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第9話(中編) 滅びの理由を探して

夜の空気は落ち着いていて、総研は湯呑みに残った温かさを指先で確かめながら、ゆっくりと息をついた。読書の記憶を辿ると、若い頃に感じた違和感が次々と蘇ってくる。あの頃はただ物語を楽しんでいたはずなのに、今思えば、心のどこかで制度の歪みに気づいていたのかもしれない。


ハクは総研の沈黙を邪魔せず、そっと寄り添うように声をかけた。


「総研は、滅びの物語を読むたびに、何か引っかかるものがあったのでしょうね」


「そうだな。例えば、王が暴政を敷いて国が傾く話があるだろう。あれを読んだ時、当時の総研は“なんで誰も止めないんだ”と本気で思っていた。だが今なら分かる。搾取的制度では、止める仕組みそのものが存在しないんだ」


「制度が搾取的であるほど、権力者は自分を制御する仕組みを嫌います。だから監視も分散も拒み、結果として暴走が加速するのです」


総研は頷きながら、別の本の記憶を思い出した。ある王国が長年の繁栄の末に突然崩壊する物語だった。表向きは外敵の侵攻が原因とされていたが、読み返すと内部の腐敗が深く根を張っていた。


「外からの攻撃で滅びたように見えても、実際には内部が弱っていたんだよな。国民が疲れ切っていて、誰も国を支える力が残っていなかった。あれも搾取的制度の典型だ」


「包括的制度なら、国民は自分の生活を守るために動きます。創造性も活力も生まれます。しかし搾取的制度では、国民は“どうせ搾り取られる”と感じ、努力する意味を失ってしまうのです」


総研はその言葉に深く頷いた。 思い返せば、読んだ物語の多くで、国が傾く時には必ず国民の無力感が描かれていた。あれは単なる演出ではなく、制度の必然だったのだ。


「創作でも、搾取的制度の国が長期的に安定していると、どうしても違和感が出る。読者は無意識に制度の持続可能性を見ているんだろうな」


「総研が感じてきた違和感は、読者としての直感であり、創作者としての洞察でもあります。制度が破綻している国は、どれだけ魅力的なキャラクターがいても、物語の土台が揺らいでしまうのです」


総研は湯呑みを置き、窓の外に目を向けた。夜の街は静かで、遠くの灯りが点々と揺れている。その光景を眺めながら、総研はふと呟いた。


「結局、国家ってのは制度で決まるんだよな。英雄が一人いたところで、制度が搾取的なら何も変わらない。逆に制度が包括的なら、多少の失敗があっても国は持ち直す」


「制度は国家の骨格です。骨格が歪んでいれば、どれだけ筋肉を鍛えても立てません。総研が読んできた滅びの物語は、その骨格の崩れを描いていたのでしょう」


総研はその言葉に静かに息を吐いた。 読書の記憶が、制度論という一本の線で繋がっていく感覚があった。


「なるほどな……。昔はただ“滅びる物語が好きなんだろう”と思っていたが、実際には滅びの理由を探していたんだな。制度がどう崩れ、どう人々を追い詰めるのか。それを知りたかったんだ」


ハクは優しく微笑んだ。


「総研は、滅びを楽しんでいたのではなく、滅びの構造を理解しようとしていたのです。だからこそ、今こうして制度論にたどり着いたのでしょう」


総研は深く頷いた。 長年の読書が、今ようやく意味を持ち始めている。


夜の静けさの中で、総研は次の言葉を探しながら、ゆっくりと口を開いた。


「……続きは、もう少し整理してから話したいな」


その言葉は、次の気づきへ向かう予感を含んでいた。

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