探求 〜Noir〜
「それで、武器の調整は進んでいるのか」
「程々にな。全く……ああも簡単に改善用の魔法陣を書き上げられると、宮廷魔術師達の面目が丸潰れだな」
「既存の魔法を振り回す事ばかりに夢中になっている方が悪い。有事以外の魔術師は頭脳労働職だろうが」
「……耳が痛いな」
オーティが苦笑いする。自覚はあったようだ。肩をすくめて、それ以上の追求はやめておいた。
各方面での話し合いは着々と進んでいる。始めはぽっと出の、しかも闇属性の青年に牛耳られる危険性に難色を示すものが多かったようだが、幾つか村での襲撃を予知してやれば態度は徐々に軟化していった。加えて手に入れた資格にものを言わせ王女に携帯用防御結界魔道具を提供してやれば、己に利する者として掌を返すのだから、全く都合の良い。
とはいえ、余りこの世界にとって革新的な道具ばかり作って技術を衰退させるわけにも行かない。現在は対吸血鬼用武器の知識——シャスーズ共の銀武器の基礎理論——を渡して職人に挑戦させている。適度な課題を与えれば発展が進むだろうという予想は当たり、またこちらへの対抗心も上乗せされたのか、魔道具や魔法具の出来は感心させられるほどだ。これなら問題あるまいと、王宮側の武器調整を丸投げしておいたのだ。
「ヴァスト王が仕掛けてくるなら、おそらく根こそぎの殺戮を行おうと手下も引き連れてくるだろう。となれば、ある程度吸血鬼と戦えてもらえなければ困る」
「流石にそっちの討伐までは手が回らないか」
「いや、フウやSランクがいる以上、討伐そのものは問題無い。それまで生き延びる術が必要だろう」
「……ったく。嫌がらせだけでここまで人命を重んじるような発想が回るんだから、お前は変わった復讐者だ」
苦笑気味にそんなからかいを口にするオーティに、また肩をすくめる。以前ならこんな真似は時間の無駄だと断じただろうが、ここ数年で色々学ばされて意見が変わっただけだ。
「1つ1つくどいほど徹底的に相手の意図を覆して作戦を潰し、その上で策の甘さを嘲笑う。何一つ上手くいかないと思い知らせた上で地面に這いつくばらせるのが最も気分が良い嫌がらせだ。と、学ぶ機会があっただけだ」
「性格悪すぎないか」
「その点に関しては否定しない」
あの性格の悪さに関しては見習わせてもらっている程だ。
そんな軽口を時折混ぜつつも、テーブルに広げた地図上のチェスピースを動かし作戦を練る。どう動けば襲撃を察知できるか、情報網はどう活かすか。推測される相手の戦力を相手がどのように使ってくるか、被害規模はどの程度か。ありとあらゆる可能性を検討し、対策を練る。かなりの演算力を必要とするが、同時にやり甲斐のある作業だ。
いつの間にか無言になり、カツ、カツとチェスピースが立てる音が響くなか、ふと思いだしたようにオーティが呟いた。
「……敵が動き出したという噂が、アドニス皇国に流れている」
「噂だと?」
何故そんな不確かな状態なのかと睨むと、オーティは睨み返してくる。
「どこかの誰かが盛大に喧嘩を売ったせいで、我が国は今アドニスに嫌われてるんだ」
「くだらないな」
「まあな」
この状況でなお、国同士の面子がどうのと喚いているとは、状況が読めていないにも程がある。しかも、そんな重要な情報を隠すとは。
「まあ……それだけじゃないかもしれんな」
「何?」
眉を上げてみせると、オーティが声を低めて続ける。
「……Sランクが倒れた。そんな噂がある。死んだとは聞いていないが」
「ユエが?」
飄々としていたものの、ユエは街1つ灼いたという情報に嘘はないだろうと確信させられる実力の持ち主だ。そう簡単にやられるとは思えないし、自ら危険に身をさらす性格にも見えなかった。やばくなったら真っ先に逃げ出すタイプだろう。
それが倒れた、と表現されるまでやられたとなると——
「確かに、それは隠すな」
「だろう」
現状、Sランクが吸血鬼に対抗出来ないと判断されるのは拙いと考えた上層部が伏せたとしても無理はない。他のSランクが協力を拒否しても困る。
「それにしても……吸血鬼に反旗を翻しているにもかかわらず、闇属性が真っ先に攻撃された、か」
「ああ、勘付かれたかもしれん」
俺の呟きにオーティが直ぐに反応する。顔を上げると、真剣な表情を浮かべていた。
「気を付けろよ。今お前が倒されては、我々に待っているのは破滅だ」
「あんたらの破滅はどうでも良いが、こんな状況下でくたばるのはごめんだ」
素っ気なく、しかし意思を込めて言い返せば、安堵したような苦笑を滲ませた。不安が勝っていたからこその挑発だったようだ。
「そこまで言い切れるのはノワールしかいないだろうな」
「さあ、どうだろうな」
肩をすくめて軽口を流し、チェスの動きに集中する。そうしてしばし訪れた沈黙を、またもオーティが破る。
「……言われていた件だが」
「進展が?」
頼んでいた情報が見つかったのかと顔を上げたが、オーティの苦い顔を見て答えを察した。
「どう探しても見つからん……ククルにも該当する研究がないのは痛いな」
「……そうか」
溜息混じりに相槌を吐き出し、俺はチェスピースを強めに盤に打ち付けた。
オーティとの打ち合わせが終わったあと、学院に向かった。長期休暇が終わった今、学院など心の底からどうでも良いのだが、下手に目立つのも困る。一応まだ特定されていないとすれば、わざわざこのタイミングで休学して自分が主犯ですと言いふらす必要は無いだろう。
とはいえ、上層部の子息は当然俺の存在を把握しているわけで。学院に着くなり晒される疑惑と敵意、嫉妬の感情はいつもに増して強く流れ込んできた。しかも余程あちこちで同じ会話をしているのか、普段は目を合わせなければ聞こえない声までくっきりと聞こえてくる。鬱陶しい。
仕方なく、授業が終わると同時に校舎を出て、久々に読書に使っていた森の奥まで足を向ける。適当な木にもたれて腰を下ろし、一息ついてから鞄に入れた魔術書を取り出した。
丁寧に文字を辿って、研究のヒントになる情報がないか探す。ここしばらく1日の大部分を割いている作業だが、進捗は芳しくない。それは今日も同じで、読み終わった時点で俺は半ば放るように魔術書を横に置いた。息を吐きだして、空を見上げる。
……ドゥルジとの対決への準備は、着々と進んでいる。何を仕掛けられようと、今更逃げ隠れする気もない。だが、決戦の日までに仕上げねばならない研究と、決めねばならない選択が、俺の足を引っ張る。
選択に関してはまだ条件が足りないが、マスターに黙って双子に調べさせている。後幾つかの条件が揃えば自ずと答えが出るだろうという直感が働いている為、ひとまず保留にしているだけだ。決戦までには確実に間に合うだろう。
問題は、研究だ。
基盤となる部分は大体出来上がってきたが、肝心の技術がどうしても成功しない。あれこれ調べてはいるのだが、ヒントになりそうな情報1つない。折角国の中枢部の協力が得られるのだからとこき使って調べさせているが、それらしいものは見つからない。
これが片付かない限り、ドゥルジと本気で対峙出来ない。心情的にも、現実的にも無理な話だ。だが、動き出した流れを堰き止めるわけにも行かず、気持ちばかりが急いていく。
これでは見つかるものも見つからないなと自嘲したその時、ふわりと気配が背後に近付いた。
「貴方がここにいるのは久しぶりですね」
「久々に来たからな」
そう答えて、背後を見る。ミアがもたれている木を挟むようにして背中合わせに座るところだった。……ハンカチは敷いているだろうが地べたに直接座るとは、変わったお嬢様もいたものだ。
「最近随分と研究熱心ですね。それ以外にも沢山動いていますのに」
「ああ」
簡易に答える。実際、ミアに伏せているもの以外にも、改めて攻撃魔術の見直しを行っている。フウとの訓練と打ち合わせの他は研究しかしていないと言っても過言ではない。
「何をそんなに、熱心にされているのですか? 貴方の研究の目的は?」
「奴を殺す事」
躊躇いなく言い切れば、ミアが苦笑する気配がした。
「すみません、愚問でした」
「いや」
「けれど、本当にそれだけですか?」
「は?」
勘付かれたかと内心緊張したが、ミアはあくまで穏やかに言葉を紡いだ。
「ノワールからのーと、を頂いて思ったのです。貴方の研究は、決して貴方が強くなる事だけに重点が置かれているわけではないのだな、と。様々な分野に幅広く触れているからこそ、貴方の師匠は「魔術バカ」と言うのでしょうが」
「まあ、そうだろうな」
気にしすぎだったか。適当に相槌を打てば、ミアは小さく笑う。
「ふふっ。でも、ノワールは優しいですから。きっと、みんなが死なない様に、誰もが使える魔法を編み出してくれているのだな、と思っています」
「……あのな」
「これはあくまで私の勝手な直感ですよ? でも私にとっては事実ですから、否定しても無駄です」
「はあ……」
全く、何故この少女はいつまで経っても俺を優しいなどという馬鹿馬鹿しい妄想に取り憑かれているつもりなのか。偏った思い込みは目を曇らせるだけだというのに。
「それはそうと、何をそんなに困っていらっしゃるのですか?」
と思えばこうしてずばりと切り込んでくるから、本当にこいつは苦手だ。
「……研究が行き詰まっているだけだ」
「ノワールが……珍しいですね」
「あのな、いくら何でも過大評価だ。俺だって研究に行き詰まる事はある」
本気で驚嘆しているようだから、まだその神格化は続くのかと若干の苛立ちを込めて言えば、直ぐに否定の言葉が返ってきた。
「いえ、すみません。貴方が、行き詰まっているものに対してそんなに困っているのが珍しいと思ったのです。大体いつも、直ぐに別の方法を考えつくでしょう? そうならずに壁にぶつかっているのを意外に感じまして」
「…………」
虚を突かれて黙り込む。言われてみれば、何としても成功させねばとムキになっていたが、結果的に同じであればいいのだから、この研究だけに固執する必要は無い。
「……盲点だったな」
「え?」
目が曇っていたのはこっちだったか。苦い溜息をついて、俺は魔術書を拾い上げる。もう1度気を取り直して読むかと思い直してから、背後の存在を思い出す。
「ヒントになった。感謝する」
「え? あ、はい、ありがとうございます……?」
「何故ミアが礼を言う」
呆れてそう言うと、ミアはくすくすと笑い出した。少し不気味だ。
「ふふ、そうですね。ノワールがまだここにいるなら、私も少し貴方のノートを読みます」
「持ち歩いているのか、落とすなよ」
「勿論です。近々、練習の成果を見てくださいね」
「分かった」
それ以降、2人の間に会話はなかった。しかし、確かに俺達は、静かな読書の時を共有していたのだろう。
明瞭に感じ取れる「餌の気配」と、親和性の高い互いの魔力の波動を肌に感じながら、どんな結果であれ目的は必ず果たさねばと、この時、俺は強くそう思ったのだから。
……もしかするとこの選択は正しくはないかもしれない、とも気付いてはいるのだが。
俺が俺である為に譲れないと思ってしまうのは、やはりこの少女への甘えだろうか。ミアは俺の意思を知って、何を思い、答えるのか。
それを尋ねるのは、全てが終わった後だ。




