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VS異世界

「きゃっ」

「ぶふごぉ!」

 着地はすぐだった。

 体が落下した感覚がしたかと思えば、すぐに何者かの呻きが聞こえ、下に落ちていたはずの体が、今度は前方へと落ちた。

「え? え?」

 自分の身に何が起こったか、彼女にはまるで理解ができない。

 四つんばいのまま顔を上げると、そこには落ちる直前に見た、オレンジ色の光を発する穴があった。

 穴。確かにそれは穴だった。彼女は初め、それを絵画に穿たれた穴だと認識した。

 しかし、よく見れば違う。彼女が絵画かと思ったその背景は現実のものであり、穴は何も無い中空を当たり前のように穿っていた。

「魔法……?」 

 きっとそうだ。目にした事はないが、彼女のような普通の村娘が理解できない現象は、大抵魔法なのだ。

 そうか。自分は誰かの魔法で、咄嗟にあのドラゴンから助けられたのだ。

 彼女の中で辻褄が合い、アンは左右を見回した。

 この部屋に自分を助けてくれた魔法使いがいるはずだ。

 そうして、ある程度落ち着いた頭で周囲を見回してみると、そこはとても奇妙な空間だった。

 草を細かく編んだかのような床。正面は木枠に薄い紙を貼り付けたような壁。

 部屋の反対側には、派手な模様の毛布の上に板が乗っている。

 テーブルクロス? いやそれならば天板は布の下にあるべきだし、あんな厚手の毛布を使う必要は無い。それに随分と背が低い。 

 彼女に理解できるのは、床に白い線で書かれた魔法陣と、その丸い外周に置かれた蝋燭だけだ。

 その上に、件のオレンジ色の穴が浮かんでいる。

 やはりこれは魔法の儀式の痕跡のようだ。

 しかし肝心の魔法使いが……思いついて、彼女は後ろを振り返った。

「ひゃっ」

 すると、そこには黒いマントを羽織った少女がいた。

 十を超えるか超えないかの歳頃であり、振り返ったアンに対し、両手を掲げた姿勢でぽかんと口を開けている。

 とても高位の魔法使いとは思えない。しかしクマル国の十三代皇帝は、このぐらいの年でいかなる魔法も修めていたと聞いた事がある。

 そうだ、魔法使いに年齢など関係ないのだ。

 そう合点したアンは立ち上がり、振り向いてその幼い魔法使いに礼を言った。

「あ、ありがとうございます! 貴方が魔法で私を助けてくれたんですね!?」

「ふぎゃ!」

 するとどこからか、踏み付けられにじられた猫のような叫び声が聞こえた。

「……使い魔?」

「違うわぁ!」

 叫び声と共に、地面が盛り上がる。

 アンが尻餅をつくと共に、地面、もとい彼女に踏みつけにされていた人物が立ち上がった。

「ヒップアタックから上四方固め後即スタンプとはどういう了見だこの異世界人!」

 アンに指をつきつけ叫ぶ相手は、彼女と同年代の男だった。

 奥にいる少女と同じように黒マントを身につけており、どことなく顔も彼女に似ている。

「ど、どなたですか?」

「どなたですかだと!? まずお前から名乗れ!」

 狼狽したアンが尋ねると、男は激昂した様子ながらもっともな事を言った。

「え、あ、わ、私はアン=ノンマルトンです」

「普通な名前だな! 異世界人のくせに!」

 勢いに押された形でアンが名乗ると、初対面のはずの男が失礼な事を吐き捨てる。

 その言葉が、彼女の心に火をつけた。興奮しながら、思わず言い返す。

「ふふふふ普通ってなんですか!? じゃぁ貴方はどんな名前だっていうんですか!?」

「平平良良」

「ヘイヘイヨイヨイ?」

「違うわ! それでヒラタイラ良って読むんだよ! 漢字も読めないのかよ最近の異世界人は……」

 また何か叫びかけて、男の言葉がぴたりと止まる。

 コホンと咳払いをし。

「それでヒラタイラリョウと読むのだ。教養のない異世界人め」

 と罵倒しなおした。罵倒には変わりない。

 そんな事を言われても、男は確かに先程ヘイヘイと自分で楽しそうに名乗ったのだ。

 それを別の読み方で読めとはどういうことだ。

 アンは眉間に皺を寄せた。

 男も何か違和感を覚えたようで、首を捻っている。

 すると男の後ろにいた小さい方の少女が男の方を叩いた。

「なんか異世界移動ゲートをくぐると現地の言葉が分かるようになるけど、たまに誤翻訳するって書いてあるよお兄ちゃん」

 手に持った分厚い本を指差し、男に何事か説明している。。

「えーっと」

「あ、私は平平良舞。この男の人の妹」

「はぁ、初めまして。平たいラブさん」

「……うん、翻訳に関してはかなりダメみたいだね。私の事はマイって呼んでね。えーと、アンさん」

 相変わらず事態が飲み込めずに曖昧な返事をするアンに、少女がため息をつく。

「くそ、ポンコツ魔道書め。通りで安いはずだ」

 男、ヒラタイラリョウが魔道書とやらを、妹、舞から奪い取り床に叩きつける。

「でも異世界から召喚は出来たんだから成功なんじゃない?」

 それを舞がなだめた。

 先程から彼らが頻繁に出している単語、それがずっとアンには気になっていた。

 彼女はついに勇気を出し、彼らに質問をした。

「あ、あの、異世界ってなんですか?」

「だから読んで字の如く、異なる世界という意味だ。そのぐらいは流石に翻訳されているだろう?」

 良がバカにしたように肩をすくめた。この、異世界? においても、そういう仕草は共通らしい。

「要するに、お姉ちゃんの居た場所の常識とか法則とかがまるで通用しない遠い場所ってことね。ちなみにここは地球の日本って国だよ」

 それをフォローするかのように、舞が補足する。

 よくは分からないが、とにかく自分は一瞬にして、遠い場所へと連れて来られてしまったらしい。

 それだけを認識すると、アンは叫んだ。

「そ、その、困ります!」

「困る?」

「だ、だって、明日も朝食の準備をしなきゃいけないし、買い物もあるし、家族だって心配……」

 そう言い募り、アンは途中で言葉を詰まらせてしまう。

 頭の中に、今夜の出来事がフラッシュバックした。

「……心配するな。俺は別にお前のような一般異世界市民を呼び出すためにこんな儀式をしたわけではない」

 そんな彼女をどう思ったのか。良は後ろ頭を掻きながらそう告げる。

 もしかして彼は、自分を慰めているつもりなのだろうか。アンの意識が、追憶からそんな思考に引き戻される。

 それから、彼はニヤリと笑って黄昏色の穴へと近づいた。

「俺様が華々しくデビューする為にこのゲートを開いたのだ」

「ダ、ダメです!」

 そこで、彼に例を言うべきか迷っていたアンはようやく我に返った。

 良はそこをくぐろうとしているが、その先には……。

「ダメ?」

 彼女の言葉に振り向いた良の脇の下辺りから、黒いモノがにゅっと顔を出した。

 それは先程アンが襲われた生き物。小さなドラゴンの頭であった。

「ドラゴンが……出たー!」

「うおおおおお!?」

 それに気づいた良は、咄嗟の行動だろうがドラゴンの頭を脇の下に抱え込む。

 ドラゴンが嫌がり首を振ると、それだけで彼の体が浮き上がった。

「お、お兄ちゃん!」

「な、な、な、なんだこいつぅぅ!?」

 良が両手で竜の首に掴まり、上下に跳ねながら叫ぶ。

「だからドラゴンですよドラゴン!」

「ドラゴン、って、あの、火とか、吐く、奴、か!」

「そうですよ、火とか、ひぃぃぃぃ!?」

 アンの言葉が終わるより早く、ドラゴンは口を開きそこから何か飛ばした。

 それは舞のマントをかすめ、さらに床をも貫通する。

 刺激臭が鼻を突いた。

「酸か!?」

 良が叫んだその通り、それは高濃度の酸だった。しかしそのあまりの速度に、アンには空間が削れたようにしか見えない。

「ぬおおお!?」

 アンが壁に気を取られている間に、良の更なる叫びが響く。

 そちらを見ると、ゲートを飛び出した子竜の体が宙を浮いていた。

 正面へとスゥっと飛び出したかと思えば、重力に引かれて落ちる。

 自分もあんな風に出てきたのかしら。現実から逃避しかけたアンの頭がそんな事をぼんやりと考える。

「のおおおおおお!」

 落下した子竜が、ふるふると頭を振る。その度に良が左右へと振り回された。

 やがて、子竜の瞳がはっきりとこちらを捉える。

「逃げろ!」

 良が叫ぶが、アンも舞もすくんで動けない。

 子竜が再び口を開けた。

「くそ、こうなったら!」

 良が子竜の首に回していた手を片方放し、頭上に掲げる。

 それが背後にあるオレンジの光に照らされ、一瞬輝いて見えた。

 そして、振り下ろされる男の手。

 それが子竜を――。

「おー、よーしよしよしよし」

 撫で始めた。それも凄い勢いで。

「そんなこふぉ!」

 している場合かと、叫びかけたアンの口を後ろから舞が塞いだ。

「お、お兄ちゃんに任せて」

 そんな悠長な。自分が口を塞がれている今にも、子竜は口から酸を吐こうとしているのだ。

 舞の突飛な行動に驚き、いつの間にか体も動くようになっている。

 アンが慌てて逃げようとすると。

「キュオオオオ!」

 子竜が叫んだ。顎を上げ、背筋をぴんと伸ばす。

 更に良がその背中を撫でていくと、今度はくたりと力を抜き、彼に体を預けはじめたではないか。

 その顔はドラゴンなど初めて見たアンでも分かるほど弛緩しきり、良が首を掻いてやると、子竜のほうからそこを擦り付けている。

「相変わらず、お兄ちゃんのナデナデはすごい……」

「ぷはっ、な、なでなで?」

 舞が自分の口を開放したのでアンが聞き返すと、少女はうんと真剣な顔で頷いた。

「そう、お兄ちゃんのナデナデは特別なの」

「と、特別って……?」

「あれを受けたが最後。どんな生き物も抗えなくなってしまうの。誰彼構わず飛び掛って皆に恐れられていた三丁目の猛犬ペロだって、お兄ちゃんになでられた途端骨抜きになって、今では飼い主に撫でられても『ご主人様は好きだけど、でも私あの男の指が忘れられないの……』みたいな顔をするようになってしまって……」

「あ、あれは、魔法なんですか?」

 しみじみと語る舞を遮り、アンは彼女に問うた。

 ドラゴンと言えば最強の魔物であり、いくら獰猛だろうと犬と比べるべくもない。

 人間に屈するなど有り得ない生き物のはずだ。

 それが、今は気持ち良さそうに目を閉じ、口の端から酸の涎をジュウジュウとこぼしている。

「ううん、私達は魔法なんて使えないよ」

「で、でも……私を呼び出したじゃないですか」

「あれもいっぱい準備して、色々用意して、魔道書の通りにやって偶然できただけだから」

「そ、そうなんですか」

 それでも魔法は魔法じゃないの? とアンは思うのだが、この場所とアンのいた所では常識が違うのだと言われたこともあって、深くつっこむ事が出来ない。

「ようし、良い子だ。流石異世界最強生物。良い毛並みではないか。ほれ、首をあげろ」

 良が言うように、よく見ればそのドラゴンは短い毛が体を覆っており、皮膚は目と同じく金色をしていた。

 良が指示すると、子竜は言われた通り首を上げた。彼が両側から首の付け根辺りを揉んでやると、首を伸ばしプルプルと震える。

 ドラゴンは賢い種族で人語も解すると聞いたことがあるが、それに従うなどと言う話は聞いたことがない。

 完全に、ドラゴンを手なずけている。

 そんな事が出来る人間など、アンは知らない。

 いや、人間以外なら、ただ一人だけそんな事をできる存在に、彼女は思い当たった。

「……魔王」

 世界で唯一人……いや、正確には人間ではないが。そして倒されても倒されても現れるので単体でもないが、ドラゴンが従う存在と言えば魔物の長、魔王しかあり得ない。

 いやしかし、彼が魔王? まさか、自分を助けてくれた人がそんな事……。

「さぁて、俺様の技術が異世界に通じる事は分かったし、早速征服しにいくかー」

「魔王ーーー!!」

 しかし葛藤するアンの思いは、あっさりと裏切られた。

「わっはっは、その通り! 俺は貴様らの世界を支配する魔王だ!」

 指を突きつけるアンに対し、良は胸を張り高らかに宣言する。

 どうしよう、自分は本当にこれから世界征服をしに行く魔王に出会ってしまったのだ。

「ようし、とにかく異世界へワープだ! お前も戻してやるから感謝しろ!」

 勝手な事を言いながら、魔王は子竜の背中をポンポンと叩いた。子竜が名残惜しそうに立ち上がり、彼を見上げる。尻尾など左右に揺れていたりする。

 その様子に満足げに笑い、男がくるりとゲートに向き合った。

 何とか彼の侵攻を阻止しなければ。今は既に別の魔王が世界侵略を始めているのだ。

 それなのに更に魔王が増えてしまっては、本当に人類は支配されかねない。

 何とかしなければ、アンの頭がそんな思いで埋め尽くされる。そして気づくと彼女は。

「えーい!」

 子竜の尻尾を掴み、その体を魔王(仮)の頭に叩きつけていた。

「クケー!」

「ギャー!」

「お、お兄ちゃーーーん!!」

 三重の悲鳴が響き、魔王がバレリーナのように回転しながら異世界への穴をかすめ、周りに立ててあった蝋燭につっこむ。

 蝋燭が盛大に音を立て倒れ、魔王のマントに引火し、彼は痛みの為か火を消す為かゴロゴロと転がる。

 そのおかげで火は燃え広がらず、床を転々と焦がすだけで消火された。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 子竜の尻尾を掴んだまま、荒い息を吐くアン。

 パチンという音がし、部屋の中が眩しい光で照らされた。

「いきなり何すんだよ!」

 鎮火を確認した良が、寝転んだまま抗議の声を上げる。

 それから、「何をするのだ」と何の拘りか言い直した。

 一時の衝動から覚め、アンが口を開きかけた時。

 パキン。

 甲高い音が例の穴から響いた。

 全員がそちらに視線を向けると、穴であったはずの場所に氷のような膜が張り、パキンパキンと、そこに次々とひびが入っていく。

「あぁーー!!」

 とどめは後ろの少女、魔王の妹、舞の叫びであった。

 それに呼応するように、一斉にひびが広がり、ついにはバキィン! と一際高い音を立て、欠片を撒き散らしながら砕け散った。

「うひゃぁぁぁ!」

 降り注ぐそれを避けようと、奇声を上げながら転げまわる魔王――良だが、砕け散った欠片は地面につく前にスゥっと消滅した。

「あぁーーーー! 異世界ゲートがー!」

 そして良の頭上には、もはやあのオレンジ色のゲートとやらはない。

 明かりのついた、酸と焦げた匂いが充満する部屋に魔法陣だけが残されている。

「なななななんてことをしやがる! しやがりますのだ! するのだ!」

 良が立ち上がり、何度も同じ言葉を言い直しながらアンに詰め寄る。

「だ、だって貴方が私達の世界を滅ぼすっていうから」

「滅ぼすのではない支配だ! というかどうしてくれるのだ! 材料を集めなおすにはまた時間と費用が……」

「し、知らないですよそんな事!」

 まくし立てる良の剣幕に耐え切れず、アンは手に持ったもので己の身を庇う。

 そして彼女が手に持っていたものとは。

「シギャーーーーーー!!」

 こんな事は生まれて初めてだったのか。鈍器扱いをされた後、今まで放心していた子竜であった。

 子竜は大声を上げ口から酸を発射した。

 首を捻り、それを間一髪で良が避ける。

「うおおお、せっかく懐柔したのにこのバカ者が! お前ちょっと抑えてろ! バカ、こっちに口向けんじゃねぇよ!」

「え、え、え、でも今すごい暴れてて! 何とかしてくださーい!」

「誰のせいでこうなったと思ってる!?」

「お、お兄ちゃん、これ以上家を壊したらママが……!」

「言ってる場合かー!」

 こうして、西暦二千十年。

 アン=ノンマルトンは異世界の魔王の元へと召喚された。


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