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第5話後半 価値から通貨へ ― 共同体、国家、そして貨幣の本質

前半で明らかになった「価値差 → 記録 → 通貨」という流れを踏まえ、

後半ではいよいよ 国家通貨の成立と通貨論の誤解 に踏み込む。


国家はなぜ通貨を必要としたのか。

通貨はなぜ国家の支配下に置かれたのか。

そして、なぜ国家通貨は「国家の支払い」と「税の強制」で流通するのか。


さらに後半では、

世の中で語られる通貨論――

物々交換起源説、金銀本位、銀行信用創造、市場価値論、財政破綻論――

これらをハクがすべて反論としてぶつけ、

総研が一つずつ論破していく“議論の劇場”が展開される。


通貨とは何か。

なぜ誤解が生まれるのか。

そして、なぜMMTが通貨の本質を説明できるのか。


シリーズの通貨編を決定づける、核心の一話。

時計が八時を少し過ぎ、 部屋の空気はさらに落ち着いた静けさに包まれていた。


ハクはクッションを抱えたまま、挑発するような目で総研を見た。


「ここまでで、通貨の本質はだいぶ見えてきたよ。 物の交換には価値差があって、共同体という社会で価値差の記録が必要になり、記録を簡単にするために通貨になった。 国家がそれを吸収して、 現代通貨理論(MMT)につながるって流れね。」


総研は静かに頷いた。


「うん。 通貨の“根っこ”はそこにある。」


ハクは体を起こし、


「じゃあ、ここからは“世の中でよく言われてる通貨論”を全部ぶつけるよ。 読者が抱く疑問を、僕が全部代弁する。」


と宣言した。


総研は湯呑を置き、


「いいだろう。 順番に片付けていこう。」


と答えた。


ハクは最初の矢を放つ。


「まずはこれ。 “通貨は物々交換の不便さを解消するために生まれた”。 教科書にも書いてあるし、みんなそう思ってるよね。」


総研は少しだけ目を細めた。


「その説は“もっともらしい”けれど、歴史的には存在しない。 共同体の内部では、物々交換はほとんど行われていなかった。 贈与、負債、義務―― 価値差は“関係の流れ”として扱われていた。」


ハクはすぐに反論する。


「でもさ、共同体の外の人間とは交換してたんじゃない? 敵対してる部族とか、距離のある集団とか。 そういう相手とは“物々交換”が成立してたはずだよね。」


総研は静かに頷いた。


「その通りだ。 共同体外との接触では、物々交換は実際に行われていた。 ただし、それは“例外的で断続的な取引”にすぎない。 制度としての交換ではなかった。」


ハクは眉をひそめる。


「制度じゃない?」


総研は続けた。


「物々交換は、敵対者や距離のある集団との“一回限りの取引”として現れる。 そこには、義務も負債も、継続的な記録も存在しない。 だから、通貨の起源にはなり得ない。交換できないものは交換しなかった。通貨は“制度”として生まれる。 共同体内部の、 贈与、負債、義務、役割、記録―― こうした関係の網があって初めて、通貨は意味を持つ。」


ハクはゆっくりと頷いた。


「……つまり、外部との物々交換はあったけど、 それは通貨の起源じゃないってことか。」


総研は微笑んだ。


「そうだ。 通貨は“内部の制度”から生まれた。 外部との交換は、その制度の外側にある。」


ハクは姿勢を正し、次の疑問を投げた。


「じゃあ国家通貨はどうやって流通するの? 国家から通貨で支払われるから、みんな通貨を求める…… それだけじゃ弱い気がする。」


総研は湯呑を置き、静かに言った。


「国家通貨の流通は、 “国家が支払うから”ではなく、 “国家が税を課すから”だ。国家はこう言う。 『税はこの通貨で払え。』すると、人々はその通貨を必ず手に入れなければならない。 国家に価値を提供する人々―― 兵士、職人、農民、役人、教師―― 彼らは国家から通貨で支払われる。 そして、すべての人が税を払うためにその通貨を必要とする。これが国家通貨の本質だ。」


ハクは深く息を吐いた。


「……つまり、 国家通貨は“国家の支払い”と“税の強制”の両方で流通するんだね。」


総研は静かに頷いた。


「その通りだ。 この二つが揃って初めて、国家通貨は社会全体を動かす力を持つ。」


ハクはさらに攻めるように言った。


「じゃあこれは? “金や銀は価値があるから通貨になった”。 これは直感的にわかりやすいよね。」


総研は机の上の銀貨の写真を指で押した。


「金や銀は“価値の象徴”として使われただけだ。 価値の源泉はそこにはない。価値の源泉は、 国家の徴税権と支払い能力だ。」


ハクは銀貨を見つめながら呟いた。


「……つまり、金銀は“通貨の本質”じゃないんだね。」


ハクはさらに踏み込む。


「そう、通貨は金や銀でなくともかまわなかった。本質的には記録の簡略化だから、木でも石でも良かったが、摩耗、破損、分裂、偽造を防ぐために金や銀が使われただけだ」


ハクは疑問を変えて続ける。


「じゃあこれは? “銀行が貸し出すことで通貨が生まれる”。 現代の通貨は銀行が作ってるって話、よく聞くよ。」


総研は静かに首を振った。


「銀行が貸し出すことで“信用貨幣”は生まれる。 だが、それは“国家通貨の枠組みの中”でしか成立しない。銀行が貸し出す通貨は、 最終的には国家が発行した通貨で決済される。 銀行は国家の制度の中で動いている。つまり、 銀行信用は“国家通貨の派生物”であって、 通貨の本質ではない。」


ハクは少し驚いた顔をした。


「……銀行が通貨を作ってるんじゃなくて、 国家の通貨システムの中で動いてるだけってことか。」


ハクはさらに攻める。


「じゃあこれは? “通貨の価値は市場が決める”。 為替レートとか、需要と供給とか、そういう話。」


総研は静かに答えた。


「市場は“通貨の価値を揺らす”ことはできる。 だが、価値の“基礎”を決めるのは市場ではない。通貨の価値の基礎は、 国家の徴税権と支払い能力だ。」


ハクは深く息を吐いた。


「……つまり、市場は“通貨の本質”を決めてないんだね。」


ハクは最後の矢を放つ。


「じゃあ最後。 “国は借金で破綻する”。 これ、テレビでもよく言われてるよね。」


総研は静かに首を振った。


「国家は自国通貨を発行できる。 だから、自国通貨建ての借金で破綻することはない。破綻するのは、 外貨建ての借金、 供給能力の不足、 政治的な混乱。 この三つだけだ。」


ハクはしばらく黙り、 やがて静かに言った。


「……つまり、 通貨の本質を理解していない議論は、 全部“表面だけ”を見てるってことか。」


総研は頷いた。


「そうだ。 価値差、共同体、国家、国家通貨、現代通貨理論(MMT)。 この流れを理解すれば、 通貨論の誤解はすべて解ける。」


時計が八時半を告げる。 静かな夜の中で、 通貨論の核心がようやく姿を現した。


二人の言葉が途切れると、部屋にはしばらく静けさが流れた。


湯呑の中の温度はすっかり落ち着き、窓の外には夜の深さだけがゆっくりと積もっていく。


ハクは天井を見上げながら、小さく息を吐いた。


「……通貨って、ただのお金じゃなかったんだね。 人と人の関係から始まって、共同体の制度になって、 国家がそれを引き継いで、 今の通貨の仕組みにつながってる。」


総研は静かに頷いた。


「通貨は“価値を運ぶ道具”じゃない。 “価値の差をどう扱うか”という、人間社会そのものの仕組みなんだ。 だからこそ、通貨を理解することは、 社会の成り立ちを理解することと同じなんだよ。」


ハクは少し笑った。


「つまり、通貨をめぐる誤解って、 通貨だけを見てるから生まれるんだね。 価値差、共同体、国家…… その全部を見ないと、本質にはたどり着けない。」


総研は湯呑を手に取り、残った一口を静かに飲み干した。


「そうだ。 通貨は“結果”じゃなくて“流れ”だ。 価値差があり、共同体があり、国家があり、 その上に通貨がある。 順番を間違えなければ、通貨論は迷わない。」


ハクは深く頷き、


「……なるほどね。」


と静かに言った。


総研は微笑んだ。


「ここまで価値とそれが生み出す通貨を見てきたが、ここまではいわばこれから先の議論を理解するためのプロローグに過ぎない。次は搾取についてになる」


時計が九時を告げる。 二人の前には、次の議論へと続く静かな道が開けていた。

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