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VSキクVS舞

 プールに行って数日後。

「あ、キクちゃんごめんなさい」

 足元にいたキクを、洗濯籠を抱えたアンは跨いで居間に入った。

 ドラゴンを跨ぐなどこちらに来るまでは考えられなかった事だが、今では自然に行える。

「踏んじゃっても良いのに」

 ソファーに寝転がって雑誌を広げる舞は、そんな事まで言い出す始末だ。

「流石にそこまでは……」

 キクはキクで、アンに跨がれても視線をちらりと向けるのみだが、流石に踏まれれば竜としての本性を露にするだろう。

 いや、竜だからアンが乗ったぐらいではビクともしないはず。でも最近私太ったような気もするしどうだろう。

 ……この世界の食事が美味し過ぎるのがいけないんだ。

 などと考えこんでいたアンだが、やっぱり踏むのはいけないだろうという結論に達した。

「ダメですよ。キクちゃんとも仲良くしなきゃ」

「だって、キクってば昨日もずぅっとお兄ちゃんの膝の上に居てさ。お兄ちゃんも気まぐれに撫でるもんだから調子に乗っちゃって。とんだ雌竜だよ!」

「個性的な罵り方ですね」

 舞はキクが嫌いらしい。その原因はキクに兄の手を独占されているからのようだが。

 ちなみにその兄だが、現在はトイレで奮闘中である。

 原因はアイスの食べ過ぎによる腹の冷やし過ぎで、そんな魔王に世界を支配される事を考えると、アンは別の意味で恐ろしかった。

 と、そこで、アンは遅まきながら舞の発言に違和感を覚える。

「あれ、キクちゃんって、雌なんですか?」

 舞はキクが雌であると確信しているようだ。あちらの世界出身である自分すら、ドラゴンの雄雌など分からないのに、彼女はどこで見分けているのだろう。

「間違いなく雌だね。お兄ちゃんに媚びる表情で分かるもん」

 それに対し、舞は当たり前のようにそう答えた。どうやら、女の勘といモノらしい。

 しかし良を巡って喧嘩をしている二人を見ると、それも正しい気がしてくる。

 女の戦い。とりあえず自分の人生には関係ないものだったな、と考えて、アンはふと今まで疑問だった事を舞に尋ねてみる気になった。

「そういえば、私は良いんですか?」

「何が?」

「私のせいで舞ちゃんと良さんが連れ回されることも多いですし、舞ちゃんは髪を洗ってもらうのを楽しみにしたっていうのにお風呂は私とですし」

 これではキクより余程恨まれそうなものだが。

 アンが問うと、舞は雑誌を手放し唇に手を当て、天井を見ながら考える仕草を見せた。

 それからアンと目線を合わし、言う。

「アンお姉ちゃんの事、好きだから」

 彼女の答えに、アンはざっと体を引いた。

 思わず踏みそうになったキクが慌てて飛びのく。

 そんなに必死で逃げなくて良いのに。私ってキクちゃんにまで重いと思われてるのかしら。などとアンは唇を尖らせた。

 それをケラケラと笑ってから、舞は語りだした。

「あ、好きってそう言う意味じゃないよ。二割ぐらいそういう意味も入ってるけど、でも私って、そこのアホ竜みたいにただお兄ちゃんに撫でられれば満足って訳じゃないの」

 そう言ってキクと一瞬火花を散らし、彼女は言葉を続ける。

「お兄ちゃんが笑いながら撫でてくれるのが好き。楽しい時とか、褒めてくれる時とか、アンお姉ちゃんは、そういうお兄ちゃんを沢山引き出してくれるから」

 一転、本当に、幸せそうに舞はそう呟く。アンも彼女の事は妹のような意味で好きなはずなのに、その表情を見ているとドキドキとしてくる。

「わ、私色々ミスをするので、そのフォローで舞ちゃんが誉められる事はありますけど、その、良さんを楽しい気分にさせた事なんて……」

「あるよ。いっぱいある。お兄ちゃん、アンお姉ちゃんが来てからよく笑うようになった。素直じゃないからちょっと分かり辛いけど」

「そう、なんですか?」

 自分が来る以前の良を知らないアンとしては、まるで想像ができない。

 どんな感じだろう。良の普段の顔といえば、渋さの無い渋い顔が思い浮かぶアンなのだが、案外それでちょうど良くダンディな顔になるのかもしれない。

 アンが一通り想像の世界に浸り終え、舞に意識を戻すと、彼女が口元に笑みを浮かべたまま、少し寂しそうな顔をしていることに気づいた。

「私が、それをできないのはちょっと悔しいかな……。でも、だから、感謝はしてるけど邪魔だとか迷惑だとか、この毛色黒皮膚金腹黒のサンドイッチ伯爵雌竜! だとかは思った事ないよ」

「あの、舞ちゃん。キクちゃんの毛が逆立って、その金色の皮膚が覗いてきているのでその辺りで……」

 前半は中々けなげかつ嬉しい事を言ってくれた気がするのだが、後半の罵倒の所為で完全に台無しである。

 おかげでアンは素直に礼が言えない。

 それだけならまだしも、彼女はゆっくりと立ち上がったキクの視線を遮る壁にならざるをえなくなった。

 どうしようと内心汗を流しているアンの後ろで、トイレのドアが開く音が聞こえた。

「……そんな所で何を突っ立っている」

 アンの気も知らずに、トイレから出てきた良が彼女にいつものジト目を向ける。

 キクが良に言いつけようとしているが如く、後ろ足で立ち彼のふとももに手を置いて良を見上げた。

 半ば習慣になっているようで、良はキクを抱き上げながら意味も無くよしよしと撫でる。

 ネコであれば喉を鳴らしているような、気持ちが良さそうな顔で丸くなるキク。

 舞はやはりムッとした顔をしたが、動物と張り合っても仕方ないと今更悟ったのか息を吐き、話題を締めくくった。

「アンお姉ちゃんがお兄ちゃんを奪いたいとか、奪って閉じ込めて煮ちゃいたいとか考えてるなら、話は別だけど」

 最悪な締めくくり方だった。

「そ、そんなの考えた事ありません!」

 アンが慌てて否定すると、舞は冗談、と微笑む。

 何を言うのだろう。自分は良に、そんな猟奇的な感情を覚えた事はない。

「お前ら、俺をどうするつもりなのだ」

 その部分だけ聞いた良に至っては、もはや顔が青くなっていた。

 そんな良を、キクが慰めるように舐める。

「俺の味方はお前だけか」

「美味しいか確かめたんじゃないですか?」

「恐ろしい事を言うな!」

 思いついてアンが言うと、怒られた。やっぱり自分は彼を怒らせてばかりな気がする。

「でも、食費が嵩む前に捨てた方が良いよその雌」

 先程喧嘩になりかけたばかりなので自重しているようだが、やはり機嫌は良くないようで、キクをもはや雌呼ばわりしながら舞が言う。

「あ、竜って五百年ぐらいは食べなくても大丈夫だそうですよ。趣味で食べるだけで」

 どこに捨てるのかという疑問もあるが、こんなに懐いてるのに流石にそれは可哀想だ。

 そう思い、アンは舞を宥める。

 そしてもちろん、アンの言っている事は事実である。おかげでアンも、キクの餌を特別に用意している事はない。

 その日の余りや、賞味期限直前の物を与えているのみだ。

 ドラゴンにそんな事をして実は恨まれてないかしら。今更ながらアンは不安になったが、まぁキクは人間が……というかドラゴンができている竜なので大丈夫だろう。

「げっ、何その反則。でも大きくはなるんでしょ?」

「それも自分の意思で何とかなるみたいです。その内、人化も覚えるそうですし」

 食い下がる舞に答えると、彼女はもはや何も言えないようで顔をしかめた、。

 そういう顔をすると良に似ている気がする。アンは微笑した。

 竜が人になる。アンの世界では割とありふれた物語だ。それは絵物語ではなく、実際に竜の生態は、その人間の姿になった竜の話によって解明された物も多い。

 美人や美形になる場合が多いのよね。 などとアンが考えていると。

「人間化か」

「あ、鼻の下伸ばした」

 想像したのか、顔を緩ませた良に、舞が鋭く指摘する。

「まぁ、覚えるドラゴンも限られてて、それにしても五十年ほどかかるそうですけど」

「なんだ……」

「あ、ガッカリした」

 次いでアンが補足すると、今度はこちらが見ても分かるぐらいに良は肩を落とした。

 それから、こちらを見ていつものジト目になる。

 何だろう、とアンが見つめ返していると。

「何で睨むんだお前ら」

「え、今私睨んでました?」

 彼はそんな事を言った。

 言われたアンは、ぐにぐにと顔を揉む。いやいやまさか。自分までキクに嫉妬するなんてそんな訳……。

「あぁ、舞と姉妹に見えたぞ」

「あ、今のってダジャレって奴ですか?」

「違うわ!」

「あははははは!」

 不機嫌だった舞が、それで盛大に笑った。

 しかし、不機嫌顔の舞と似ていたという事は良とも似ていたという訳で。

 私ってこんな怖い顔してたのかしら。失礼にもそんな事を本人を目の前にしながらアンは考えた。

 ……一緒に生活していると顔が似るという。

 だからきっと、良さんのそんな顔と似てしまったんだわ。

 そう思いながら、アンは顔を揉み続ける。

 キクはそ知らぬ顔で、良の腕の中、欠伸をしていた。

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