前に知っていたけど、少し眉を顰めていた。
「……ユエは当然、治療を受けているんだろう。証言は取れたのか?」
「証言どころか、未だ意識が回復しない」
「…………」
ノワがくっきりと眉根を寄せる。そのまま考え込むノワに、アディンセルさんが身を乗り出してまくし立てた。
「その魔物は始め、王都を襲うのではと恐れられたのですが、不思議なことに違いました。我が国の国境へ向けて村々を襲撃しながら移動してきたのです」
「移動の痕跡を追うと、明らかにこの街へ、そして王都へ向かっている。それで取り急ぎこの国の王に警告をしたのだ。このままだと被害はそちらへ出る、と」
「先程は動揺のあまり失礼な態度をとってしまい申し訳ありません、ですがもう時間がないのです……っ。我が国の民にも被害が出始めています、どうか!」
ノワがすっと右手を挙げる。その動作に、アディンセルさんがふっと押し黙った。簡単な精神魔法でも使ったのか、冷水を浴びせられたような顔をしている。
「1つ、質問を。——何故、陛下はミアを指名した。ユエすら意識不明の重体となった魔物相手に、学院長ではなく一介の学生を連れ出す意図は何だ」
「え……?」
アディンセルさんがぽかんとした顔をする。あ、この顔私も良くするから分かる。思ってもいなかった事を聞かれたって顔だね。
対してローブの人は、いじわるそうに口元を歪めた。
「ベクレル様は、貴重なSランクの光属性だ。闇属性で対抗し得ないならば光属性が動く必要があろうが、情報も何も無い危険地帯に行かせるわけにもいかん。そう言って反対した」
「っ、失礼ですが、そんな危険地帯にミアを行かせるわけにはいきません」
ヴィルが強い口調で反駁したが、これにはアディンセルさんが厳しい顔で首を横に振った。
「申し訳ありません、ヴィルヘルム殿。ミア嬢に関しては、陛下から直接の命令が下っております」
「……!」
ヴィルが息を呑む。ミアはぎゅっと唇を引き結んだ。
貴族にとって、王様の命令には逆らえない。例えラルスさんでも無理だ。
黙り込んだ2人を見て、ノワが目を眇めて呟く。
「斥候扱いか……成る程。この国の偏見は根深いな」
「ノワール殿?」
「受けよう」
「え?」
驚いた様な声は無視して、ノワはさくさくと話を進めた。
「ホッセ、ギルドとして手続きを進めてくれ。報酬は調査に行く時点で金貨10枚、残りは成果報酬だ。出発は明日の早朝にする」
「手続きは任せろ。必要なものはあるか?」
「可能なら移動手段だな。今回はどうせ騎士と合同だろう?」
「そう聞いている」
「だったら馬車か。この場合は魔物が引いていても仕方ないな」
「いっそ古龍で飛んでいけば良いんじゃないか」
「それは大騒ぎになりそうだな」
「あ、あの!」
軽口を叩き合うホッセさんとノワに、アディンセルさんが焦ったように声をかける。
「よろしいのですか……? 不愉快な依頼であると、その、自分もそう思うのですが」
「不愉快だからこそ受けた」
「は……」
「担ぎ上げられるのはごめんだが、使い捨て扱いのままでは話が進まない。ここで断ればあらゆる情報が遮断されてしまうのは目に見えている」
視線も向けずにそう言って、ノワは立ち上がった。
「準備を始める。アディンセルだったな、日の出前に部下を連れて門の前に来い。そっちの教会祓魔師は——」
一瞬だけ目を向け、醒めた目で吐き捨てる。
「目障りだ、消えろ。あんたらと共同戦線張ろうとは思っていない、寧ろ邪魔だ。ただし、ユエの治療に全力を向けろ。それが彼を道具扱いする最低限の責任だ」
返事を待たず、ノワは踵を返して部屋を出て行った。私達は顔を合わせ、慌ててノワの後を追った。




