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VSプール3

「この世界の衣服は、無防備すぎると、思うんです」

 顔を必死で上げながら、途切れ途切れにアンは主張する。

 彼女の手を取りながら、良は呆れた顔をしていた。

「いーから集中して泳げ。ただでさえ尻が重いのだから沈むぞ」

「そういう、デリカシーのない発言も、どうかと思います! というか浮き輪に引っかかった時お尻触ったでしょう良さん!」

「アレは緊急措置だ! というかそんな事を公衆の面前で騒ぐ奴がデリカシーとか主張すんな!」

 罵りあいながら、良が手を引きつつ後ろ歩きをするのに合わせ、アンはバタ足で進んでいく。

「いっちにーいっちに」

 それを楽しそうに眺めつつ、舞が出鱈目なリズムを刻む。

 水泳の練習は、ひとまず好調であった。

 最初は水に浮く事さえできなかったアンだが、今はバタ足を休んでも体が浮く事を知っている。

 例えどんなに尻が重くても、だ。

 顔を水につける事はまだ少し怖いが、良がそれを忘れる程度にスパルタでしごく為、徐々に慣れていっている。

 自分が泳げるはずがない。そう思い込んでいたはずのアンだったが、一時間も経てばこの通り、泳ぎながら文句まで言えるようになっていた。

 ……魔力孔が無い人間は水に浮く事ができない。それを姉から聞いた時、アンはそうなんだと簡単に納得し、以来確かめようともしてこなかった。

 だが、それは間違いであった。

 他にも、こんな事、あるのかな。

 アンの頭にそんな言葉が浮かぶ。自分が勝手に諦めていただけで、他にも色々できた事があるのではないか。

「おい」

 ふと、そんな思考に沈みそうになったアンを、良が呼び戻す。

 気付けば、バタ足が完全に止まり、アンは良に引っ張られるままになっていた。

「アンお姉ちゃん疲れた? そろそろ休憩時間だから早めに休もうか?」

「まったくお前は、もっと自分の限界をだな……」

 心配そうに、舞が顔を覗き込んでくる。良もアンが無茶をしたのだと思って渋い顔である。

 大丈夫ですと慌てて答えてから、アンは別のことに気が付いた。

「そういえば良さんって、私の名前を呼んでくれたこと無いですよね」

「な、何だ、藪から棒に」

 突然のアンの言葉に動揺する良。繋いだ手にぎゅっと力を篭めながら、アンはプールの底に足をついた。

「だって、私に呼びかける時はいつもおい、とかお前―とかなんですもん」

「い、良いだろうが別に。俺がお前をどう呼ぼうが勝手だ!」

「またお前って呼んだ! ちゃんと呼んでくれないなら私だってこれから良さんの事ヘイヘイって呼びますよ!」

「なんでそうなる!?」

「魔王ヘイヘイ。良いんじゃない、楽しそうだし」

「そんな威厳の無い名前、断固断る!」

 茶化す舞に、良は叫び返す。それはそれで可愛いと、アンは思うのだが、彼が嫌がっているなら説得は別の機会にするとして。

「じゃぁアンって呼んでください」

 今の重要項はこちらである。まっすぐに良を見つめ、彼に訴えかける。

「ぐぬぬぬぬ……」

 唸る良だったが、アンが手を離さないのを察し、ついに口を開いた。

「ア……」

 そして、言いながら繋がれた腕を広げ、アンに体を寄せてくる。

 え、名前を呼んでとは言ったけれど、いきなりそんな事……。

 動揺するアン。

 その足首を、良が自らのかかとで払った。

「あっぶ!」

 体が水に沈み、いきなりの凶行に驚いたアンは、思わず手を離してしまう。

 アンが水面から上がり、顔をごしごしと拭っていると、その間にプールから上がった良が振り向いて一言。

「アホが! 絶対に名前なんかで呼ぶものか!」

 そうして彼は、どこぞへと走り去ってしまった。

 監視員が良を注意する声が響く。

「な、名前で呼ぶってそんなに恥ずかしい事なんですか?」

「お兄ちゃんはまぁ、純情だから……」

 唖然としながらアンが尋ねると、同じく流石にビックリしたらしい舞が顔を見合わせる。

 異界の男の子ってやっぱり分からない。などと考えながら、アンは首を捻ったのであった。

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