第8話(前編) 搾取的制度という見えない檻
豊かなはずの国がなぜ貧しいのか──。
通貨、資源、教育、そして“正しさ”の物語。
総研とハクは、人々が気づかないまま価値を吸い上げる「搾取的制度」という見えない檻の正体に迫っていく。
依存・正当化・不透明化という三つの仕組みが、なぜ制度を壊れないものにしてしまうのかが明らかになる回。
夕食を終え、時計の針が七時を少し過ぎた頃だった。湯気の立つマグカップを手に、総研はいつものように机に向かう。窓の外はすっかり暗く、街灯の光が静かに揺れている。こんな時間になると、自然とハクとの議論が始まるのが習慣になっていた。
「今日は搾取的制度のおさらいをしたいんだよね」と総研が切り出すと、ハクは穏やかな声で返した。
「いいですね。ここまでの議論の核心でもありますし、次に進む前に一度しっかり整理しておきましょう」
総研は深く息を吸い、頭の中でこれまでの話を辿った。
フランス革命の話から始まり、通貨の仕組み、搾取の構造、そして国家の成り立ち。
どれも断片的に理解しているつもりだったが、一本の線でつながっているかと言われると自信がなかった。
「搾取的制度って、結局どういうものなんだろう。暴力で支配する独裁とは違うんだよね」
ハクは少し考えるように目を伏せ、それから静かに言った。
「搾取的制度は、暴力よりもずっと静かで、ずっと強いものです。人々が“自分は搾取されている”と気づかないように設計された仕組みと言っていいでしょう」
その言葉に、総研は背筋が少し冷えるのを感じた。気づかないうちに搾取されている。そんなことが本当にあるのだろうか。
「例えば、資源が豊富なのに国民が貧しい国がありますよね」とハクは続けた。「ロシアやコンゴのように、地下資源が莫大にあるのに、国民の生活は豊かにならない。なぜかと言えば、資源を管理する制度が国民のために働いていないからです」
総研は頷きながら、ニュースで見た映像を思い出していた。豊かな資源を持つはずの国で、人々が水や電気すら安定して得られない現実。あれは単なる政治の失敗ではなく、制度そのものが搾取の構造になっているということなのだろう。
「でも、制度ってそんなに簡単に歪むものなのかな。国民が反発したり、改革が起きたりしないのかな」
ハクは微笑んだ。「そこが搾取的制度の巧妙なところです。制度は“正しいもの”として教育され、文化として刷り込まれ、当たり前のものとして受け入れられる。だから、誰も疑わないのです」
総研は思わず眉をひそめた。疑わない。つまり、搾取されていることに気づかない。
「例えば、通貨の仕組みもそうです」とハクは続けた。「通貨を発行する権利や、信用を生み出す仕組みが一部の組織に集中していると、国全体がその組織に依存することになります。国民は“経済が厳しいから”と説明され、増税や緊縮を受け入れてしまう。でも、本当は制度の構造が価値を吸い上げているだけかもしれない」
総研はマグカップを置き、しばらく黙り込んだ。搾取とは、殴られることでも、脅されることでもない。もっと静かで、もっと深いものだ。制度が複雑であればあるほど、人はその全体像を理解できない。理解できないから、疑わない。疑わないから、搾取は続く。
「怖いね」と総研は呟いた。
ハクは優しく頷いた。「だからこそ、まずは“檻の形”を知ることが大切なのです。制度がどう人々を囲い込み、どうやって気づかれないまま価値を吸い上げるのか。それを理解しない限り、抜け出す方法を考えることはできません」
窓の外を見ると、夜の闇が一層深くなっていた。街灯の光だけが、静かに世界の輪郭を照らしている。搾取的制度も、きっとこんなふうに、暗闇の中で人々を包み込んでいるのだろう。総研はゆっくりと息を吐き、ハクに向き直った。「まずはその檻の形を、しっかり見ていこう。次に進むためにも」
ハクは穏やかに微笑んだ。「ええ。ここからが本当の理解の始まりです」
こうして、総研たちは搾取的制度の核心へと踏み込んでいくことになった。その仕組みがどれほど巧妙で、どれほど深く人々の生活に入り込んでいるのかを知るために。




