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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第1幕 始まりの宴
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依頼 〜Rouge〜

 フージュと旅路を共にして数日、ようやく集落の姿が視界に入った。

「あれが、吸血鬼の集落……」

 フージュが呟きを漏らした。横目で様子を窺うと、焦る気持ちを無理に抑えているように見えた。



 彼女は、5日前から妙に落ち着きを失っていた。どうも、ノワという人の魔力の異常な波動を察知し、何か非常事態が起こっているのではと心配しているらしい。


 これだけ遠くの距離の魔力の波動を察知するというのも非常識だけど、この数日間で見せられた彼女の能力を考えると、今更驚くほどの事ではない。



 この5日間、魔物に何度も遭遇した。魔法を使える魔物までいて、僕1人だったら、間違いなく5回は死んでいる。


 けれどフージュは、奴らを苦も無く切り祓っていった。魔法は、あまり使わない。魔力切れを心配しているらしい。見たところ、僕よりずっと魔力がありそうなんだけど……


 何より驚いたのは、フージュが剣を操りながら魔法を使っていた事。身体強化魔法はともかく、中級魔法を使っていたのには本当に驚いた。ただでさえ集中力が必要な魔法を、彼女はまるで、呼吸するように使う。


 さりげなく尋ねてみると、ノワとマスタ——―誰の事か、よく分からないけれど——から魔法を学んだという答えが返ってきた。彼らの方がずっと優れている、とも。


 そんな馬鹿なと、声を大にして叫びたかった。フージュよりも優秀な魔法使いなんて、この世界中探してもほんの数人しかいない筈だ。しかも、彼らは今、弟子を取っていないと聞いている。もしフージュが彼らのうちの誰かから魔法を学んでいれば、絶対、何かしらの噂になっている。


 そう指摘すると、フージュは困った顔をして、今は何も言えないと言った。確かに、会って数日の人間に、何もかもは話せないだろう。そう思って、追求をやめた。



「……あの、ヴィルさん。妹さんが吸血鬼の集落にいるって言っていましたよね」

 不意にフージュが、問いかけてきた。首肯する。

「そもそも、妹さんはどうしてそんなところに?」


 もっともな問いかけに、けれど、僕は答えるべきかどうか躊躇った。本来は、妹のためにも黙っておくべきなのだろう。僕の家の秘密でもある。

 けれど、脳裏に蘇ったフージュの魔法と剣技が、僕の口を開かせた。彼女が協力してはくれまいか、そんな期待を持って。

 会って数日の少女に助けを求めることに、抵抗はない。僕は、妹を助けるためなら何でもすると、心に決めたのだから。


「……吸血鬼は、人の血を吸って生きる。逆に言えば、そうしないと生きることが出来ない。けれど、それは奴らの都合。血を大量に吸われれば、人は死ぬ。だから僕達人間は、人と同等の知恵を持ち、独特の魔法を使うことが出来る吸血鬼たちを、排除しようとする」


 フージュは、神妙な顔で頷いた。問いかけとまったく関係ない事を話し出した事に対する不満は、なさそうだ。


「けれど、奴らは強い。下手に排除しようとして抵抗されれば、力の無い僕達はひとたまりもない。

 だからこそ、人は吸血鬼と約定を結んだ。吸血鬼は人と離れて生活し、無差別に人の血を吸わない事。人は、吸血鬼に、血を提供する人間を差し出す事。

 ……フージュ。餌って、知ってる?」


 フージュが、真剣な顔で頷いた。

「ノワから聞いた。吸血鬼に血を提供する人間の事でしょ。餌の契約を結ぶと、吸血鬼は、その人の血でしか渇きを満たせないって聞いた」


「そう。餌であるという事は、契約相手である吸血鬼に隷属するというのと同じ意味だ。一生を捧げ、吸血鬼の糧として生きる。血の契約を結ぶと、特別なつながりができるらしい。互いにどこにいるのか常に分かる、とかね。

 ……そんな役割、誰も進んで引き受けようとはしない。そして、餌となるには、吸血鬼にしか分からない条件があるそうだ。だから、餌となる人間は奴らが選ぶ。……どうも、その条件を満たす人間は、限られた血筋に、時折生まれるらしい」


 フージュがはっと息を呑んだ。

「もしかして、妹さん……」

 察したようだ。頷いてみせる。



「……妹は、餌として選ばれた」



 僕が家を離れていた間のことだった。国の人間が来て、妹を餌として差し出せと言ってきたらしい。



「もう気付いているかもしれないけれど、僕の家は貴族だ。国政に関わる1族は、餌としての役割を断ることが出来る。国に与える影響が大きいから、というのが理由だ。……本当はあってはならない、特権なんだろうけれど。

 ともかく、僕の家は断ることが出来たんだ。けれど、僕の両親は妹を差し出すことを選んだ。妹も、それを承諾した。餌を差し出す家だけが得られる、あるもののために」

「あるものって……?」


 口の中に苦いものが広がるのを感じながら、僕は答えた。


「魔物の呪いを解く、魔道具だ。弟にかけられた呪いのね。その呪いは、それでしか解くことが出来ない。そしてその魔道具は、国に1つしか無い。妹は、弟を救うために、自らを餌として差し出すと決めた」


 家に帰ってきて、妹がいないことを訝しく思った僕に、目を泣き腫らした弟が全て話してくれた。それを聞いた僕は、直ぐに家を飛び出た。


「僕が家を離れていたのは、弟にかけられた呪いを解く、他の方法を探すためだった。あと少し早く帰ることが出来たならと、今でもそう思うよ。

 ……あったんだ。弟を救う方法が。僕の魔力だけでは足りないけれど、妹と協力すれば、弟を救うことが出来る。妹が犠牲になる必要なんて、全くなかったんだ」

「……じゃあ、ヴィルさんは、妹さんを助けるつもりなんですか?」

 フージュが、確認するように問いかけてきた。その目は強い光を宿し、僕をまっすぐ見つめている。はっきりと頷いて見せた。

「奴らは強い。けど、妹は、どうあっても取り返す。僕の力はそれほど強くないけど、それでもだ。

 ……フージュ。手伝ってはくれないか? 君の協力が、欲しい」



 目を真っ直ぐ合わせて、僕は懇願した。この常識外れの少女に、全てを賭けてみたかった。



 フージュはしばらく何事か考えた後、僕にこう言った。

「……ヴィルさん。実を言うと、私、化け物退治屋なんです。だから、手伝う事は出来ません。でも、依頼という形でなら、いいですよ」 


 化け物退治屋。聞いたことの無い職業だった。彼女がそう名乗っているだけ、なのかもしれない。それでも、迷わずに頷いた。


「じゃあ、依頼させてもらうよ。今、手持ちがあんまり無いけど……」

「ご飯いっぱいもらったし、こうして馬車にも乗せてもらってますから、良いです。あ、それと、一緒にノワとの合流も目的にするつもりなんですけど、良いですか? ちょっと寄り道っぽいですけど」


 フージュの口調には、気負いも緊張感も無い。それが、却って信頼できた。……彼女とならきっと、妹を救い出せる、と。


「勿論。それが目的なんだろう?」

「じゃあ、契約成立ですねー」


 そう言って、フージュがにっこり笑った。その可愛らしい容姿と相まって、とっても愛らしい。何となく目を逸らした。


「ああ、よろしく」

 そう言って手を差し出すと、フージュもその手を握った。



 ————その時。



「!!」



 フージュががばっと振り返った。視線の先には、吸血鬼の集落。


「……フージュ、どうかしたの?」

 驚いて聞くも、反応は無い。フージュは、緊迫した口調で呟いた。



「……ノワ…………?」



 その顔は、強い不安に彩られていた。


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