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VSドラゴン

 その夜は満月だった。

 明かりは月と燭台の上の蝋燭のみ。

「そこ、穴が開いてるから気をつけろよ」

 良に注意されながら、和室の中に入る。事情を分かっているのか分かっていないのか、キクもそれに続いた。

 そして儀式が始まる。

 焦げた黒マントを羽織った良と舞が、畳の上にチョークで魔法陣を描いていく。

 その間二人は喋らず、アンも無言を貫いていた。

 やがて魔法陣が完成すると、今度は魔法陣の外周である円に良が溶けた蝋を垂らし、一本一本蝋燭を固定していく。

 続いて舞と良が魔法陣の脇に立ち、呪文の詠唱が始まった。

「ラ・マセルダタナル」

「ラーナ・エンファウルト」

 交互に呪文を唱えていく二人。

 そしてそれが終わると、舞が癒樹の印章に口付けをし、良に手渡すと一歩下がった。

 それを受け取り頷くと、良が印章を両手に持ったまま足を高く上げ、その姿勢で息を吸い静止する。

 数秒の間。

 そして。

「見えた!」

 彼は突如として叫ぶと、手に持った印章を思い切り投げた!

 ガシャーーン! 大きな音が鳴る。

 アンはガラスが割れたのかと勘違いしたのだが、そうではない。

 なんと、魔法陣の上辺り、何もない中空に亀裂が走っていた。

 その裂け目から、オレンジ色の光が迸っている。

 アンがこの世界に来る時に見た、夕暮れ時のようなあのオレンジ色の光だ。

「俺はこれを、トワイライトゲートと呼んでいる」

 言いながら、良がその亀裂に近づき、謝るように手刀で叩いた。

 パキパキパキ、パリン。

 音がし、亀裂が更に広がったかと思えば、空間がゆで卵の殻のようにポロポロとはがれ、真円の穴となる。

「黄昏門……」

「まぁ、別にそれでも良いが」

 聞こえた通りにアンが呟くと、振り返った良が怪訝な顔をする。何かおかしな事を言っただろうか。

 アンが首を傾げていると、良は顔をゲートに向けなおし、呟く、

「では、入るか」

そのまま、彼は足をゲートの淵にかけ、入ろうとした。

「え、あ、ちょちょ!」

 突然の良の行動に焦ったアンは、慌てて彼のマントを掴み、引っ張った。

「あだっ!」

片足を上げた姿勢だった良が、バランスを崩し床に尻餅をつく。

「ちょ、ちょっと、待ってください!」

その間にアンは両手を広げ、彼から庇うように良とゲートの間に割り込んだ。

「い、今頭打ったぞ……何をするのだ」

 良が涙目で何か呟いているが、混乱したアンには聞こえない。

 え、何で良まで一緒に来ようとするの? 

 あぁそうだ。自分だけが異世界に帰るのだと伝えたのは、舞にだけだったとアンは思い出し、慌てて良を説得する事にした。

「良さんと舞さんがいなくなったら、きっとご両親は悲しみます。ですから……」

「あ、あぁ、それなら問題ない。舞は置いていくから」

 それに対し、良が立ち上がりながらあっさりと告げる。

「えぇ!? それも聞いてないよお兄ちゃん!」

「何だかんだで危険な世界ではあるからな。なぁに、魔王職が安定したら里帰りするから安心しろ」

「や、やだよ! 私がどれだけお兄ちゃんに依存してるか分かってないでしょう!?」

「何、兄離れなど意外とあっさりできるものだ」

「がんばってもできなかったもん! そんな事言うなら私がアンお姉ちゃんと行く!」

「あ、あのぅ、お二人とも……」

 え、何この流れ。言い争いをする二人に、アンは恐る恐る声をかけた。

 キッと、二人の視線がこちらに向く。

 が、その顔が、次第に驚愕に染まっていった。

「え? ど、どうしたんです?」

「ア、アンお姉ちゃん後ろ!」

「ぐっ!」

 舞が叫び、良がアンの手を取り強引に引いた。

 振り回されたアンはバランスを崩し、先程の良のように尻餅をついた。

 いや、ついてはいない。彼女の尻は、初日にキクが開けた穴にすっぽりと嵌っていた。

「な、何するんですか!?」

 もう少し自分が小尻だったら下に落ちていた所だ。

 先ほど自分がした事も忘れ、アンが抗議しながら良を見上げると、そこには信じられない光景があった。

「グオォォォォォ!」

 ゲートから飛び出したその顔が、大きな咆哮を上げる。

 猛禽類のような嘴。しかしその中に生えた肉食獣の牙。真っ赤な鱗で覆われた肌。縦に裂けた瞳孔。

 その頭自体が、前に立っている良と同じぐらいの大きさを持っている。

 それは、ドラゴンの首だった。だがキクとは比べ物にならないほど大型である。

 何で、今ここからこんなものが。

 混乱している間にも、アンを助け体勢を崩している良に、ドラゴンの首が一メートルほど伸び、襲い掛かる。

「良さん!」

 アンが叫ぶと同時に、目の前を黒い影が通り過ぎる。

「グケェ!」

「ガフッ!」

 それが勢いよくドラゴンの下顎を突き上げ、間一髪良を助けた。

「キク!」

 舞が叫び声を上げる。黒い影は、キクだった。着地した彼女は、威嚇するように吼える。

 その隙に、良が這うようにして、こちらに逃れてくた。

「おい、何やってるんだ! 逃げるぞ!」

「お、お尻が嵌っちゃって……」

「またかよこの洋ナシ体型!」

 罵りながら、良が手を差し出す。それを取って尻を抜こうとするが、存外ジャストフィットしてしまっており簡単には抜け出せない。

「な、何でドラゴンが!?」

「俺達が勘違いしてただけで、ゲートの先は毎回違う場所なんだろ!」

 なるほど。村にドラゴンが出現した訳ではないのかとほっと息を吐くアン。

 しかしすぐに、そんな場合ではない事に気付く。

 良の後ろではキクが応戦しているが、首だけとはいえやはり成竜には勝てないらしく、何度も跳ね飛ばされ傷を増やしている。

 そして、キクが奮戦しても竜にはブレスがある。それを吐かれれば、この部屋、いや、家自体が一瞬で燃え上がるはずだ。

「お、お兄ちゃん達、早く!」

 部屋の入り口まで退避した舞が叫ぶ。彼女も一歩二歩とこちらに近づこうと足を動かすのだが、竜が暴れる所為で動けないようだ。

「良さん、私は良いですから逃げてください!」

 たまらず、アンは叫んだ。

 竜同士が戦うあの間を抜けるのは難しいかもしれないが、こうして自分を引っ張り出しているよりはまだ生存の可能性がある。

「聞けるかっつぅの!」

 しかし彼は、それを聞き入れようとはしない。アンが離したその手を、逆に掴んで更に強く引っ張り上げようとする。

「迷惑です! 親切の押し付けです! 偽善です!」

「聞こえねぇ! 聞こえねぇ! 聞こえねぇ!」

 アンは舞に教えてもらった良が嫌がる言葉で必死に罵倒するが、彼は一向にその手を離そうとしないどころか、より強く握り締め、叫んだ。

「俺は魔王だ! お前の嫌がることなんて率先してやってやるわ! つうか親切? 思い上がるな! 俺はお前に親切にした事なんてねぇ! あれは、俺が全部自分でやりたかった事だ! あと笑顔がす、す、好きとか言われて喜ぶ魔王がいるか!」

「え、聞いてたんですか!?」

「部屋開けっ放しにしてれば聞こえるわ!」

 完全にぶちぎれている。そして逆切れしている。しかし、吹っ切れている。

 そこにはあの、気弱な表情を見せていた彼はもういない。

 その彼が懸命に引っ張ってくれていると言うのに、自分の尻は抜ける気配がない。

 相当ぴったりと嵌っているのだ。悟った良が、強く握っていた手を離した。

 ようやく諦めてくれたか。アンはほっと息をつきかけたが、それが自らの思い違いであることにすぐ気付く。

 背後に視線を向けた良の横顔が、先程より更に強い決意に満ち溢れていたからだ。

 そして彼はその視線を、竜ではなくその下に向けている。

「……こうなったら最後の手段だ。あの蝋燭を消す」

 先程とは打って変わった静かな調子で、良が宣言する。

 彼の言葉に、アンはハッとなった。そうか、確かアンが初めてこの世界に来た時にも、あの蝋燭が消えると同時にゲートが消失した。

 ならば竜が挟まっている状態でそうなれば……。

「それであいつの首チョンパだ」

 首をかき切る動作をする良。本当にそんな風に上手く行くだろうか。そもそも、ドラゴン同士が戦いあう、あの危険地帯をどうやって抜けるのか。

 いや、不安に思っても仕方ない。

 彼はもう、決めてしまったのだ。ならば。

「お前の帰郷は遅れるがな。まぁ……」

「魔王にでも攫われたと思って諦めます」

 覚悟を決め答えると、良がニヤリと笑った。

 そして、前方へと走り出す。

 それに気付いたドラゴンが彼に頭を向けた。が。

「ギャアアアア!」

 そこでキクが竜に酸を吐きかけた。それが目に直撃し、ドラゴンが暴れる。

 しかしその動きに巻き込まれ、キクが壁に叩きつけられた。

 まるで暴風雨のようにしなる首の中に、良は飛び込んでいく。

「のぉりゃぁ!」

 スライディングでゲートとドラゴンの下を間一髪潜り抜けると、彼はその勢いでゴロゴロと転がり、蝋燭をなぎ倒していった。

 しかし。

「良さん危ない!」

 寝転がった良に、早くも回復した竜が襲い掛かる。

 それを更に転がってかわしてから、良は膝立ちになった。

「くそ、あと一本……!」

 良が歯噛みをする。蝋燭があと一本、倒れずに残っていた。

 しかしそれに手を伸ばす暇もなく、竜がゲートを回り込むように首を伸ばし、襲い掛かってくる。そこへ――。

「デスファイヤー!」

 呪文が響く。

 良とドラゴンの間に突如火球が出現した。

「舞ちゃん!」

「ハァイ!」

 それを発生させた舞が、アンの呼びかけに軽く手を上げる。

 火球はドラゴンの魔法無効化によって即座に破裂し、火の粉を撒き散らす。

 しかし。

「イグニッション!」

 その時には、良が手を突き出し、魔法を完成させていた。

 ドラゴンの魔法無効化は自らに害が及ぶ魔法を無効化する。しかし、自らに害意の及ばない魔法であれば――。

「やった!」

 地面に張り付いていた蝋燭が、急にその接着力を無くし、地面に倒れた。

 その勢いで、蝋燭の火が消える。

「よし!」

 ゲートに亀裂が走る。

 そして。

 倒れた蝋燭、そこにデスファイヤーの火の粉が降り注ぎ、再び着火した。

「えぇーーー!!」

「なんだと!?」

 悲鳴と共に、止まるゲートの崩壊。

 茫然自失といった様子の良に、ドラゴンが大きく口を開ける。

 もうダメだ。アンが諦めかけたその時。

「グギャアアアアアアアアアア!」

 ドラゴンが、開いた口の中から特大の悲鳴を上げた。

「え?」

 何が起こったか分からず、一同は唖然とした。

 やがて竜は悲鳴を途切れさせると、ドスンとその首を地面に落とす。

 慌てて避ける良の足元で、竜の口からドクドクと血が流れた。

「ど、どうなったのだ? 俺の魔法が即死魔法にでもクラスアップしたか?」

「滑る魔法はどう成長しても即死魔法にはならないと思うよ……」

 言い合いながら、兄妹がドラゴンに近づき様子を伺う。

 キクもどうやら無事なようで、体をプルプル振ってから良の元へ歩いていく。

 アンもようやく穴から尻を抜く事に成功し、四つんばいになりながら竜へと寄った。

 ゲートはひびが入りながらも、まだ開いている。

 どうやら首が絞まった訳ではないらしい。

『おーーい! そっちに誰か居ますかー!』

 不意に、声が響いた。

 一様にビクリと体を震わせるアン達。

「い、今、向こう側から話しかけられた?」

 舞が恐る恐る周囲に尋ねる。

 アンにも、確かにそう聞こえた。ゲートの先に人がいる。それならば、もしや。

『すみませーん。誰か居ますかー?』

「は、はい! 貴方がドラゴンを倒してくれたんですか!?」

 急に力を失ったドラゴン。それを察するに、そうとしか考えられない。

『そうよー。コイツを退治しに来たんだけど、何か尻向けたまま穴に首突っ込んでるんだもん。助かったわ』

 アンが尋ねると、相手はそれを肯定した。

「ううん、こちらこそ助かりました!」

『なるほど、お互い様って事ね。そんじゃ野郎どもー! とりあえずコイツを穴から引き抜くわよ!』

『無理だって姐さん』

『首を切り落とした方が良いんじゃないか?』

 あちら側にも複数人いるらしい。女性と思われる声の他に男性の声が聞こえる。

『なるほど、よっと』

 女性が何かしたらしい、穴の向こうから轟音が響き、どさりと竜の首の根元がこちら側に落ちてきた。

 一斉に飛びのく良達。

「お、お前は先程から何を話しているのだ!?」

「え、その、皆さんには聞こえないんですか?」

「聞こえるけど、外国語みたいでどういう意味か分からないの。アンさんの言葉は分かるんだけど」

「そうか、相手方はゲートをくぐっていない所為で、翻訳魔法がかかっていないのだな」

 首を捻るアンに、良が解説する。なるほど、この穴を通らない限り異界の言葉は分からないのか。

 アンが納得している間にも、反対側ではドラゴン殺しの冒険者達が話し合っている。

『さっすが姐さん』

『その姐さんっての止めなさいよ。アンタより一個上なだけでしょ』

 アンは何故か、その声に聞き覚えがあった。

『へへ、すみませんね、ルナ=ノンマルトンさん』

 そして、その名前を聞いた途端、彼女は跳ね上がった。

「お姉ちゃん!」

「『お姉ちゃん!?」』

 アンの叫びに、その場にいる全員が驚きの声を上げる。

 しかし、驚いているのはアンも同じ事だった。

『お姉ちゃんって、もしかして……アン! あんたアンなの!?』

「やっぱりお姉ちゃんだ! 久しぶり!」

 あちら側からは見えないというのに、思わず手を振ってしまうアン。

 そんな彼女に、良が目を見開きながら尋ねる。

「お、お姉ちゃんって、あの露出狂の姉か?」

「お姉ちゃんは痴女じゃありません!」

『痴女……』

『まぁ確かに痴女だわな』

 アンは否定したが、向こうでは納得の声が上がっている。

『アン! ちょっとアンタそっちで何話してんの!? アンタらも同意すんな! え、いや、ていうか何でそんな所に!?』

 ゲートの向こうでは姉の慌てる声。あぁ、やっぱり痴女と思われてる……じゃなくて姉の声だ。確認したアンの胸に、何かがこみ上げてきた。

『ていうか、皆心配してたわよ』

「皆は嘘でしょう」

『……少なくともお父さんは心配してる。あと私も』

 アンの問いに、姉は誠実に、真剣な声音で答えた。

 それはそうだ。実は皆が自分を大切に思ってたなんて、そう都合の良い話は無い。

 でも、一年に一回ほどしか帰ってこない姉も、普段何を考えているか分からない父も、彼らなりに自分を心配してくれていたらしい。

 アンは、それに気づけてはいなかった。

 きっと、あちら側にはまだまだアンの気づかなかった事、見ようとしなかった事があるだろう。

「向こうは、何と言っているんだ?」

 恐る恐るといった顔で、良が問いかける。

「お姉ちゃん、それとお父さんが心配してくれたみたいです」

 答えると、彼は顔をしかめた。

 勢いで異世界に行くと言ったが、彼とて両親をこのままにしておくのを良しとしている訳ではないだろう。

 それに、妹を危険な世界に連れていく事も、しかしこの場所に残してしまう事にもためらいを持っている。

 だって彼は、優しいのだから。

「やっぱり私、一人で帰ります。攫われるのは、また今度という事で」

 なるべく平静を装って、アンはそう告げた、

 良、そしてその後ろにいる舞が、目を見開く。

「良さんがしてくれた親切は、全部、全部嬉しかったです。この世界に呼んでくれた事も、色んな物の使い方や、泳ぐ方法を教えてくれた事も。それに、私をここに留まらせようとしてくれた事も、全部」

 自らがする親切を偽善だと恐れ、迷っていた良。

 しかしそれに関しては、もう大丈夫だろう。おせっかいでも何でも、彼はきっと、それをせずにはいられないと自分で気付いたはずだから。

「でも、だからこそ私、元の世界で試してみたいんです。魔力が無いからとか、諦めていた事を色々。そうして、色んな事から逃げ出したっていう負い目が無くなって初めて、良さんと対等に向き合える気がするんです」

 アンが素直な胸の内を吐露すると、良が慌てて口を開いた。

「だ、だけどお前、このゲートが閉じたら次は何時まともな場所に繋がるか分からないんだぞ!? お前のいる場所の近くなんて到底……!」

「それでも、です」

 狼狽し、早口で言い募る良を、アンはまっすぐに見つめ、そう言い切った。

 それでも、今帰らないという選択は、アンにはできなかった。

 家族が待っている。それ以上に、今また彼らの優しさに浸ってしまえば、もう抜け出せない気がしたからだ。

 ゲートがピキピキと音を立てる。

 どうやら、本格的に時間切れが近いようだった。

 良は、何も言わない。拳を握り締め下を向いている。

 アンを引っ張り出す事ができず、結局彼女の姉に助けてもらう形になったのが、彼の心に響いているのかもしれない。

 舞も胸の前に手を当てたまま何かを堪えるような顔をしている。

 キクも帰るなら今なのだが、良の足元から離れようとしない。自分をまっすぐ見つめる瞳から、彼女には帰る気が無いのだと察せられた。

 彼女とは別の選択をした同じ世界の友に微笑んで、アンは彼らに背中を向けた。

 深呼吸をして、ゲートに向き合う。

「いつか、色々な問題が解決して、もし、それでも良さんがこちらに来たかったら……」

 迎えに来て下さい。そうは、言えなかった。

 それをするには、あまりにも乗り越えるべき障害が多すぎる。

 結局何も言わずにアンはゲートを潜ろうとした。

「……アン!」

 そんな彼女の名前を、良が初めて呼んだ。振り返らず、アンは動きを止める。

「前にも言ったが、俺は、嫌いな物を無理に好きになる必要はないと思っている」

 いつか、良と二人きりで話した時、そんな会話を交わした事がある。

 確かニンジンが好き嫌いの話だったか。

「嫌いな物あって、それを避けられない時自分を曲げるなど愚かな事だ。そんな事をするぐらいなら、そいつとぶつかって、相手のほうを曲げてしまえば良い」

「そんな事……」

 彼らしい意見だ。しかし、なんて無茶だろう。彼女が今向き合おうとしているのは、世界なのだ。そんなものに、自分が……。

「まぁ、お前のような一般異世界人には難しかろうな」

 頭を垂れた彼女の後姿に、良がいつもの無愛想な言い方で告げる。

 最後までそんな言い方をしなくても。アンは思わず振り返った。

 すると、彼は笑っていた。

「だから、俺がお前の嫌いな世界を滅ぼしてやる。絶対にだ」

 魔王というよりは悪戯好きの少年のような笑顔で、良は笑った。

 一瞬、その顔に見惚れてから、きっと彼ならそれをやってしまうだろう。アンはそう感じる。

 大したおせっかいだ。おせっかいで世界を滅ぼすなどという者は、きっと人間にも魔王にも他にいないだろう。

「私、私も絶対に行くから!」

 後ろで舞が叫ぶ。いつも余裕を見せていた彼女が、その顔を涙でぐちゃぐちゃに汚していた。彼女に大きく頷き、アンは良に視線を向けなおした。

「それより先にきっと、世界を好きになって見せます」

 宣言し、無理に笑って見せる。傲慢な笑顔と、涙でぐしゃぐしゃな顔。その二つを瞳に焼き付け、アンは消えそうになるゲートに飛び込んだ。

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