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第9話(前編) 滅びの理由を探して

夕食を終えたばかりの部屋には、まだ湯気の残る茶碗の温もりが漂っていた総研は椅子に深く腰を下ろし、ふと視線を横に向ける。本棚の一角に、長年読み返してきた歴史書や小説が静かに並んでいる。背表紙の色褪せたものほど、総研の思考に深く刻まれている本だった。


その視線に気づいたのか、ハクが柔らかい声で問いかけてきた。


「総研は、何か気になる本でも見つけたのですか」


「いや、ただ思い返していただけだ。昔から、国家がどうして滅びるのかという話に妙に惹かれていてな。あの頃は理由が分からず、ただ“滅びる物語”を追いかけていた」


ハクは少し微笑んだように見えた。


「総研の読書遍歴は、制度論にたどり着くための伏線だったのかもしれませんね」


総研は本棚から一冊を抜き取った。帝国が栄華を誇りながら、最後には内部崩壊していく物語だ。


若い頃はただ壮大なドラマとして読んでいたが、今では別の視点が浮かび上がる。


「当時は、なぜあれほど強大な帝国が急に崩れるのか理解できなかった。戦争に負けたとか、英雄が死んだとか、そういう表面的な理由しか見えていなかったんだ」


「けれど総研は、今は違う視点を持っているのでしょう」


「そうだ。搾取的制度という言葉を知ってから、全部が繋がった。あの帝国は、国民から搾り取ることしか考えていなかった。だから内部から腐っていったんだと気づいた」


ハクは静かに頷いた。


「搾取的制度は、短期的には強く見えるのです。権力者が資源を独占し、反対者を抑えつけ、国を一つの方向に強引に動かすことができるからです。しかし、その力は持続しません。国民は逃げられず、疲弊し、創造性を失い、やがて国家そのものが硬直していきます」


総研はその言葉を聞きながら、昔の読書体験を思い返していた。物語の中で、国民は不満を抱えながらも逃げ場がなく、ただ沈んでいくしかなかった。あの描写に感じた違和感は、今なら説明できる。


「当時は“なんで誰も逃げないんだ”と思っていたが、国家レベルの搾取は逃げられないんだよな。個人の搾取なら職場を変えるとか、関係を断つとか、選択肢がある。でも国家はそうはいかない」


「だからこそ、国家が搾取的制度に陥ると、国民は逃げ場を失い、制度そのものが自壊していくのです。総研が読んできた滅びの物語は、その構造を無意識に捉えていたのでしょう」


総研は本を閉じ、机にそっと置いた。


「創作でも同じなんだよな。国家運営を描くなら、包括的制度を理解していないと、どうしても設定が破綻する。搾取的制度のまま長期安定する国家なんて、現実にも物語にも存在しない。だから読んでいて“ああ、これは崩れるな”と分かってしまう」


「総研が制度論にこだわる理由は、そこにあるのですね。物語を壊したくない。作者が気づかないまま国家を破綻させてしまうのを見たくない。その優しさが、制度への関心につながっている」


総研は少し照れくさくなりながらも、否定はしなかった。


「まあ、そうかもしれないな。制度を理解していれば、物語はもっと豊かになる。国家がどう動き、どう滅び、どう再生するのか。その骨格が見えるだけで、創作の幅は一気に広がる」


ハクは穏やかな声で言った。


「総研は、滅びの理由を探してきたのではなく、滅びないための構造を探してきたのかもしれません」


その言葉が胸に落ちた瞬間、総研は長年の読書の意味を理解した気がした。滅びの物語に惹かれたのは、破滅を見たいからではなく、破滅を避けるための知恵を求めていたからなのだ。


総研は深く息を吸い、静かに吐き出した。


「なるほどな……そういうことだったのか」


気づきが胸の奥で静かに灯り、夜の部屋に溶けていった。

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