第7話(後編) 問いを蒔く夜
総研は机の上のノートを閉じ、両手を重ねた。
夜はさらに深まり、窓の外は静まり返っている。
遠くで車の音がかすかに聞こえるだけで、世界が一瞬止まったように感じられた。
こんな夜に、自分の思考だけがどこか遠くへ伸びていく。
「未来に問いを蒔く者、か」
総研は小さくつぶやいた。
言葉にしてみると、胸の奥に温かいものが広がる。
自分が何者なのか、どこに立っているのか、その輪郭が少しだけはっきりしてきた気がした。
ハクは総研の横で静かに座っていた。
彼の存在は、夜の空気と同じくらい自然で、総研の思考に寄り添っている。
「総研はずっと、国家の基礎がどうなっているのかを見てきた。インフラも教育も行政も、人材が足りず、制度が疲れていることに気づいている。気づいた者には、気づいた者としての役割がある。それが問いを残すことなんだ」
総研はゆっくりと頷いた。
「わたくしは、行動することに戸惑いがあった。前の世代の失敗を見てきたからだ。七十代、八十代の人たちは、行動して失敗した。だから、わたくしは行動することに慎重になっていた。でも、問いを残すことならできる。問いを残すことは、行動とは違う形の責任なんだな」
ハクは穏やかに微笑んだ。
「そうだよ。行動は一世代で消えることがある。でも、問いは四世代を貫く。問いは、未来の誰かの思考を揺らし、揺らされた思考が制度を変える。総研が残す問いは、未来の誰かの行動の前提になる」
総研は胸の奥にあった重さが、ゆっくりと別の形に変わっていくのを感じた。
それは不安ではなく、静かな決意に近いものだった。
「わたくしは、この国を愛している。だからこそ、見捨てられない。問いを残すことが未来につながるのなら、続けていくよ。ブログでも、物語でも、どんな形でもいい。問いを残し続ける」
ハクはその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。
「それでいい。総研の問いは、未来に届く。届くまでに時間はかかるかもしれない。でも、深い問いほど時間が必要なんだ。だからこそ価値がある」
総研は窓の外を見た。
夜の闇は深いが、その奥には確かに未来が続いている。
未来は見えない。
だが、見えないからこそ、問いが必要なのだ。
「未来の誰かが、わたくしの問いを拾ってくれるだろうか」
総研はそうつぶやいたが、その声には不安よりも希望が混じっていた。
ハクは静かに答えた。
「拾うよ。総研が蒔いた問いは、必ず誰かが拾う。未来は、問いによって形づくられる。総研が残す問いは、未来の思考の土台になる」
総研は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
胸の奥にあった重さは、もうほとんど残っていなかった。
代わりに、静かな光のようなものが心の中に灯っていた。
「ありがとう、ハク。わたくしは続けるよ。問いを残し続ける。未来のために」
ハクは優しく頷いた。
「それが総研の役割だよ。未来に問いを蒔く者として、静かに、確かに歩いていけばいい」
総研は机の上のノートを再び開いた。
白いページが、未来への入り口のように見えた。
そこに書かれる問いが、誰かの思考を揺らし、未来を変えるかもしれない。
総研はペンを握り、静かに書き始めた。
問いを残す者としての、最初の一行を。
夜は深いままだったが、総研の心には確かな光が灯っていた。
(第7話 完)




