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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第4幕 学院編入
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魔法士達の事情 〜Rouge〜

 家に戻って直ぐ、ノワールはピエールと訓練をするからと訓練室にこもった。最近ノワール達用となりつつあるその部屋に、けれど今日はミアが呼び出された。

「ミア、少し良いかな」

「……はい」

 ミアと2人宿題に取り組んでいた居間へと現れたピエールの言葉にミアは少し驚き、けれど静かに応じていたから、用件は大体想像が付いたけど。


「…………ノワール?」


 更にしばらくして降りてきたノワールの顔色には、驚かずにはいられなかった。


「フウはここじゃないのか」

「……さっきまで一緒に宿題してたけど、終わったからって上がって行ったよ。訓練場じゃないの?」

「……すれ違ったか」


 口ではそう言いながらも探しに行かずソファに身を沈めたノワールは、やっぱり顔色が酷い。心配になって、そっと聞いた。


「体調でも悪いの?」

「……いや。ミアが何の為に上がったのか位、気付いているだろう」

「う、ん」

 ぎこちなく肯定してから、僕ははっとノワールへ詰め寄る。

「ミアは?」

「……マスターが治癒と回復の魔法をかけたから大丈夫だ。大事を取って部屋で休んでいるが」

「…………」

 絶句する僕に構わず、ノワールは静かに目を閉じた。


 普段のミアの様子やノワールは何故平気なのかというミアの愚痴から、ノワールがかなりミアの体調に気を使ってくれている事は知っている。彼自身の吸血鬼への嫌悪も関係するだろうけど、僕としては密かに感謝していた。

 それが魔法を使って回復させ、尚かつ休ませる程の血を飲んだと言う。ノワールが憔悴しているから、きっと本意じゃない筈だ。その原因が気にかかった。


「ノワール、何があったの? 昨日も少しおかしかったけど、今日はもっと変だ」

 だからそう尋ねてみれば、ノワールは薄く瞼を開いた。

「……お前な。俺が何だか忘れた訳じゃないだろうな」

「忘れてなんか、いないよ」

「ならばこれが普通だと認識し直せ。吸血鬼は餌への配慮など一切持たない」

 そう言ってまた目を閉じようとするノワールに、少し反感を込めて言い返す。

「知ってるよ。それでもノワールが気を使ってくれてた事も、ノワールが「普通」の行動をとってしまったのを気に病んでいる事も」


 途端ノワールが真っ直ぐ僕の瞳を見据えた。見る度に暗い感情が込み上げそうになる黒の瞳が宿す、突き刺すような鋭い光に怯む。


 しばらく睨むような眼差しを僕に向けていたノワールは、ふと息を吐き出した。

「……昨日今日と躯に負荷をかけた。それを補おうとする本能が理性に勝った。……唯それだけの事だ」

「一体何をしたの……?」

「知りたいのか」

 試すような問いかけに、意を決して頷く。

「ミアに関わる事から逃げたくない」

「……。そうか」


 ノワールは少し妙な間を空けたけれど、静かな声で答えてくれた。


「……昨日の事はミアとは関係ない。今日は吸血鬼の能力を解放した上で戦闘訓練を行い、本能任せに暴走した結果躯が悲鳴を上げた。治癒能力までもが働いた為、吸血衝動が普段よりも強かったという訳だ」

「それ、って……ピエールがいるから、やったんだよね?」

「……ああ。いない時にはしないから安心しろ。……あんな暴走をする能力など、今はとてもじゃないが使えない」

 ノワールの返事にほっとしつつ、付け加えられた言葉に驚く。

「使いこなすつもりでいるの?」

「……その為の訓練だ。手に入れた力は使えなければ何ら価値がない。大体、いつ爆発するか分からない爆弾をいつまでも抱えている訳にはいかないだろうが」

「それは、そうかもしれないけど……いいの?」


 さっきからノワールの返答が鈍い。いつもは語尾に被るかという早さで的確な返答が返ってくる彼のこの遅さは、多分その負荷のせいだと思う。……躯だけでなく、本能に翻弄された精神もまた疲弊している。

 そんな無茶を繰り返すのもどうかと思うけど、それ以上に憎んでいた吸血鬼の能力を使いこなそうとする事自体、きついんじゃないだろうか。


 そんな懸念をぶつければ、ノワールはゆるりと首を左右に振った。

「良い悪いじゃない、必要な事だ。それに……言っただろう。俺はもう奴らを憎んではいない」

「でも、嫌ってるじゃないか。魔物ごと。……フウと違って」

「……ヴィルヘルム?」


 ようやく名前を呼ばれた気がした。疲れてる今なら答えてくれるかもしれないと、僕は唾を飲み込み自分を叱咤する。


「復讐を、憎むのをやめたって、嫌う感情が消えた訳じゃないんだろ。それまで否定しなくても良いと思う。……フウは、魔物を嫌ってもいないみたいだけど」


 ノワールの纏う空気が瞬時に張り詰めた。こんなに疲れていても身が強張る程の覇気を見せつけてくる彼は、一体どんな生活を送ってきたんだろう。



 でも、僕が気になるのは、あまりにも「普通」過ぎるフウの事なのだ。



「……ねえ、ノワールにとってフウは何なの? フウはどうして魔物を嫌ってもいないのに、あんなに楽しそうに魔物を切り刻むの?」

「何故それを聞く」


 今までの気怠さが嘘のような鋭い反問。軽く眇められた瞳から目を逸らしたいのを必死で堪えた。それを見て、ノワールの瞳が更に鋭くなる。


「ヴィルヘルム。お前がフウに少し特別な情を持っているのは知っている。だが、いや、だからこそやめておけ。俺達とお前は違う」

「それは……それはノワールが決める事じゃないだろう!?」

 気付けば声を荒げていた。はっと息を呑み、動揺を抑える。

「……父上が君達を保護している以上、僕も君達の事はもう少し知っておきたい。ノワールは何も言わないけど、これまで色々あったんだろうし、これからも君達の世界から干渉があるかも知れないんだろ」

 ノワールが片眉を上げた。意外さか驚きか、少なくとも効果はあったみたいだ。

「だったら、君達が向こうの世界で置かれてる立場とか、もう少し知っておくべきだ。……足を引っ張りたい訳じゃない」


 ノワールが闇属性である事も含めて、これから僕らに累が及ぶ可能性はある。何も知らずに巻き込まれ、彼等に迷惑な行動を取ってしまうのは嫌だ。


「……色々気付き始めたようだな」

「うん。……遅くて、ごめん」

 今までの彼の行動について少しずつ分かってきた事があると、ノワールは悟ったようだ。これまでの迷惑を謝ると、ノワールは溜息を漏らす。

「まあ、馬鹿じゃない事は分かっていた。……まだ甘いようだが」

「う……そりゃあ、ここまで父上やノワールに教えられてようやく気付くくらいだから、否定出来ないけど……」

「まだ自覚が足りない。ベンにも悟られていたぞ」


 最後の言葉にショックを受ける僕にまた嘆息し、ノワールは視線を天井に向けた。


「……隠しているというよりは、わざわざ告げるまでもないと思っていたが。俺の体質や魔力属性の特異性と危険性を懸念する連中は、俺を呼び戻したがっている。それもあって先程の訓練だ……いつ戻されても隠し通せるように」

「闇属性の事は分かるけど……体質?」

「昨日の騒ぎに繋がるが、俺は魔力が多すぎる。定期的に放出しなければ器が壊れるし、暴走すれば辺り一帯吹き飛ぶ」

「…………うん。ちょっと、向こうの人達の気持ちが分かった」


 引き攣った声が出てしまったけれど、無理もないと思う。そんな危険を抱えているなんて全く知らなかったというか、早く言って欲しかったというか。


「後は依頼の達成率。多少無茶な依頼でもこなしていたからな、俺達は。厄介事を押しつける駒がいなくなったのは損失だろう」

「…………」


 かけるべき言葉を見つけられない僕に構わず、ノワールは尚も続ける。


「そして協会側はフウからも目を離したくない。俺が居るから大丈夫と思うには、俺が今まで行ってきた事が不安にさせるんだろう」

「……一体何を……」

「吸血鬼関連ではかなり横紙破りな事を行ってきた。幹部である事と実績から見逃されていたが。後は……時折例の協力者が」


 吸血鬼……復讐に関わる事と聞いて協会の警戒心に納得したけれど、昨日から何度も出てくる協力者の名前に、脱線と分かっていても訊かずにはいられない。


「……その人って本当に一体何者?」

「ある人が「竜巻のように現れ好き放題事態を引っ掻き回し、大量の事後処理を残して利益だけを手に去って行く」と言っていたが、あれが1番的確な表現だ」

「…………」

「彼に関してならいくらでも愚痴ってやるが、今そんな事に時間を使いたい訳じゃないだろう」

「……うん、そのうち聞くよ」


 珍しくノワールが妙に疲れて見えるのは気のせいじゃないだろう。ノワールをここまで振り回すその人を1度見てみたいような、一生会いたくないような。


「さて、お前の求める本題に入るか。フウは教会から第一級監視対象とされている。俺がフウの教育に全面的に責任を持つ事、俺とマスターがフウを常に監視、管理する事を条件に自由が認められているが、本来ならもっと行動を制限される」


「……管理って」

 その単語の示す冷たさに、思わず声が尖る。フォルテの件で母上が言っていた、道具扱いという言葉と大して差が無いのだから当然だ。

「魔法士協会の役割の1つは魔法士の管理だ、幹部である俺がフウを管理するのは当たり前だろう。お前が思う程魔法の危険性は甘くない」

 けれどノワールは僕の反感を意に介さず言葉を重ねた。最後に告げられた言葉の鋭さは、刃物を突きつけられたよう。

「大体こちらの世界の教会とて、やっている事は大して変わりないだろうが。魔法士協会の世界では魔法が隠されてる故により厳しい、それだけだ」

「……そう、だね」


 納得は出来ないけれど反論するだけの言葉は持たず、僕はただ頷いた。


「管理の大義名分として、幹部は1級以下の魔法士の教育を担う義務があるとし、所謂徒弟制度が作られた。協会に申請、委託されると、幹部は対象魔法士の教育や行動に全責任を負う。勿論全ての魔法士がそうなる訳ではない。大抵は協会の直接管理となり、定期的に開かれる魔法士会議への参加等を義務づけられている」

「フウは例外なの? どうして?」

「……幹部が個人を教育するのは特別な条件がいる訳じゃない、本人達が希望すればいつでも可能だ。ただ幹部は基本的に自分勝手だからな。幹部としての義務以外で他の魔法士の為に何かしてやるような数奇な人間はいない」

「だから、フウは例外なのは何で? 協会がノワールに面倒を見ろって強制するくらいなんだろ」


 以前ノワールが「面倒見を押しつけられている」と言っていたのを思い出しつつそう訊くと、ノワールが意外そうな顔で僕を見返した。


「いや……押しつけられてるって言ってたし……承認するのが協会なんだから、強制するのも協会かなって思ったんだけど……」

「……フウといいお前といい、時折妙に血の巡りのいいような発言をするな」

「…………うん、僕は確かに、ノワールと比べればずっと馬鹿だけどさ」


 どれだけ馬鹿に見られているのだろうか。いや、普段どれだけノワールから見て愚かな言動を繰り返しているんだろうかと、僕はかなり落ち込んだ。

 それでも気になる事を訊こうと気を取り直し、改めて尋ねる。


「それで、何でなの?」


 途端ノワールが口を閉じた。珍しい程の口の重さに、少しだけ及び腰になる。


「……僕には話せない事?」

「……第一級秘匿情報だが事情が事情だ、保護先の貴族に話す位は幹部の裁量で出来る。ただ、正直話さない方が俺達には利が大きい」

「どういう……」


 どういう意味かと聞きかけて、それが話せるなら話してると気付いて口を閉じる。1つ深呼吸して、僕はノワールの目を真っ直ぐ見据えた。



「話して。何を聞いても態度は変えない。……いや、違うな。変わらない態度なんてきっと無いけど、それでフウを傷付けたり、君達を困らせたりはしない」



 ほんの少し。ほんの少しだけ、ノワールが目を見張る。不意を突かれたようなその表情は直ぐに消えたけれど、まじまじと僕を見つめてきた。


「……何?」

「……いや。よくもまあ根拠もないのにそんな発言を堂々とすると思っただけだ。無鉄砲にしか思えないが……まあいい。言質は取った」

「え?」


 最後の言葉に引っかかりを覚えるより、ノワールが魔法を発動する方が早かった。部屋が不自然に仕切られているのを感じる。


「……音を遮ってるの?」

「正確には空間ごと仕切っているが、その認識でいい」

 どうやら僕が予想したより遥かに高度な魔法を使ったらしい。そんなに大切な話なのか。


 緊張してノワールを見やると、ノワールは珍しくも視線を遠くにおいていた。



「フウが特別扱いである理由。それはお前が疑問を覚えた、楽しそうに魔物を切り刻む姿に収束する」



「…………」

「フウが俺に預けられたのは、俺がフウを拾ったからだ。任務だったというのもあるが……その選択の結果、協会にもマスターにもフウの管理と教育を命じられた」

「任務って?」

「魔法士の依頼を受ける方法は3つ。個人的に依頼を受けるか、ギルドのように募集される依頼を受けるか、協会から指名されるかだ。フウの件は最後のケース。個人では手に負えない、一定数以上の魔法士を必要とするが故に指名制となる依頼だった。その手の断れない依頼を、魔法士達は任務と呼ぶ」

 面倒だからなと独りごちて、ノワールは尚も続けた。

「任務は珍しいものじゃなかった。代々優れた魔法士を輩出する一族が魔物と魔族の群れに襲撃されたので撃退し、生存者を保護しろ。それだけだ」

「……その、生存者がフウだったの?」

「唯1人の、生存者だった。それこそが、フウが特別扱いされる理由だ」

「……え?」



 どくんと、心臓が嫌な鼓動を刻む。ノワールの言葉に込められた何かに、思考より先に心が予感を覚えた。顔が勝手に強張っていく。

 僕の反応に頓着せず、ノワールは過去に想いを馳せるように目を閉じた。



「幹部になって1年も経たない時期に押しつけられた、ありきたりな筈だった依頼。あの場で見た光景程惨くも美しいものを、2度と見る事は叶わないだろうな——」



 そう言ってノワールは、静かに「過去」を語り出した。


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