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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第1幕 始まりの宴
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要求 〜Noir〜

 ノックの音が聞こえて、俺は外の様子を探った。


 外にいるのは、人1人と化け物1匹。魔力の波動からして、あの少女と吸血鬼で間違いなさそうだ。


 用件は想像がついたので、黙って結界を解く。

 予想通りの招かざる客が入ってきた。ベッドで身を起こしている俺を見た吸血鬼は、やや驚きを見せた。



 何故驚いているのかは容易に想像がついた。大方、俺の回復に驚いているのだろう。魔力を代償にした、回復力を上げるこの魔法は、魔力量が相当多くなければ使えない故、あまり普及していない。効率は良いのだが。



 説明する義理も無いので、用件を聞いてやる事にした。


「何だ?」


 俺の問いかけで我を取り戻したようだ。吸血鬼が平静を装って答えた。

「随分回復したようだな。だが、その分飢えているはずだ。血を飲め」


 少女が無言で歩み寄って来る。昼より随分顔色が良い。おそらく、奴が治癒魔法でも使ってやったのだろう。そうでなければ、あれほど重度の貧血が、たかだか数時間で回復するはずもない。


 他人事のようにそんな事を考えていると、少女が腕を差し出してきた。そこに傷は、無い。


「……何をしている?」

 今まで自分で傷を作って差し出してきた少女の不自然な行動を、怪訝に思った。尋ねると、吸血鬼が代わりに答える。


「それだけ回復したんだ、自分で飲め。そうすることで、血が定着する」



 ——あまりの要求に、吐き気を覚えた。



 少女の腕を見る。白く細い腕。昼まで彼女が自分でつけていた傷の跡は無い。


 その腕から、血を飲む、為には。



 歯が、疼いた。口元に手をやるまでもない。俺の歯が——正確には犬歯が、牙のように鋭く尖り始めている。



 これを、彼女の腕に突き立て、飲め、ということか。



 ——真の化け物に、なる為に。



「……巫山戯るな」

「巫山戯てなどいない。そのままではお前の命が不安定なままだ。早く飲め」

「断る」


 きっぱりと言い切って、俺は少女の腕を掴み、無理矢理引き寄せた。前のめりになった少女の懐からナイフを取り出し、少女の手に握らせ、腕に突き刺させる。


「あっ……!」

「おい!!」


 2人の声を無視して、ナイフを抜き、滴り落ちる血を飲み始めた。


 今までと違い、理性が保てている。周りの様子に、少女の状態に、気を配る余裕があった。少女の困惑も、吸血鬼の怒りも、察することが出来る。気分の悪い話ではあるが、随分慣れてきたようだ。


 努めてゆっくりと、少女の体調を観察しながら飲む。少女の体から少し力が抜けたところで、傷口を軽く舐め、口を離した。少女が戸惑った様子で立ち尽くす。貧血の症状は無さそうだ。密かに安堵する。



「……何の真似だ」

 唸り声に近い詰問に、敵意を剥き出しにして答えた。


「何か勘違いしているようだな。そもそも俺は、こいつを望んではいない。さらにつながりを強固なものにしようとするはずが無いだろう」

「いつまでも、直ぐに飢える状態のままだとしてもか?」


 無言で首肯する。吸血鬼が溜息をつき、頭を掻きむしった。


「命知らずの馬鹿だとは思っていたが、まさかここまでとはな……」

 奴の言葉を無視し、顎をしゃくってドアを示した。


「もう用事は済んだだろう。出て行け。それから、明日の朝はお前は来るな。もう止めてもらう必要も無い。俺が入れるのはその少女だけだ。お前や他の奴がいたら、結界は解かない」

「……その時は、力尽くで壊すだけだ」


 強気に言い返す化け物を、鼻であしらう。


「そんな事をしようとすれば、この屋敷もろともお前を吹っ飛ばす。屋敷を対象にすれば、その少女も死ぬだろう。いくらお前でも、地形が変わるほどの攻撃から、自分以外を守る余裕は無いはずだ」


 少女の顔が強張った。吸血鬼が忌々しげに舌打ちした。


「……良いだろう、お前の意思を尊重してやる。ただし、血は必ず飲め」


 嫌悪に顔が歪むのを押さえきれないまま、俺は黙って頷いた。


 吸血鬼は、しばらく俺を睨み付けていたが、やがて出て行った。



「お前も早く出て行け。いつまで突っ立っているつもりだ」

 何も言わずに立っている少女にそう告げた。見ると、彼女は怒ったような顔をしていた。


「どうして、あんな事をなさったのですか?」

「説明はしただろう。あいつに、だが」


 つまらない質問を繰り返す少女の言葉を切り捨て、そのまま追い出そうと立ち上がった。しかし少女は怯むこと無く、言葉を続ける。


「その事ではありません。貴方は先程、自分が満足するまで血を飲んでいらっしゃらないでしょう。まだきちんと回復したわけでもないのに、無理をなさらないでください。……もう1度、お飲みになるべきです」

「要らん。お前が倒れても面倒だ。食い物を台無しにする馬鹿がどこにいる」


 あえて化け物らしい言葉で言い返し、追い出そうとした。それでも少女は引き下がらない。


「私の事を気にする必要はありません。餌は、血を飲まれたところで死にませんから」

「俺が知らないと思って適当を言うな。餌とて人間だ、血を失えば死ぬ。……そんなに納得がいかないなら、何か食事を寄越せ。魔力で補充する」


 そう返すと、少女が驚いた顔をした。

「魔力で、補充……?」


 この世界にそういう技術は無いようだ。つくづく不便な話だ。


「お前に説明してやる義理は無い。餌は、飼い主の命令には絶対服従のはずだ。お前に命令する。俺に血を飲ませようとするな。今日の所は必要ない」


 俺の言葉を聞いた少女は、一瞬反論する気配を見せた後、諦めた様子で頷き、ドアへと向かって歩き出した。



 俺の想像通り、この少女は俺と同等の吸血鬼に関する知識を持っている。妄執だなとマスターに呆れられるほどに奴らについて調べた俺と、同等の。



「食事を持って来ます。せめて、それだけでも召し上がって下さい」

 出口の前で振り返り、少女が強い口調でそう言った。断っても譲りそうに無いので、仕方なく頷いた。


 少女が踵を返し、部屋を立ち去る。あらかじめ用意していたのか、5分としないうちに戻ってきた。


 手渡された食事を胃におさめる。魔力の補充が昼よりも効率が良い。計算通りの回復だ。


 食べ終わったところで、少女が手を差し出す。空になった食器を渡すと、少女は黙って出て行った。



 しばらく待つ。少女の気配が完全に遠ざかり、吸血鬼も相当遠くにいることを確認してから、俺は結界を組み替えた。部屋の中の様子が、外からは分からないように。魔力を遮り、第三者が侵入しても気付かれないように。


 さらに中の音が外に漏れないようにしてから、もう1度外の様子を探る。結界の変化に気付いた様子は無い。魔力の流れが不自然にならないように気を遣ったのが、功を奏したらしい。



 頭の中で計画を確認してから、俺はフウに合図を送った。


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