VSサービスシーン
脱衣所だと告げられた場所で、アンはおずおずと服を脱いでいく。
ずっと風呂と言えば公衆浴場であった彼女なので、同性に裸を見られる事など慣れたものだと思っていた。
だが、まったく知らない人間でもない、かと言ってそれほど親しいとも言えない人間と個室に入るとなると、やはり緊張した。
そう、この世界の風呂は個室なのだ。体を洗う場所と浴槽。それぞれが人間二人分ほどのスペースしかない。
「アンさーん?」
一方で舞は体を隠す様子も無く、手に持ったホースから、ジョウロのように細かく分かれた水を出している。
「え、いえ、その……ちょっと待ってくださいね」
言って、彼女は背中を向け、自らのスリップの胸元に指をかけ、その下の体に目をやる。
彼女が躊躇する理由は、もう一つあった。
「大丈夫だって、私よりは大きいから」
「舞さんって、おいくつなんですか?」
「六十六」
「え、舞さんってもしかしてお婆ちゃんなんですか!?」
思わず振り返り、この世界の人間は老けないのか。敬語を使っていて良かった。などとアンがビックリしたり安心したりしていると、舞が違う違うと手を振った。
「あぁ、年ね。年はねー、十一歳だよ」
それから、彼女はそう答え直す。
この世界と、自分のいた世界で年の数え方って一緒なのかしら。
一瞬疑問に思ったアンだが、舞を見る限り十一歳と言われて違和感が無い。
魔法の翻訳のおかげなのかもしれない。結論は出そうにないのでアンは疑問を脇に置いた。先にでた数字についてもだ。
「十一歳なら、これから大きくなるじゃないですか……」
「アンさんはいくつなの?」
「十六です」
「あ、じゃぁお兄ちゃんと一緒だね。それならこれからもっと大きくなるよ」
「でも、私はその……」
「ほら、早く入ろ。風邪引いちゃうよ」
「は、はい」
言いかけたアンだが、舞に急かされ、躊躇いながらもついにスリップとドロワーズを脱ぎ捨てた。
結んでいた髪を解き、そろそろと風呂場に入る。
「すべるから気をつけてねー」
「ど、どうも」
「で、これに座って」
「わかりました」
「お客さん、こういうお店は初めて?」
「はい?」
「ごめん、何でもないの。お兄ちゃんにやったら下品だって怒られたし」
勧められるままに不思議な材質の椅子に座ると、舞が不可解なことを言い出した。
アンが聞き返すと、通じなかったのが不満らしく舞は口を尖らせる。
この世界の定型句か何かだろうか。彼女にはやはりよく分からない。
「お兄さんともこうやって入るんですか?」
「うん、そうだよー。あ、シャワー当てるから冷たかったりしたら言ってね」
返事をしながら、舞がそのスコールのような水をアンの背中に当てていく。
……温かい。お湯である。これがシャワーだったのか。
彼女達の話では、この世界には魔法が無いらしい。だが、これが魔法でないなら何なのだろう。そう、アンは考えた。
「どうしたの、アンさん」
返事をしないアンを訝しがって、舞が尋ねる。
「いえ、この世界って不思議だなーと思って」
「そうかなー? そっちの世界のほうがずっと不思議だと思うけど」
「良さんもそう言ってましたね。だからこちらの世界に来ようと思ったんですか?」
「んー、私はそういう訳でもないんだけどねー。あ、目をつぶったほうがいいよ」
言われた通りにすると、髪にシャワーが当たる。
「アンさんって、髪キレイだよねー。あ、全然引っかからないや」
言いながら、舞がアンの髪の梳いていく。
「あ、舞さん?」
「髪、洗ってあげるね。シャンプーが目に染みるから開けちゃダメだよ」
舞はしばらくシャワーと共に指でアンの髪の汚れを落としていく。それから彼女はアンの髪にペタペタと何かを塗り、頭皮を指で揉むようにして広げていった。
アンは他人に髪を触れられる事に多少の抵抗がある性質なのだが、彼女に触られ、なおかつ謎の液体を塗られてもあまり不快ではない。
「うっふっふ、私もマッサージは自信があるんだ。お兄ちゃんには全然かなわないけど」
しかし何故だろう。指自体は心地よいのだが、彼女の笑いからは不穏なものを感じる。
シャワーは温かいというのに、不思議な寒気がアンの背中をゆっくりと上っていった。
そんな彼女に構わず、舞は喋り続ける。
「私の髪、いつもお兄ちゃんに洗ってもらってるんだよ。お兄ちゃんの指はねー。すんごいの。気持ち良くて、いっつもぼうっとしてるうちに終わっちゃうんだ……。でも、私の髪には終わった後もぼんやりと感触が残ってて、それが時間が経つと引いていっちゃうんだけど、アルデンテのパスタみたいに、髪一本一本の芯に熱さが燻っててね。クセになっちゃうの」
シャンプーとやらは、どうやら泡のようだ。それのおかげで上手く喋ることができない。
それができたとして、彼女のトークに口を挟めたかは分からないが。
「会ったばっかりのアンさんに言うのもどうかと思うんだけど。私ね、今迷ってるの。何に迷ってるのかっていうと、大人になるか子供のままでいるか。子供のままでいたほうがお兄ちゃんにはいっぱい撫でてもらえると思うんだけど、子供のままじゃお兄ちゃんはきっと離れて行っちゃうし、きっと大人になったらもっと気持ち良いことが待ってると思うんだよね」
彼女の話を聞きながら、アンは何となく理解していた。
ドラゴン、あのプライドと知能の高い種族を一瞬で陥落させる指。それを十一年間受け続ける事の意味を。
シャワーが再びかけられ、シャンプーが洗い流されていく。
前髪を顔に貼り付けたまま、アンは動くことが出来ない。
恐る恐る、ようやく目を開けると、鏡に映った舞がニッコリと笑っていた。
「はい。今の全部ジョーダンね」
「はい!?」
「ごめんね、異世界の人には分かりにくかったよねー」
「じょ、冗談……」
言いながら、今度はタオルに石鹸をこすり付け始める舞。
アンの頭は混乱したままで、彼女の言葉についていけていない。
冗談だったのか。こちらの笑いのツボは本格的に自分達のものとは違うらしい。
アンが自分でも成分のよく分からない深い息を吐いていると。
「お兄ちゃん。体のほうは洗ってくれなくなっちゃったんだよねー。だからアンさんで憂さ晴らしさせてね」
鏡に映った舞が、タオルを持っていないほうの指をワキワキと動かしていた。
「そ、それも冗談ですよね」
「うふふふふ?」
「イヤーーー!!」
アンの悲鳴が風呂場に響く。
その日、その場所で、アンは魔王より恐ろしい人物を見たのだった。




