第14話(前編) 制度の分岐点
資料室の空気は、いつもと同じ静けさを保っていた。
窓から差し込む光が、机の上に広げられた資料の端を淡く照らしている。
総研は、世界各地の制度構造をまとめた図をゆっくりと広げた。
ハクは席に着き、静かに息を整えた。
総研の手元にある資料の量から、今日の話が大きな転換点になることを感じ取っていた。
総研は図の中央に指を置いた。
「これまで見てきた搾取制度には、共通する構造がある。支配者が富を独占し、下層が負担を背負う。制度が固定化し、社会の流動性が失われる。搾取は、個人の悪意ではなく、構造の結果として生まれる。」
ハクはその言葉を静かに受け止めた。
「じゃあ……搾取って、誰かが“悪いことをしよう”と思って起きるわけじゃないんだね。」
総研はうなずいた。
「制度が閉じていれば、搾取は自然に発生する。情報は偏り、選択肢は閉ざされ、能力は発揮されない。閉じた制度は、社会をゆっくりと衰退させる。」
ハクは視線を資料に落とした。
そこには、歴史上のさまざまな社会が、同じような軌跡をたどって滅びていく様子が記されていた。
「搾取制度は、最初は安定しているように見える。だが、成長しない。閉じた制度は、いずれ限界に達する。」
総研は資料を閉じ、別の図を広げた。
そこには、搾取制度とは対照的な構造が描かれていた。
「ここからが今日の本題だ。搾取制度とは反対の方向に進む制度がある。社会が成長し、人々が能力を発揮し、未来が開かれていく制度だ。」
ハクはその図を見つめた。
線が広がり、枝分かれし、選択肢が増えていく。
搾取制度の図とはまったく違う形をしていた。
「これが……包括的制度?」
総研は静かにうなずいた。
「包括的制度は、社会の構造を“開く”制度だ。情報が共有され、選択肢が広がり、能力が発揮される。閉じた制度とは逆に、成長する方向へ向かう。」
ハクは少し考え込んだ。
「じゃあ……包括的制度って、自由が必要なんだよね。」
「そうだ。自由は包括的制度の前提条件だ。だが、自由だけでは不十分だ。」
総研は新しい資料を手に取った。
そこには、教育制度の歴史的変遷が記されていた。
「包括的制度が成長するためには、もう一つの柱が必要になる。それが教育だ。」
ハクは息をのんだ。
「教育……?」
「自由は選択肢を開く。だが、選択肢を扱う能力がなければ、自由は機能しない。教育は、自由を現実の力に変える制度だ。」
資料室の空気が、静かに沈んでいく。
ハクはその言葉の意味をゆっくりと噛みしめた。
「じゃあ……包括的制度って、自由と教育の両方が揃って初めて成り立つんだね。」
総研はうなずいた。
「次は、その教育がどのように制度を支えるのかを見ていくことになる。」
ハクは深く息を吸った。
搾取制度の影を見てきたからこそ、これから語られる“教育の光”がどれほど重要なのかを感じ取っていた。
資料室の静けさが、次に語られる内容の重さを静かに予告していた。




