焦燥 〜Rouge〜
妙に気が逸る。焦ってもどうしようもないって分かっているのに、それでも気が急く。
——まるで何かを、予感しているかのように。
「……ヴィルさん、もう少し急げませんか?」
「無理だよ。これ以上は、こいつに負荷がかかりすぎる」
5回目の問いかけにもかかわらず、ヴィルさんは丁寧に答えてくれる。その顔は、流石に困っているけれど。
「どうしたの、フージュ? 急ぐ気持ちは分かるけど、さっきから妙に慌てているね」
とうとう我慢しきれなくなったのか、ヴィルさんがそう聞いてきた。答えに困って、俯く。
「分かりません。何か、すっごく嫌な予感がする。こんな所に居ちゃ駄目だって、そればっかり頭に浮かんで……」
上手く言い表せないもどかしさに、身を揺する。そうしている間も、不安が後から後から込み上げてくる。
ノワの強さは、私が1番知っているのに。ノワなら、どんな状況でも乗り越えられるって、分かっているのに。どうしても、ノワが大丈夫だって、思えない。
きっとこれは、最近ノワから感じる違和感も手伝っていると思う。今まで私にいろいろ教えてくれたノワは、ここ最近、何だか変だった。魔法の勉強をしてても、私と剣の稽古をしてても、どこか疲れたような雰囲気で。前と同じように目をかけてはくれるけど、それもどこか突き放すような、投げやりな感じがあって。時々ぼんやりしている時——前はそんな事、絶対無かったんだけど——は、何かを見失ってしまったかのような、力の無い目をしていた。
そんなノワが、魔力を暴走させる程に追い詰められ、魔力の制御を失う程に動揺したら。ノワは、前のように戦い続けるだろうか。もしかしたら、棄ててしまうんじゃないだろうか。
ノワが大事にしていたものを。ノワの周りにあったものを。……ノワの、命を。
「……大丈夫だよ、フージュ」
心配で心配でしょうがない私に、ヴィルさんが優しく声をかけてくれた。顔を上げると、ヴィルさんは何故か半分苦笑しているような顔をしていた。
「その人、フージュより強いんだろう? この世界に、フージュ程の祓魔師なんて、ほとんどいない。フージュ以上の力があれば、大抵の魔物を倒すことが出来る。……たとえ、吸血鬼でも。だから、その人だって大丈夫だよ」
「……うん」
優しい言葉に、素直に頷くことが出来た。何だか、急にほっとした。
そう、ノワならきっと、大丈夫。だって、私がちゃんと出来るようになるまで、面倒見てやるって言ってたもん。絶対に見捨てたりしないって、約束してくれたもん。だから、大丈夫。
いつの間にか不安も消えて、私はようやく、馬車に腰を落ち着けた。