三姉妹の真ん中の地味令嬢ですが、忘れられた誕生日を騎士様が覚えていてくれました
神様、どうしてよりによって三姉妹の真ん中の私だけ地味なのでしょう。
私、エリーズ・ベルフォンは何度そう嘆いたかわからない。
ベルフォン伯爵家の姉妹は美人姉妹として有名だ。
姉も妹も母譲りの金髪に父譲りの碧の目。くっきりとした華やかな顔立ちで、その場に立っているだけで思わず注目を集めてしまう。
姉は王家の血を引く公爵様に嫁いだ。
そして今、妹がなんと隣国の王子様に見初められ、婚約の準備の真っ最中。国の代表のようなものなので王宮に泊まり込み後見人となった王妃様の下嫁入り前に教育を受けている。
姉は公爵夫人、妹は隣国の王子妃。さすがベルフォン姉妹ね、なんて社交界で囁かれているらしい。
でも、ちょっと待ってもらいたい。
ベルフォン姉妹にはもう一人いるのだ。それが私、エリーズ。
華やかな姉や妹と違い、父譲りの茶髪に、父方の祖母譲りの茶色の目。顔立ちも悪くないはずなのだけれど、どこかぼんやりとしている。つまりありふれた娘。
そんな私の存在は社交界ではほぼ忘れ去られている。いかんせん印象が薄いので。
ベルフォン姉妹の真ん中? そう言えばいたっけな。という感じ。
まあ、それでいい。
美しすぎる姉や妹のような姿をを期待されて一方的にがっかりされるくらいなら、存在感がないくらいで十分だ。
もともと人付き合いが得意な方ではないし。
それに、家族はきちんと私を大切にしてくれるからそれでいい。
そう思っていたのだけれど。
「エリーズ。今日はフロランスの婚約の件で会食があるから、夕食は一人で食べてくれ」
朝食の席、父からそう言われて私の頭は真っ白になった。
妹の婚約準備で忙しいのはわかる。何せ相手は隣国の王子様。王家も巻き込んでの手続きがあるらしく、バタバタとしている。妹にベタ惚れの王子様は、一刻も早く妹を自国に呼び寄せたいのだ。
でも、よりによって今日?
他の日だったら、私は「わかりましたお父様」と答えられただろう。
でも、今日だけは。
――だって、今日は私の十八の誕生日なんだもの。
毎年、家族の誕生日は皆でささやかなお祝いをしている。少し食事が豪華になるとか、そういった程度のものだけれど。
でも、私には重要だった。家族の絆が感じられるから。
嫁いだ姉や、王子妃教育で忙しい妹がいないのは仕方がない。
でも、両親だけは。
妹の婚約準備で忙しいことはわかっている。仕方ない部分もあるだろう。なら、せめて一言、誕生日なのにすまない、と言ってほしかった。
「……」
「エリーズ?」
なかなか返事をしない私に父が怪訝そうに名前を呼ぶ。
本当に忘れてるんだ……。ショックを受ける。
「わかりました。お父様」
ようやくそう答えたけれど、口調はこわばっていたいに違いない。
両親が私の誕生日を忘れて予定をいれてしまったこと。
思いの外私はショックだったらしい。
予定通り、定期的に通っている孤児院のお手伝いに来たのだけれど、自分でも覇気がないのがわかる。心が重い。
針仕事に興味がある子たちとテーブルを囲み、みんなで教会で開かれるバザーに出品する小物を作る。わからないところ教えたり、手伝ったりするのが私の役目だ。
なるべくいつも通りにしていたつもりなのだけれど……。
「どうしたの? おねえちゃん。げんきないよ?」
子どもたちの一人が私に心配そうに尋ねてくる。
え、と私は固まってしまった。そこまで顔に出ていたのか。
――誕生日を家族に忘れられちゃったの。
さすがに本当のことを言うのは憚られた。だって、ここにいる子どもたちには親がいない。
それなのに、私はこんなことで落ち込んでいるなんて知られてはいけない気がした。
だから、私は努めて明るい声を出す。
「え? そう? 昨日、すこし夜更かししちゃったからかも」
「えー。よふかしいけないんだ!」
「ごめんなさい……」
「いいよ。今日は早く寝てね」
「わかったわ」
このやりとりで、どうやら子どもたちはごまかせたらしい。私はほっとする。
(子どもたちに心配されるなんてまだまだね)
反省しつつも、いつも通り子どもたちの様子に気を配りながら、作業を続ける。
テーブルの上から落ちそうになる糸の束を安全なところに避難させたり、使いっぱなしのはさみを一箇所にまとめたり。
他にも、針の扱いだけは、きちんとしなさい、と口を酸っぱくして言う。
そうしているとほんの少しだけ気が紛れた。
誕生日を忘れられただけで、こんなに落ち込んでいてはいけない。それくらいわかっている。
でも。
家族に軽んじられた気がして嫌だったのだ。
華やかな姉と妹。当然、真ん中の私も二人と同じレベルの容姿を期待される。
けれど、私は二人とは全然違う地味な容姿。よく見ると顔立ちが似ているところがなおせつない。
何度、社交界でがっかりされたことだろう。足が遠のきつつあるのも仕方ないと思う。
けれど、家族だけは違った。両親は私を姉や妹と同じように扱ってくれた。姉妹仲は悪くない。きちんと「ベルフォン姉妹の地味な真ん中」ではなく「私」として扱ってくれる。
なのに。
とうとう家族にすら見放されてしまった……。
そこまで飛躍するのは良くないと思う。でも、そう思い始めたら止まらなくなってしまったのだ。
子どもたちに悟られないように小さくため息をついていると、外がにわかに騒がしくなった。
どうやら予定通り到着したらしい。
今日は、週に一度、この国の王女殿下が孤児院の慰問に来る日なのだ。
王女殿下は私と同じ年。銀色の髪に深い青の瞳とキラキラした容姿。にもかかわらず、ここにいる子どもたちにも気さくに接してくださる素晴らしい方だ。
しばらくすると、王女殿下が部屋に現れる。
子どもたちがざわめいた。みんな王女殿下のことが大好きなのだ。
「おうじょさまだ!」
駆け寄っていく子どもたちを嫌がらずに対応する王女殿下。孤児院への慰問ということで、多少汚れてもかまわないシンプルなデイドレスをお召しになっている。
近くには護衛騎士のガスパール・ヴィリエ様がいつも通り真面目な顔で立っていた。
ヴィリエ伯爵家の次男である彼は、すらりとした体型でいつも隙なく周囲を伺っている感じがする。短い金髪に蒼い瞳。精悍な顔立ちの彼はいつも唇を引き結んでいる印象だ。今日は、王女殿下のものなのか小さな袋を持っている。
隙のない真面目な騎士様。
ぱっと目が合った。私は思わず目をそらす。
鋭いまなざしは、何かやらかしてしまったかな、とドキリとするのだ。
「あら。みんな、ここまで進んだの。早いわね」
王女殿下がにこにこしながら子どもたちの作業を見ている。子どもたちが得意げに自分がつくったものの説明をしている。
王女様がいても私のやることはかわらない。自分の刺繍をしながら子どもたちの様子を見る。
うまく出来ない子に基本的なことを改めて教えたり、色の相談に乗ったり、仕立ての手伝いをしたり。意外とやることは多い。
王女殿下も子どもたちの作品を順番に見ている。
みんなが快適に作業できるために努力するのが私の役目。
「……?」
ふと視線を感じて私は振り返った。そこにはいかにも勤務中です! といった顔をしたヴィリエ様がいる。
気のせいだったのだろう。
首をかしげつつ顔を上げると、ぱっと王女殿下と視線が合う。王女殿下はにっこりと笑った。
「ベルフォン伯爵令嬢。少しいいか?」
そうヴィリエ様に声をかけられたのは、作業の合間の一休み、おやつの時間だった。
並ぶのは、王女殿下からの差し入れの焼き菓子だ。みんなでテーブルを囲むのだけれど、ヴィリエ様だけはいつも立っている。定位置でじっとしているのがいつもだったのだけれど、珍しく私のところに近づいてきたのだ。
「なんでしょうか」
「ちょっとこちらへ来てくれないか?」
若干言いにくそうにヴィリエ様が言う。
なんだろう。王女殿下に失礼な態度は取っていないはず。思わず自分の行動を振り返りながら私は立ち上がる。
ヴィリエ様が歩き出したので私も黙ってその後をついて行った。
部屋を出たところでヴィリエ様が立ち止まる。くるりと振り返った。
「その、ベルフォン伯爵令嬢」
「はい」
「えっと、その……」
けれど、なかなかヴィリエ様は次の言葉を発しようとしない。
「もしかして、私、知らない間に失礼でもしていたでしょうか?」
「違う!」
おずおずと尋ねる私にヴィリエ様は大きな声を出した。
ごほんと咳払いをすると、すっと真面目な顔になる。
「その、ベルフォン伯爵令嬢、これを」
ヴィリエ様が私に持っていた袋を渡す。
不思議に思いながらもヴィリエ様から袋を受け取る。中に入っていたのは色とりどりの飴が入った瓶だった。
「わあ」
甘い物は好きだ。思わず明るい声が出る。
孤児院の子どもたちも喜ぶだろう。孤児院の子どもたちにとって、甘い物は貴重なのだ。
「ありがとうございます。みんな喜びますね!」
「ち、違う」
「――え?」
慌てたようなヴィリエ様に、私は思わず瞬きをした。
「違う。それはあなたへの贈り物だ。子どもたちには別に用意している。王女殿下から配られるはずだ」
「わたし、に?」
思いがけないヴィリエ様の言葉に私はきょとんとした。
「記憶違いだったらすまないが、今日はあなたの誕生日、なんだろう?」
(――え?)
私は思わず大きく目を見開く。
そう言えば、以前、話の流れで誕生日について王女殿下と三人で話したことがある。
といっても、ヴィリエ様は小さく相づちを打っていただけだけど。
「覚えていて、くれたんですか?」
「ああ。もちろんだ」
大真面目な顔でヴィリエ様がうなずく。
「ありがとう、ございます」
両親に忘れられた誕生日を、ここにしっかり覚えていてくれる人がいたんだ。
私の胸がほっこりと温かくなる。
「とても、嬉しいです」
口元に笑みがこぼれる。
「ああ。喜んでもらえたなら、嬉しい。改めて、お誕生日、おめでとう」
私の笑みに釣られたのか、ヴィリエ様がほんのわずかに微笑む。
私は思わず息を呑みそうになった。
いつも無愛想なヴィリエ様の笑顔。
もともと整った顔立ちだ。思わずどきりとしてしまうほどその笑顔は綺麗だった。
なんだかどきどきしてしまう。
「ベルフォン伯爵令嬢、よかったら――」
ヴィリエ様がそう言いかけたときだった。
「ガスパール。きちんと渡すことができた?」
王女殿下が私たちの間に割り込んできた。
「お、王女殿下!」
ヴィリエ様が動揺している。
王女殿下は私が飴の瓶を持っていることに気づいて、にっこりと笑った。
「あら、きちんと渡せたのね。よかったわね」
「できればもう少し待っていただきたかったのですが……」
ヴィリエ様がほんのちょっぴり恨みがましそうに言う。
「ごめんなさい。もうきちんと渡していると思っていたのよ。お邪魔虫は退散するわね」
おほほほほ、と笑いながら王女殿下は去って行った。
私は若干ぽかんとその姿を見送る。
「あー。その、殿下のことはあまり気にしないでくれると嬉しい」
「そうなんですか?」
「ああ。面白がっているだけだから。……やっぱり殿下に相談するんじゃなかったな」
最後の言葉は小さくて私にはあまり聞こえなかった。
「呼び止めて悪かった」
「いえ。ありがとうございます。誕生日覚えてくれていて、とても嬉しかったです」
私はにっこりと笑う。
私の誕生日をきちんと覚えていてくれる人がいた。
それがどんなに嬉しかったか。ヴィリエ様には感謝してもしたりない。
私は大切な宝物のように瓶を抱きしめた。
「そんな大したことじゃない」
「いえ。そんなことありません。そう言えば、さっき何か言いかけてませんでした?」
ふと私が思い出して尋ねると、何故かヴィリエ様はしまった、というような顔をした。そこから視線をわずかにさまよわせる。
「ヴィリエ様?」
「いや、その、――今度、改めて言う」
少し考えた後に、ヴィリエ様が苦笑した。
「いいんですか?」
「ああ。それより、長い間呼び止めてすまなかった」
私は首を振る。そうだ。一つ思いついたことがあった。
「いえ。全然。そういえば、ヴィリエ様も一緒におやつどうですか?」
「ありがとう。だが、今は職務中だから」
「今は?」
「――休憩中だ。あまり休憩しすぎると殿下に後で怒られるかもしれない」
それは――大変だ。私は少し後ろ髪を引かれる思いで席に戻る。
ヴィリエ様は定位置に立った。
私が椅子に座ると、王女殿下が好奇心に満ちた瞳で尋ねてくる。
「エリーズ。ガスパールからプレゼントはもらって?」
「はい」
「ふふ。ガスパールがいきなりお菓子のことなんて聞いてくるから不思議に思ったけれど、あなたにあげるためだったのね。――今日お誕生日なんですってね。お誕生日おめでとう。エリーズ」
「ありがとうございます」
誕生日おめでとう、の言葉に周囲の子どもたちが反応する。
「だれの誕生日なの?」
「エリーズよ。みんな祝ってあげてね」
私が止める間もなく、王女殿下が子どもたちに向かって言った。
子どもたちがうん、と大きくうなずく。
「エリーズ! おたんじょうびおめでとう」
みんなが声を揃えてお祝いしてくれる。
朝、いじけた気分でいたのが嘘みたいに、私の気持ちが晴れていくのがわかった。
みんなの、とくにヴィリエ様のおかげだ。
彼が私の誕生日を覚えていてくれたから。
ちらりとヴィリエ様を見ると、彼は私を見て、よかったな、とでも言いたげに微笑んだ。
帰りの馬車の中ではヴィリエ様にもらった瓶をずっと眺めていた。
私の誕生日をきちんと覚えていてくれるひとがいた。それだけで朝の重苦しい気分は晴れている。
ただ、やっぱり家に戻ると少しさみしい気持ちにはなる。
なので、私はヴィリエ様からいただいた瓶を開けて、一つ赤い飴を口に含んだ。甘い。
妹の婚約ももう少しで片付くだろう。
だから。来年はきっと。
自分にそう言い聞かせていると、にわかに屋敷が騒がしくなった。
(特に来客の予定はないはずだけれど……?)
不思議に思って部屋から出ると、ちょうどメイドと鉢合わせする。
「エリーズ様。今、呼びに行こうと思っていたんです」
「……どうしたの?」
「旦那様と奥様が帰られました!」
嬉しそうに言うメイドに、え? と私は固まった。
今日は用事があったんじゃないの? どうして?
小さな期待を抱えながら私は両親が待つ居間へと向かった。
扉を開けるなり――。
「悪かった。エリーズ。悪気はなかったんだが、忙しくて頭からすっかり抜けていたんだ」
「本当にごめんなさいね。よりによって誕生日を忘れるなんて」
両親が私に頭を下げた。
正直驚いた。わざわざ戻ってきてくれるとは思わなかったのだ。
しかも、こんな風にまっすぐ謝罪してくれるなんて。
朝に生まれたしこりのようなものがとけていく。
「……」
「フロランスに怒られたのよ。今日はエリーズの誕生日でしょう、って。本当に申し訳ないわ」
「それで、戻ってきてくれたの?」
「ええ。当たり前でしょう?」
母が言う。父もうなずいていた。
私の胸に温かいものが広がる。
わかっていたけれど、私は別に見捨てられてはいなかったんだ。
「それで、プレゼントは何がいい? 詫びもかねて少し奮発してもいいぞ」
真面目な顔で父が言う。
ほしいもの。とっさに思い浮かばない。
「少し考えてもいい?」
「もちろんだ」
急に予定が変わったにもかかわらず、その日は毎年と同じようにちょっぴり豪華な食事になった。あとで料理人に聞いたところ、こうなることをある程度予想していたらしい。
今日、王宮であったときに妹から預かったのだ、と言って両親はプレゼントの包みを二つ渡してくれた。姉と妹連名だそうで、中身は白いレースのショールだった。二人からのメッセージカードもついていた。
二人もきちんと覚えていてくれたんだ。
夕食を終えた私は幸せな気持ちで部屋に戻る。ふと、ヴィリエ様にもらった瓶が目にとまる。
最低な誕生日の朝だったけれど、ヴィリエ様にこれをもらってから、好転したような気がする。
ある意味幸運を呼ぶ飴なのかもしれない。私の口角が知らずのうちに上がる。
飴のつまった瓶を見ながら私は考える。
――今度会ったときには、ヴィリエ様にも自分から声をかけよう。
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