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第13話(前半) 搾取の構造と日本の例外性

資料室の空気は、いつもと同じ静けさを保っていた。

窓から差し込む午後の光が、机の上に広げられた地図と古い文献を淡く照らしている。

総研は、日本列島を描いた地図をゆっくりと広げた。

紙の端は少し黄ばみ、長い時間を経てきたことを物語っている。

ハクは席に着き、静かに息を整えた。


「今日は……日本の話なんだよね?」


総研はうなずいた。


「そうだ。これまで自由と平等の光と影を見てきた。今日は“日本はなぜ搾取的制度にならなかったのか”を見ていく。」


ハクは少しだけ目を見開いた。


「搾取って……世界では“普通”なんだよね?」


「世界史の標準形は搾取だ。支配者が富を独占し、民衆が負担を背負う構造は珍しくない。」


総研は地図の上に指を置いた。


「だが、日本は例外だった。搾取が制度として固定化しにくい構造を持っていた。」


ハクは身を乗り出した。


「どうして……?」


総研は別の資料を取り上げた。

そこには江戸時代の村落構造と“村請制”の仕組みが図解されている。


「まず、地理と環境だ。日本は平野が少なく、山が多く、自然災害も多い。水田農業は共同作業が必須で、村落は強い自治能力を持った。」


ハクは図を見つめながらつぶやいた。


「じゃあ……支配者が無理に搾取しようとすると?」


「村が崩れ、田が荒れ、年貢が入らなくなる。結果として、支配者自身が破綻する。つまり“搾取が合理的ではない土地”だった。」


ハクは静かに息をのんだ。


「環境が……搾取を抑えていたんだね。」


総研はうなずき、今度は武士の俸禄制度を示す資料を開いた。


「次に、武士階級の構造だ。武士は土地を私有せず、俸禄で生活する行政官だった。」


ハクは首をかしげた。


「土地を持たないって……どうなるの?」


「搾取のインセンティブが弱いということだ。土地を持たなければ、農民から搾り取っても自分の収入は増えない。武士は“取れば取るほど得をする階層”ではなかった。」


ハクは目を見開いた。


「じゃあ……武士は“支配者”というより、“役目を果たす人たち”だったの?」


「そうだ。武士は“公に奉仕する官僚”として位置づけられていた。ここが、日本の制度の大きな特徴だ。」


資料室の静けさが、二人の理解を深めるように広がっていく。

総研は、古代の律令制度を示す文献を手に取った。


「もう一つ重要なのは、天皇の位置づけだ。古代から天皇は土地を私有せず、税を私財化しなかった。“王=搾取者”という構造が日本では成立しなかった。」


ハクはその言葉を静かに受け止めた。


「じゃあ……日本には、“搾取の中心”が存在しなかったんだね。」


「少なくとも、王権が搾取の中心にはならなかった。これは世界史の中でもかなり珍しい。」


ハクは視線を地図に落とした。

山が多く、川が多く、平野が限られた日本列島の形が、今までとは違って見えた。


「環境と制度の両方が、搾取を“やりにくく”していたんだね。」


総研は静かにうなずいた。


「そしてもう一つ、日本には“奉公”という倫理があった。武士は“公のために働く”という価値観を持ち、私利私欲を抑えることが求められていた。」


ハクはその言葉を胸の中で反芻した。


「搾取を“恥ずかしいこと”と感じる文化があったってこと?」


「そうだ。制度だけでなく、文化もまた搾取を抑制していた。」


資料室の光が、机の上の資料を静かに照らしていた。

ハクは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


「日本って……すごく“守られていた”んだね。環境にも、制度にも、文化にも。」


総研は少しだけ目を細めた。


「守られていたというより、“搾取が根づきにくい条件が重なっていた”と言った方が近いかもしれない。」


ハクはうなずいた。

そのうなずきには、これまで見てきた“光と影”との違いを感じ取った気配があった。

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