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VSエスカレーター

「うぅ、もうお嫁にいけない。婿も来ない」

「だ、大丈夫だ! 上手い具合に胸の文字で大切な部分は隠れていた!」

「割としっかり見てたんだねお兄ちゃん」

 両手で胸を隠しながら歩くアンを、良が懸命に慰める。だが、それはあまり効果があるとは言えない内容だった。

 タオルで丹念にふき取ったおかげで既に透けてはいないのだが、アンは怖くて手を離せずにいる。

「とりあえず、あのお店で良いかな」

 ふと、舞が前方にある店を指差す。人形の胸に巻きつけられているのがそのブラと言う奴だろう。そういえば昨日風呂場で舞もつけていたなとアンは思い出した。

 形状まではよく覚えていないのだが……。

「おい、あっちのバーゲン品で良いだろ」

 対して良が指差した方向には、その下着が山積みにされていた。

「何言ってんのお兄ちゃん。アンお姉ちゃんは初ブラなんだよ? サイズ分からないんだよ? 店員さんに測ってもらって、良いのオススメしてもらわなきゃ」

「むぅ、そういうもの、なのか」

 先程の負い目もあってか、良は舞に逆らえず、押されるままになる。

 彼の承諾を得たと決め付けたらしい舞が、アンの手を引いて店の前まで歩く。

「アンお姉ちゃんは外人の振りしててねー。話が食い違っちゃうとめんどいだから」

「ガ、ガイジン? メンドイ?」

 聴きなれない言葉達に、アンの頭にはクェスチョンマークが踊った。

「要するに、言葉が分からない振りしてくれっちゃーって事だわさね」

「あの、私既に舞さんの言語がよく分からないんですけど……」

「まぁ、店員さんが何を言ってもニコニコしてれば大丈夫だよ。あ、お兄ちゃんがお財布持ってるんだから早く来てー」

 アンに答えながら、舞は後ろで不貞腐れている表情の良を呼び寄せた。

 良がゆっくりと近づいてくる。

 彼らの話では舞は浪費が激しいそうなので、彼女の好きに買わせる訳にもいかないのだろう。

「すみませーん。あの、サイズを測りたいんですけど」

「いらっしゃいませ。はい、かしこまりました」

 舞が尋ねると、人の良さそうな若い女性の店員がそれに応えた。

「こっちの女の子なんですけど」

「はい、それでは奥のほうへご案内いたします」

 言って、店員は彼女らをカーテンで仕切った場所へ案内する。

 良はそこまでは入ってこず、手前で彼女らを待っているようだった。

「えーと、では上を一枚脱いでいただけますか?」

「えぇ!?」

「ご、ごめんなさい。下はつけてないのでちょっと」

「え、そうなんですか?」

「そういう風習の国の子なんです」

「はぁ、なるほど不勉強でした」

 舞が言い切ると、多少押された形で納得する店員。

 それから彼女の胸にメジャーを当て、寸法を測っていく。

「七十四のAですね」

「なるほどー」

 店員の報告に、舞が曖昧な笑顔をアンに向ける。

 その意味が分からないアンも、やはり曖昧な笑顔で返した。

「ありがとうございます。それで……」

 舞が店員と相談し始める。それはもはやアンには理解不能のやり取りであった。

 黙っていろと言われた事もあり、ニコニコとしたまま口を出さずにいると、やがて舞が良を呼ぶ。

 金額が告げられ、彼は渋面を作りながらもサイフを開けた。

「はい。アンお姉ちゃん。パンツも一緒だからあっちでつけようね」

 そう言って、舞がカーテンに仕切られた部屋へとアンを導く。

「え、あ、じ、自分で」

 抗議しようとしたアンだが、舞が店員を見つつ人差し指を立てるので、慌てて黙る。

「それにこれ、寄せて上げる奴だから、やり方知らないと損だよ?」

 寄せて上げる? 何の事だろう。アンが不思議に思って彼女を見ると、舞は胸を両脇から、寄せて、上げて見せた。

 なるほど、そういう事か。納得した。うん、興味が無いと言えば嘘になる。

 しかし、これは異世界の技術を体感してみたいという純粋な興味だ。自分に言い訳をしながら、アンは舞に続き、カーテンの中へと入っていった。



 そして数分後。

 舞に下着を装着してもらったアンは、時折自らの胸元を馴染ませるように擦りながら歩いていた。

 先程から妙な違和感がある。

「最初はみんなそんな物だよ」

 舞が苦笑しながら彼女に言い聞かせる。

 まるで舞のほうが年上のような言いようだが、これに関しては確かに彼女の方が先輩であるので仕方ない。

「こうやって押さえつけて、その、小さくなったりはしないんですか? 胸が」

「ううん、大丈夫みたいだよ。むしろちゃんと着けておいたほうが、成長するみたい」

 恐る恐る尋ねると、予想外の答えが返ってくる。

 お、大きくなるんだ。この世界の品物って凄い。世に数点しかないマジックアイテムですら、本当に効果があるものは稀だと聞くのに。

 アンは思わず胸元に指を入れ、つけたブラジャーを確認する。

 着ける前は丘だった胸が、今は小山ではあるがきちんと二つ、存在を主張しているのも嬉しい。

 ふと、視線に気付く。

 見上げると、良と一瞬目が合う。

 しかしそれから彼は、もげるのではないかという程に首をあらぬ方向へ向けた。

「お兄ちゃんのムッツリ」

「ななな何の事だか一向に分からねぃな!」

 舞が不機嫌そうな顔でボソリと言うと、良はよく分からない口調になりながらそう返す。

 私を、見てた。何か言い忘れた事があったかしら。アンはそう考えてから思い出し、ポンと手を打つ。

「七十四のAだそうです」

「報告せんで良い!」

 アンが告げると、良は顔を真っ赤にして怒った。

 これではないらしい。なんだろう。これは真名のごとくあまり人には言わないほうが良い数字なのだろうか。

 そしてそれから彼女は、もう一つ言い忘れた事があったと思い出した。

「そうだ、良さん。お金もありがとうございました。あの、私……」

「それも言わんで良い。俺の金じゃないしな」

 言いかけたアンを遮って、良は言い捨て、先程より早足で歩いていってしまった。

「あの……?」

 自分の金ではないというのはどういう事だろう。不思議に思って舞を見るが、彼女も答えたくはないようで、苦笑しつつも説明をしたりはしてくれない。

 お金の話なんて下世話だったかしら。アンが首を捻っていると、やがて前方の良が階段の前で立ち止まった。

「わぁぁ……」

 階段、だと思われる。が、動いている。彼女の目の前にある急角度のそれは、足元からブロックがせりあがっては新たな階段になる、動く階段であった。

「エスカレーターって言うんだよ」

 アンに説明してから、舞がそれに乗って上がっていく。

「二階に行くぞ」

 不機嫌な顔のまま、良もそれに続いた。

 え、何で動くのこれ。昇りながら動けば半分の時間で済むじゃんって計算?

 どれだけものぐさなのこの世界の人は。

 というか動かれたら乗りにくいじゃない。そう、凄く乗りにくいじゃない。

 半ばパニックになりながら、それでもアンは片足を踏み出そうとする。

『エスカレーターにお乗りの際は、手すりに掴まり黄色い線の内側にお乗りください』

 すると、どこからかそんな声が降ってきた。

「え、ご、ごめんなさい!」

 それに反射的に謝って足を引く。黄色い線の内側……なるほどこれか。あぁでもこれ動いてるし一段の幅も靴の大きさぴったりぐらいしかない。そもそも内側ってどっちだろう。今から入る訳だから今私がいるのが外側? じゃぁ踏み越えて……いやいや一ブロックの奥側に印がついているんだから手前が内側か? 線を踏んでしまったらどうなるんだろう。

 やっぱりこの階段に巻き込まれて死んでしまうのだろうか。異世界の人は楽をするためだけに、なんて危ないことをするんだろう。

 悩み始めると、一向に足が動かない。

 今はいないが後ろに人が来てしまったらどうしよう。良さん達は上がってしまった。アンが半泣きで階段の上を見上げると。

「何をしているのだお前は!」

 どかどかと音を立てて、良が動く階段を逆走してくる所だった。

「ダ、ダメですよ良さんそんな事しちゃ。ほら、上の人だってしないでくださいって……」

「うるさい! 良いからさっさと乗れ」

 動く階段にあわせて歩きながら、良が促す。

「た、タイミングが掴めなくて」

「こんなもの、余程でなければ巻き込まれたりはしない!」

「やっぱり巻き込まれるんですか!?」

「あぁもう!」

 どうしても乗ろうとしないアンに対し、良が手を差し伸べた。

「俺が手を引いたタイミングで乗れば大丈夫だ!」

「は、はぁ」

「魔王の指示を疑うのか?」

「いえ……」

 普通なら、魔王の言う事など信じられるはずがない。

 しかし、多分。

「お願いします」

 この人なら、自分を騙す事はないだろう。彼を魔王だと思っているというのに、何となくアンにはそう信じることができた。

 素直に彼の手を握る。

「お、おう、いくぞ、せーのっ」

 良が手を引くと、つんのめるようにアンの体が前へ一歩出る。

 そうして彼女の体は、いつの間にか動く階段に乗っていた。

 足をじりじりと動かし、黄色い線を踏まないように調節する。

「あ、ありがとうございます」

「本当にドン臭い娘だなお前は」

 その様子を見ながら、良が鼻から息を吐いた。

「え、えへへ、村でもよく言われました」

「やはりな。そいつらの気持ちがよく分かる」

 そうだ、彼らも自分の事をそんな風に評していた。でも、良は、彼は村人達とは違う。

「……でも、助けてくれたのは良さんが初めてですよ」

 言いながら、アンは笑顔で彼を見上げた。

 本当に、自分は彼らに助けてもらってばかりだ。

「ば、俺は、その……」

 それに対して慌てふためく良。彼もまた、褒められ慣れてはいないのかもしれない。

「良さんって本当にしん……」

 微笑ましく思いながら、親切だと言いかけて、アンははっと口をつぐんだ。

 そういえば、彼はこの言葉を特別嫌っていた。

「今何を言いかけた」

 ほら、言おうとしていた事を察してこちらを睨んでいるし。

 どうにか誤魔化さなければ。ええと、確かいい人だと褒めても怒る。でも悪口もどうだろう。葛藤の末、アンは口を開いた。

「りょ、良さんって卑怯者が紳士服を着たような人ですね!」

「どういう例えだ!?」

「え、えぇ!? 思いつきで悪さを称えたにしては、良い言葉じゃなかったですか!?」

「……多分異世界人だからではないだろうが、お前の言語感覚はさっぱり分からん」

 結局怒られた。良さんって難しい。

 などとアンが考えている内に動く階段が終わりに差し掛かる。

 良が再びアンの手を引き、そこから脱出させた。

「やっほー。大丈夫だったアンお姉ちゃん」

「あ、はい。良さんのおかげで」

 二階で待っていた舞が、アンに手をひらひらと振る。

「まったく。良い迷惑だ」

 言いながら、良はアンから手を離した。

 暖かい手だったなと、アンはぼんやりと考えた。

「さ、次行こー」

 舞が先導して歩き出す。

 良の撫で技術の秘密は、あの手の暖かさにあるのかしら。などと考えながら、少し跳ねる胸当ての奥を鎮めつつ、アンはその後ろに続いた。

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