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第5話前半 価値から通貨へ ― 共同体、国家、そして貨幣の本質

価値はどこから生まれ、なぜ通貨という形を取るのか。

人と人の間に生まれる“価値差”は、交換ではなく、

贈与・負債・義務といった“関係の流れ”として共同体を動かしていた。


その価値差を記録するために生まれたのが、

通貨の最初の姿――“記号としての通貨”。


本話前半では、

共同体内部で価値がどのように扱われ、

なぜ記録が必要になり、

どのようにして通貨的なものが流れ始めたのかを、

総研とハクの静かな対話を通して丁寧に描いていく。


通貨の本質を理解するための、最初の大きな一歩となる回。

夕食を終えた部屋には、まだ温かい湯気が残っていた。


時計は七時を少し過ぎ、窓の外には夜が静かに沈み込んでいく。


総研は湯呑を置き、前回の議論の続きを自然に引き取るように話し始めた。


「価値の差が、人と人の間に生まれる。 その差を埋めるために交換が行われる。 だが交換は“一対一”ではなく、共同体の中では“関係の流れ”として続いていく…… ここまでは前回話した通りだね。」


ハクはクッションを抱えながら頷いた。


「うん。 価値差は確かにあったけど、交換は“その場で完結するもの”じゃなかった。 贈与とか負債とか、そういう“ゆるい流れ”が共同体を動かしていた。」


総研は机の上に置かれた古い粘土板の写真を指先で押した。


「そうだ。 そして、その“ゆるい流れ”を記録する必要が生まれた。 ここから、共同体の中で“通貨的なもの”が動き始める。」


ハクは少し身を乗り出す。


「つまり、通貨は“交換のため”じゃなくて、 “価値差の記録のため”に生まれたってこと?」


総研は静かに頷いた。


「その通り。 共同体の中で価値差を記録し、関係の流れを整えるための“記号”が必要になった。 それが、通貨の最初の姿だ。」


ハクは目を細めた。


「……じゃあ、その記号はどうやって共同体の中を流れていったの?」


総研は湯呑を手に取り、少しだけ残った温かいお茶を口に含んだ。


「たとえば、ある村では貝殻が使われていた。 貝殻そのものに価値があるわけじゃない。 これは“あなたが私に負っている義務の証”として使われたんだ。


収穫の時期、AさんがBさんの畑を手伝ったとする。 その労働の価値差を記録するために、BさんはAさんに貝殻を渡す。 Aさんはその貝殻を持って、別の日にCさんから米を受け取る。 Cさんは『AさんはBさんから価値を受け取っている』と理解しているからだ。


つまり、貝殻は“価値差の記録が共同体の中を移動するための記号”だった。」


ハクは目を見開いた。


「……交換じゃなくて、価値差の“移動”なんだね。」


総研は頷いた。


「そうだ。 そして、この価値差の移動を支える仕組みが、共同体の制度なんだ。」


ハクは首をかしげる。


「制度って、具体的には何のこと?」


総研は静かに説明した。


「制度とは、共同体の中で価値がどう扱われるかを決めるルールのことだ。 誰がどの仕事を担うか、誰が誰を助けたか、どれだけの義務があるか、 その義務をどう記録し、どう引き継ぐか。 こうした“関係の網”を支える仕組みが制度だ。


通貨は、この制度の中で初めて意味を持つ。」


ハクは深く頷いた。


「……つまり、通貨は“制度の中で動く記号”なんだね。」


総研は続けた。


「共同体が大きくなると、価値差の記録も複雑になる。 村が十、二十と増え、互いに関わり始めると、 “価値差の記録を統一する必要”が生まれる。 ここで通貨は、共同体の記号から、地域全体の制度へと変わる。」


ハクは息を呑んだ。


「……つまり、通貨は共同体の拡大とともに“統一される”ってこと?」


総研は頷いた。


「そうだ。 そして、この統一を行う存在が国家だ。」


ハクは少し身を乗り出した。


「国家が通貨を取り込むって、どういうこと?」


総研は机の上の銀貨の写真を指で押した。


「国を守るために兵士を雇い、兵士に給与を払う、そのために税を統一し、領域を支配する、国家は徴税と軍事のために通貨を必要とした。 国家はこう言う。 『税はこの通貨で払え。』


するとどうなるか?」


ハクは答えようとして、ふと止まった。


総研は続けた。


「通貨を求めるのは、税を払うための人々だけじゃない。 国家に価値を提供するすべての人―― 兵士、職人、農民、役人、教師―― 彼らは国家から“通貨での支払い”を受ける。 だから彼らは通貨を要求する。もう一度言うと、通貨は国民全員が国家に税を支払うために通貨を必要とし、国家は国民が税を支払うことができるように通貨を流通させた、ということだ。つまり、国家通貨は “国家に価値を提供する人々が通貨を求めることで流通する” という構造を持っている。」


ハクは深く息を吐いた。


「……なるほど。 国家が通貨を流通させるのは、 “税の強制”だけじゃなくて、 “国家・国民に価値を提供する人々が通貨を求めるから”なんだね。」


総研は静かに頷いた。


「その通りだ。 そして、この構造が成立して初めて、 現代通貨理論――MMTが意味を持つ。」


ハクは眉を上げた。


「MMTって“お金を刷れば何でもできる”って理論じゃないの?」


総研は首を横に振った。


「MMTはそんなことは言っていない。 制約は“通貨の量”ではなく“供給能力”だ。 労働力、設備、技術、資源。 これらが余っているなら、通貨を発行してもインフレにはならない。 逆に、供給能力が不足していれば、 通貨を発行しなくてもインフレになる。」


ハクは深く息を吐いた。


「……つまり、インフレは“お金の量”じゃなくて、 “社会がどれだけ生産できるか”で決まるってことか。」


総研は静かに頷いた。


「その通りだ。 そして、この理解がなければ、 国家通貨の本質も、MMTの意味も見えてこない。」


時計が七時半を告げる。


静かな夜の中で、通貨の本質についての対話はさらに深まっていった。


「ここで少し休憩しよう」


総研は、深い議論をするために少し間を開けた。

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