26話
幸人が目を開けると真っ白な天井が目に入る。その時不意に言ってみたかったセリフが口から出た。
「知らない天井だ。」
「目を覚ました途端それですか。」
誰もいないだろうと思っていると傍から声が聞こえる。恥ずかしくなりつつ視線を向けると、険しい表情をしたほのかが座っていた。鋭い視線と長い沈黙、どんな顔をしたものか考えて首を背ける。
「お兄ちゃんのバカ…。」
「何か言ったのか?」
ボソっと呟かれた言葉が聞き取れなかった幸人がほのかの方を向き直る。その時目に入ったのは厳しい視線ではなく悲しげな、身を案じる悲しげな視線を向けていた。その時彼は妹に心配をかけていた事を身をもって知った。
「ごめん、心配をかけさせて。」
その言葉に一瞬瞳を潤ませるも、そんな顔を見せたくないようにほのかは顔を背けた。
「それじゃ私はいったん帰りますね、友達を待たせてますし。それから全治3週間らしいですから、ゆっくりしててください。」
ムスッとした表情に戻り学校鞄を肩にかけ席を立った。見送るのに手を振るなりして送りたかったが、あいにく上手く動かないので気を付けての一言をかけた。
「お兄さんはもう良いの。それじゃみんな待ってるし行こっか。」
病室の扉を開けたほのかに明るい声がかけられる。その直後ウェーブがかった黒髪ショートの少女が顔を覗かせた。タレ目のその少女が笑いながら幸人に手を振っていると、ほら行くよと扉が閉められる。足音が遠ざかっていくなか、またしても天井を見つめながらため息をつく。
「俺は生き残ったのか。」
現実味が無かったのか今になってそんな事を呟く。死に際に感じた感情を今になってもう一度思い出す。
『強くなりたい』
その感情がただただ寝転がっているしかない自分に波のように押かかる。じっとしていることに不安や焦燥感が押し寄せ、そしてついには口をついて出た。
「強くなりたい。」
「ほんとですよね。」
幸人の言葉になぜか返答が返ってくる。病室の大きさから4人ほどの相部屋だとは思っていたが、周りがあまりにも静かなので他に患者はいないものだと思っていた。その声は幸人の隣のベッド、窓際から聞こえたため視線を向けるとそこには林檎を咥えた瀬戸がいた。両手が包帯グルグルの状態で切られてもいない林檎を丸齧りにしていて、一体どうやて食べているのか考えるがすぐさま瀬戸がいること自体に驚いた。
「瀬戸さん無事だったんですね!」
「いやいやみてくださいよこの手。不便ったらありゃしませんよ。」
そんな事を言いながら器用に林檎を食べ、芯だけになった物を誰かが持ってきた果物のバスケットに置く。
瀬戸の言う通り下半身には布団が掛けられていて分からないが、上半身は痛々しほどに包帯が巻かれていて、瀬戸も幸人と同じで全治3週間とのことだった。
「まぁあれだけの事があって生きてるんですから儲けモノっすよね。」
「それもそうですね。」
2人とも命があったことに笑い合う。空いた窓から風が吹き込み白いカーテンが揺れる。4月の風はまだ少し冷たく、しかし陽気な日差しと相まって心地よさに変わる。
「さっきのは妹さんですか?ずいぶん献身的に付き添ってましたけど。」
聞けばほのかは幸人が寝ていた2日間時間がある時は常に看病に来ていたという。学校もバイトもあるというのに時間をつくってまでくれたことに感謝と不甲斐なさで胸が苦しくなる。このままではいけないと改めて思い知る。
「俺、生きていける分と多少の贅沢が出来るだけ稼げまればそれで良いと思ってガードになったんです。別に世界を救うとか、人々を守りたいとかそんな高尚な思いもなくやっていくつもりでした。」
幸人が噛み締めたように吐き出す言葉を瀬戸は黙って聞く。彼の思いの丈をただただ相槌もなく静かに聞く。
「でも今回のことで思い知りました。砂海にはあれ以上の脅威が居ていつその牙が自分や、自分の周りに降りかかるかもしれないと。」
去り際のほのかの姿を思い出す。残された最後の家族である彼女をその時が来て、今のままで守り切れるのかと。彼女だけじゃない。一樹や瞳、喫茶店のマスターといった自分と関わりのある人たちの全てを守れるのかと。
そして今のままで無理だろうと。
「だから、俺は強くなりたい。守座のようにとはいかなくても、せめて守りたいものだけでも守り切れるだけ強くなりたい。」
強い決意を口にする。今までように後ろ向きではいられない、自分を戒める誓いのように口にする事でその事を再確認する。
「一緒に強くなりましょう兄さん。俺も正式に仲間って事で、手始めに俺のことは『真也』って名前で呼んでください。あと敬語もなしで。」
ぐるぐる巻きの手を突き出してグータッチを誘う瀬戸。タメ口の提案には戸惑いつつも幸人も腕を突き出した。
「よろしく真也。」
傷に響かないように優しくグータッチする2人。満足した瀬戸は広角を大きく上げ、一瞬見えた目は満面の笑みだった。しかし不意に幸人は思う事があった。
「そういえば、俺に敬語をやめろって言うくせに真也は敬語のままなのか?」
「いや、これは歳上の親戚の影響っていうか。まぁ良いじゃないっすか兄さん!」
上手くはぐらかされた感じがするが、それ以上聞きはしなかった。暖かい陽気に視線を向け、目を細める。3週間後が楽しみだと、ガードになると決めた時以上に胸が高鳴っていた。




