第8話(後編) 檻が壊れない理由
夜の静けさが深まり、部屋の明かりだけが小さな円を描くように周囲を照らしていた。総研は、前編と中編で描かれた搾取的制度の姿を思い返しながら、ゆっくりとカップを口に運んだ。温かさが喉を通り抜けるのに反して、胸の奥には冷たいものが残っていた。
「総研さん、そろそろ核心に触れましょうか」とハクが言った。「搾取的制度がなぜ壊れないのか。その理由を理解することが、次の段階に進むために必要です」
総研は頷いた。制度が歪んでいるなら、どこかで反発が起きてもおかしくない。なのに、現実には何十年、時には何百年も続く国すらある。それはなぜなのか。
「まず一つ目は依存です」とハクは静かに語り始めた。「制度が生活の基盤そのものになっていると、人々はそこから離れることができません。通貨、教育、仕事、社会保障。すべてが制度に結びついていると、制度を疑うことは“自分の生活を壊すこと”と同じ意味になってしまうのです」
総研は思わず息を呑んだ。制度を疑うことが、自分の足場を失うことにつながる。だから人は疑わない。疑えない。
「二つ目は正当化の物語です」とハクは続けた。「制度は常に“正しい理由”を語ります。国のため、経済のため、安全のため。こうした言葉は人々に安心感を与え、制度への疑問を封じ込めます」
総研はその言葉に、どこか既視感を覚えた。ニュースでも、政治家の演説でも、企業の説明でも、似たような言葉が繰り返されている。正しい理由が語られるほど、人は安心し、考えることをやめてしまう。
「そして三つ目が不透明化です」とハクは言った。「制度が複雑になればなるほど、人々は全体像を理解できなくなります。理解できないものは疑いようがありません。だから、搾取は見えないまま続くのです」
総研は深く息を吐いた。依存、正当化、不透明化。この三つが揃えば、制度は鉄壁になる。暴力で支配する必要すらない。人々は自ら制度を支え、制度の中で生きることを選んでしまう。
「総研さん、搾取的制度の本当の怖さは、誰も悪人にならなくても成立してしまうことです」とハクは言った。「権力者が悪意を持っていなくても、制度そのものが価値を吸い上げる構造になっていれば、搾取は自然に起きてしまうのです」総研はその言葉に、背筋がぞくりとした。悪人がいないのに搾取が起きる。誰も責任を取らないまま、国全体がゆっくりと疲弊していく。そんな構造が存在するのだとしたら、それは暴力よりもはるかに恐ろしい。
「だからこそ、制度の“檻”を理解することが重要なのです」とハクは続けた。「檻の形を知らなければ、抜け出す方法を考えることはできません。まずは現実を直視すること。それが最初の一歩です」
総研は窓の外を見た。街灯の光が細い道を照らし、その先は闇に溶けていた。搾取的制度もきっと同じだ。光の当たる部分だけを見ている限り、檻の存在には気づけない。闇の中にある構造を見つめなければならない。
「ハク、次はその檻からどう抜け出すかを考えたいと総研は言った。
ハクは穏やかに微笑んだ。「ええ。次の対話では、制度の外側に立つための視点と、抜け出すための具体的な考え方を見ていきましょう」
総研は深く頷いた。 搾取の構造を理解する旅は、ようやく次の段階へ進もうとしていた。




