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VS過去

「アンお姉ちゃん」

 声がかかったのは、それから二時間程経った後だった。

 いつの間にか眠っていたアンは、控えめなノックとその声で目を覚ました。

「入っても良い?」

「あ、はい……どうぞ」

 起き上がり、ベッドに腰をかけなおした彼女は、少し躊躇したが、そう答える。

 ベッドでもグルグルと考えていたのだが、自分の気持ちが自分の事なのにまるで分からず、とにかく誰かと話したい気分になっていた。

 遠慮がちに扉が開かれる。

 対面した舞は、アンの顔を見て痛ましそうに顔を歪めた。

 泣きながら寝た所為だろうか。アンはごしごしと顔を拭う。

「ごめんね、甲斐性の無いお兄ちゃんで」

 力なく、それでも悪戯っぽく笑いながら、舞はそう言った。

「甲斐性、ですか?」

「うん、こういう時は男の子がバァンと何とかするべきでしょう」

 などと言いながら、彼女は部屋に入ってくる。

「い、いえ、良さんは私の為に、お母様に頼んでまでくれているのに……私ったら」

 良が自分を庇い、この家にしばらく居させようとしてくれている。それはとても喜ばしい事のはずだった。

 しかし、彼のあの瞳を見た途端、何故だかその場に居られない気持ちになったのだ。

 いや、彼が電話をしていた時から、それよりもっと前から、自分は同じ気持ちを抱いていた気がする。

 その時の、そして今の自分に渦巻く感情が何なのか、アンには未だに分からないでいた。

「うちの両親ね。今両方とも別々に暮らしてるの」

「え?」

 舞の声で、意識が現実へと戻る。

 聞き返したアンの横に、ベッドを軋ませながら舞が座った。

「原因はお父さんの浮気。それでお母さんが出て行って、お父さんは今その浮気した女の人の所にいるの」

 その顔には自虐的な笑みが浮かんでいる。

 彼女の告白に何も言えず、アンは黙って話を聞いた。

「しかも、三回目。ひどい話だよね」

 彼女達の口から両親の話題が出ないのはそういう事だったのか。アンは遅まきながらに納得する。

 ふっと、舞の目が遠くを見た。

「……二回目の時、お兄ちゃんが一生懸命説得したの。皆が一緒に居られるように」

「良さんが……」

「でも、三回目が起こった。それでお母さんが辛い思いをして、私達も振り回されて、お兄ちゃんはそれでいっぱい悩んで、怖くなっちゃったみたい」

「怖、く?」

 アンの脳裏に、先程の良の表情が思い出される。

 そうだ、あの時の彼は、酷く怯えていなかったか。

「人に親切にしたり、自分で良かれと思った行動をするのが。自分があの時動かなければ、皆が余計に傷つくことはなかったんだって思ったんじゃないかな。だからお兄ちゃんは親切とか優しいとか言われるのを嫌がるの」

 本当はもっと分かりやすく優しいんだよ。舞は笑顔で補足した。

 そうだったのか。アンは悲しくなって息を吐く。

 だから彼は、魔王を名乗りぶっきらぼうな態度を取っていたのだ。

「で、もうめんどくさくなって、ここから逃げよう! って二人で決めて、どこが良いって相談したら、異世界って話になって」

「お、お二人らしいですね」

「まぁ、私達も本気で行けるなんて思ってなかったんだけどね。でも、これが失敗したら、どこかに逃げるなんてバカなこと言うのやめようとは、決めてた」

 楽しそうに述懐する舞。しかしその言葉の端々から、当時の彼らが如何に追い詰められていたかが伝わってきた。

「でも、アンお姉ちゃんが、ついでにキクが来てくれた。お兄ちゃんがずっとやっていいのか悩んでいた親切に、アンお姉ちゃんは全部ありがとうを言って、喜んでくれた。おかげでお兄ちゃんも段々、優しいお兄ちゃんに戻ってきて」

「そんな、私は普通の事をしただけで……」

「それが、お兄ちゃんには一番嬉しい事だったんだよ」

 言って、舞がアンに笑いかける。

 そう言えば彼女は、アンが来てから良がよく笑うようになったなんて言っていた。 

 笑顔、か。彼のそれを思い浮かべてみると、意外と沢山の場面が思い出される。

 傲慢に、不遜に、悪戯少年のように、そして優しく、確かに彼は笑っていた。

 そうやって思い出を一つ一つ並べていき、アンはようやく自らの気持ちに気づいた。

「……私、やっぱり帰ろうと思います」

 そうして、一つの結論が出る。

「迷惑かけてるから、なんて思ってるなら気にしないで良いんだよ?」

「そうじゃ、ないんです。私も、本当はずっとここに居たい。でも……」

 顔を覗き込む舞に、体ごと向き直り真剣な瞳で彼女を見つめる。

「きっと、今無理にここで暮らそうとすれば、良さんはずっとあの顔で暮らさなきゃいけなくなります。両親に負い目を作って、私にもきっと、すまなそうな目を向けて」

 息を吸う。ようやく、あの時自分が逃げ出した理由が、アンにも理解できた。

 あれは、体がもうここには居られないと悟ったからこそだったのだ。

「そんなの嫌です。私も笑ってる良さんが好きですから」

「そっか」

 首を傾げ笑うと、舞もそう言って笑い返した。

 自分も今、こんな風に切なげな笑顔をしているのだろうか。

 ――それからアンは、ベッドから立ち上がり階下の良に声をかけた。

 「帰ります」と告げると、背中を向けた彼は「そうか」とだけ言い立ち上がる。

 こうして、アンの帰還が始まった。

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