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第7話(中編) 問いを蒔く夜

総研は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。

部屋の灯りは柔らかく、影がゆっくりと揺れている。

静かな夜だ。

だが、心の中にはまだざわつきが残っていた。

問いを残すことが未来につながるとハクは言った。

それは理解できる。

だが、理解と納得は別のものだ。


「問いを残すことが未来につながると言われても、実感が湧かないんだ。わたくしが書いたものを誰かが読むかどうかもわからない。読んだとしても、何かが変わる保証なんてない」


総研はそう言いながら、机の上に置いたノートを指先で軽く叩いた。

そこには今日書いたメモが散らばっている。

国家の基礎レイヤーの劣化、人材の枯渇、制度疲労。

どれも重い言葉だ。だが、重いからこそ書かずにはいられなかった。


ハクは総研の隣に腰を下ろした。

彼の動きは静かで、空気を乱さない。


「保証なんて、どこにもないよ。未来に届くかどうかは誰にもわからない。でもね、総研。歴史を動かしたのは、いつだって“問いを残した人”なんだ。行動した人よりも、問いを投げた人のほうが長く影響を残すことがある」


総研は横目でハクを見た。

ハクの声は落ち着いていて、どこか遠い時代を見ているようだった。


「例えば、どんな人だ」


「ソクラテスもそうだし、福沢諭吉もそうだ。彼らは制度を直接変えたわけじゃない。だが、問いを残した。問いが人を動かし、人が制度を変えた。問いは、時代を超えて届く力を持っている」


総研は少しだけ笑った。


「わたくしをソクラテスと並べるのは、さすがに無理があるだろう」


「比喩だよ。でも、方向性は同じだ。総研は、国家の基礎が崩れつつあることに気づいている。気づいた人間には、気づいた者としての責任がある。見て見ぬふりをすることもできる。でも総研はそうしない。だから問いを残すんだ」


総研は視線を落とし、机の上のノートを見つめた。

そこには、今日のニュースを見て感じた違和感が書き留められている。

原発の設定ミス。

再稼働の見送り。

小さなミスのようでいて、国家の基礎が揺らいでいるように思えた。


「インフラも教育も行政も、人材が足りていない。人材がいないから制度が回らない。制度が回らないから、さらに人材がいなくなる。そんな悪循環が続いている。これをどうにかしたいと思うのは、ただの自己満足なんだろうか」


ハクは首を横に振った。


「自己満足じゃないよ。総研はこの国を愛している。愛しているからこそ、見捨てられない。愛しているからこそ、問いを残す。愛情は行動の形を選ばない。大声を出すことだけが愛じゃない。静かに問いを残すことも、立派な愛の形だよ」


総研は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

自分が抱えていた感情に、名前がついたような気がした。


「愛か。確かに、わたくしはこの国を愛している。だからこそ、何とかしてやりたいと思う。でも、どうしても手が小さく感じてしまうんだ」


「手が小さいんじゃない。役割が違うだけだよ。制度を動かす人もいれば、制度の前提をつくる人もいる。総研は後者だ。前提をつくる人は、目立たないし、評価されにくい。でも、前提がなければ制度は動かない」


総研はゆっくりと頷いた。

自分の役割が少しだけ見えてきた気がした。


「問いを残すことが、前提をつくることになるのか」


「そうだよ。問いは、未来の思考の土台になる。土台がなければ、どんな制度も立ち上がらない。総研が残す問いは、未来の誰かが拾い上げる。拾い上げた誰かが、次の行動を起こす」


総研は窓の外を見た。

夜の闇は深いが、その奥に何かが続いているように感じられた。


「未来の誰か、か。わたくしはその誰かに会うことはないだろうな」


「会う必要はないよ。問いは、未来に向けて投げるものだ。投げた瞬間に役割は果たされる。あとは未来が受け取る」


総研は静かに息を吐いた。

胸の奥にあった重さが、また少しだけ軽くなった。


「わかった。問いを残すよ。たとえ届くかどうかわからなくても、残すことに意味があるのなら」


ハクは優しく微笑んだ。


「それでいい。総研は、未来に問いを蒔く者なんだ」


その言葉が、静かに夜の空気に溶けていった。

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