最弱スライムと呼ばれた俺が、実は世界最強だった件
「佐藤さん、この案件は何とかなりそう?」
上司の鋭い視線に、佐藤健太は思わず体を強張らせた。
「はい、なんとか...」
言葉は口の中で濁り、自信なさげな返事になってしまう。28歳。社会人6年目。それなりのキャリアを積んだはずなのに、いまだに上司の前では萎縮してしまう自分が情けない。
「なんとかじゃダメだ。必ず取るんだ、分かったな?」
「はい、承知しました」
会議室を出た健太は、大きなため息をついた。営業ノルマは年々厳しくなる一方だ。競合他社との競争も激化し、価格の叩き合いは常態化している。そんな中で結果を出し続けるプレッシャーは、日に日に重くのしかかってくる。
デスクに戻り、パソコンの画面を眺める。明日の商談に向けて資料の最終確認をしなければならない。しかし、頭の中は霧がかかったようにぼんやりとしている。
(こんなはずじゃなかった)
大学時代、健太は漠然とした夢を抱いていた。世界を変えるような大きな仕事がしたい。人々の役に立つ存在になりたい。そんな思いを胸に、一流とされる今の会社に入社した。
しかし現実は違った。日々の数字に追われ、顧客の機嫌を取り、社内政治に気を遣う。そんな毎日に、いつしか夢は霞んでしまった。
「はぁ...」
再びため息が漏れる。
視線を窓の外に向けると、夕暮れ時の空が赤く染まっていた。そろそろ帰る時間だ。しかし、この後も付き合いの飲み会が待っている。
健太は重い足を引きずるようにして席を立った。カバンを手に取り、オフィスを出る。エレベーターに乗り込み、1階のボタンを押す。
(このまま、ずっと...)
閉じかけのドアの隙間から、夕日に照らされた街並みが見えた。そこには、自分の知らない世界が広がっているような気がした。
その時、健太の携帯電話が鳴った。画面を見ると、取引先からのメッセージだ。明日の打ち合わせの時間変更を伝えてきたようだ。
(やれやれ、また予定が狂うのか)
健太はため息まじりに返信を始めた。歩きスマホをしながらビルを出る。信号を渡り...
「危ない!」
誰かの悲鳴が聞こえた瞬間、健太の視界が真っ白に染まった。
続いて激しい衝撃。そして、痛み。
(あれ...?)
意識が遠のいていく。体が宙に浮いているような、不思議な感覚。
(俺、死んじゃうのかな...)
そう思った瞬間、健太の意識は闇に飲み込まれた。
***
「...ぁ」
かすかな意識が戻ってきた。
(生きてる...?)
目を開けようとするが、まぶたが重い。体を動かそうとするが、どこが手で、どこが足なのか分からない。
「変だな...」
そう思った瞬間、健太は気づいた。自分の声が聞こえない。いや、正確には「声を出せない」のだ。
必死に目を開けようとする。少しずつ、周りの景色が見えてくる。
「...!」
そこは、見知らぬ森だった。
青々とした木々。さわやかな風。耳を澄ませば、小鳥のさえずりが聞こえる。
(ここは...どこだ?)
混乱する健太。しかし、それ以上に驚くべきことが待っていた。
自分の体を見下ろそうとしたが、首が回らない。いや、そもそも「首」がない。
「...えっ」
健太は自分の体を確認しようと努力した。しかし、目の前に広がっているのは、半透明の青い物体だった。
(これが...俺?)
そう、健太の体は今や、ゼリーのような質感を持つ球体に変わっていた。
(まさか、スライム!?)
ファンタジー小説やゲームで見たことのある最弱モンスター、スライム。その姿に変わってしまったことに、健太は愕然とした。
(冗談だろ...こんなの...)
パニックになりそうな気持ちを必死に抑え、健太は周囲の状況を把握しようと努めた。
森の中。どこまでも続く木々。そして、どこか遠くで聞こえる...剣戟の音?
(ここは別世界なのか?俺は本当に死んで、転生したってことか?)
現実を受け入れられない気持ちと、不思議な興奮が入り混じる。
突然、近くの茂みが揺れた。何かが近づいてくる。
健太は思わず身を縮めた...そう、「縮める」ことができたのだ。
茂みから現れたのは、毛むくじゃらの小さな獣だった。ウサギのような耳と、リスのような尻尾を持つ不思議な生き物。
(何だこれ...可愛いけど、食べられちゃうかも!)
恐怖に震える健太。しかし、その小獣は健太には目もくれず、近くの草を食べ始めた。
(あ、草食動物か...良かった)
安堵のため息をつこうとしたが、スライムの体では息もつけない。
そのとき、再び剣戟の音が聞こえた。今度ははっきりと、そして近くから。
「くそっ、なんでこんなところまで追ってくるんだ!」
若い男性の声。そして応える声。
「逃がすか!あの首飾りを渡せ!」
荒々しい男の声。複数いるようだ。
健太は咄嗟に茂みの中に身を隠した。
健太は咄嗟に茂みの中に身を隠した。その前を、一人の若者が駆け抜けた。
細身の体に薄汚れた服。乱れた茶髪と血で滲んだ頬。右手には短剣、左手には...キラリと光る首飾り。
(あれが狙われてるのか?)
その直後、がさつな体格の男たちが3人、若者を追いかけて走り過ぎた。
「おい、あっちだ!」
「逃がすな!」
彼らの姿が見えなくなっても、しばらくは叫び声や足音が聞こえていた。
(ヤバいな...ここって本当に危険な世界なのか)
健太は震える思いで、その場に留まっていた。
しかし、何かが引っかかる。
(あの若者...助けを求めてはいなかったけど、明らかに追い詰められてた)
営業の仕事で培った「人を見る目」が、あの若者が悪人ではないと告げていた。
(でも、俺にできることなんて...)
そう思った瞬間、健太の中で何かが弾けた。
(いや、待てよ。俺、スライムになったんだ。小さくて目立たない。それに...)
健太は意識を集中させ、体を伸ばしてみた。するとどろっとした体が細長く伸びていく。
(お、おおー!本当に形を変えられる!)
興奮する健太。次に、地面に接する部分を意識してみる。するとそこから細かい突起が生まれ、地面を掴むように動き出した。
(これで動けるぞ!)
健太は、スライムの姿でゆっくりと前に進み始めた。
(よし、あの若者を追いかけてみよう。何かできるかもしれない)
そう決意した健太だったが、次の瞬間、思わず固まってしまった。
目の前に現れたのは...巨大なイノシシだった。
(うわっ、デカっ!)
体長2メートルはあろうかという巨体。鋭い牙と赤い目。明らかに現実世界のイノシシとは違う、モンスターじみた存在だった。
健太は思わず体を縮こまらせた。が、イノシシは健太には目もくれず、若者たちが走っていった方向に鼻を鳴らしながら進んでいく。
(あ、ヤバい。あのイノシシ、若者たちに遭遇したら...)
迷う間もなく、健太は決断した。
(行くぞ!)
スライムの体を精一杯伸ばし、イノシシの足に絡みついた。
「ブヒィ!?」
突然の事態に驚いたイノシシが足を振り回す。しかし健太は必死に踏ん張った。
(このまま...引きずってでも...止めるんだ!)
現実世界での仕事を思い出す。無理難題と思われた案件も、諦めずに食らいついていけば、道は開けた。
(それと同じだ。諦めるな、俺!)
健太の必死の思いが、スライムの体に伝わる。
すると突然、体が青白く光り始めた。
「ブギャァァァ!」
イノシシが甲高い悲鳴を上げ、その場にへたり込む。
(え?何が...)
困惑する健太。しかし、イノシシが動かなくなったことに安堵する間もなく、
「あれ?イノシシが...倒れてる?」
若者の声が聞こえてきた。健太は咄嗟にイノシシの影に隠れた。
「何だ?これ...」
若者が近づいてくる気配。健太は身を縮めたまま、状況を見守った。
「うわ、でかいイノシシだな...って、これ...」
若者が驚いたように声を上げる。健太はそっと様子を伺った。
若者は倒れたイノシシの周りをぐるりと回り、その体を観察している。そして、イノシシの足元に目を留めた。
「これ、スライム...?」
(やばい、見つかった!)
健太は一瞬でパニックになりそうだったが、ここで騒げば逆に目立ってしまう。必死に冷静さを保とうとする。
「スライムがイノシシを倒した...?いや、まさか」
若者は首を傾げながら、そうつぶやいた。
(そうだよな...スライムなんかに倒されるわけないもんな)
健太も内心で同意する。しかし、次の瞬間。
「でも...ここまでデカいイノシシが突然倒れるなんて...ひょっとして...」
若者は周囲を警戒するように見回した。そして、
「いや、考えすぎか」
そう言って、イノシシから離れ始めた。
(よし、気づかれずに済んだ...)
健太はほっと胸を撫で下ろす。...つもりが、スライムの体には胸もないことを思い出し、妙な気分になる。
その時、遠くから声が聞こえてきた。
「おい、こっちだ!足跡が続いてる!」
追っていた男たちの声だ。若者は再び緊張した面持ちになり、周囲を見回す。そして、イノシシの倒れている反対側の茂みに飛び込んだ。
(まずい、このままじゃあの人たちに見つかっちゃう...)
健太は迷った。自分はスライム。何もできないかもしれない。でも、このまま見過ごすこともできない。
(よし、行くぞ!)
決意を固めた健太は、イノシシの影からそっと這い出した。スライムの体を最大限に伸ばし、地面を這うように進む。
「こっちだ!」
「早く追いつくぞ!」
追っている男たちの声が近づいてくる。健太は必死に若者の隠れた茂みに向かって進んだ。
(頼む、間に合ってくれ...!)
ようやく茂みにたどり着いた健太。そこで、若者の姿を見つけた。
(良かった、まだ見つかってない)
健太は若者に気づかれないように、そっと近づく。そして、
(ごめん!)
思い切り若者の足に体当たりした。
「うわっ!」
驚いて声を上げる若者。しかし、健太はそのまま若者の体に絡みつき、口を塞ぐ。
(静かに...!追手が近くにいるんだ!)
必死に伝えようとする健太。不思議なことに、若者は健太の意図を理解したかのように静かになった。
その時、追手たちが目の前の道を走り抜けていく。
「おい、足跡が消えてるぞ!」
「くそっ、まただまされたのか!」
追手たちの声が遠ざかっていく。
健太はゆっくりと若者から離れた。若者は困惑した表情で健太を見つめている。
「...スライム?」
若者が小声でつぶやく。
(そうだよ、スライムだよ。でも普通のスライムじゃないんだ)
健太は何とかコミュニケーションを取ろうと、体を上下に揺らした。
「...もしかして、さっきのイノシシを倒したのも、君なのか?」
健太は「イエス」という意味で再び体を上下に揺らす。
「信じられない...こんな小さなスライムが...」
若者が驚きの表情を浮かべる中、突然、木々の間から銀色の光が走った。
「ヒカル!」
女性の声。次の瞬間、銀髪の少女が現れた。
「リア!」
若者...ヒカルと呼ばれた青年が、安堵の表情を浮かべる。
「無事だったのね。良かった...」
リアと呼ばれた少女が、ヒカルに駆け寄る。そして、彼女の目が健太に留まった。
「あら、これは...」
リアが興味深そうに健太を見つめる。
「信じられないかもしれないけど、このスライムが俺を助けてくれたんだ」
ヒカルの言葉に、リアは目を丸くした。
「まさか...でも、確かに普通じゃない気配を感じる」
リアが手をかざすと、淡い光が健太を包み込む。
(うわっ、なんだこれ...?)
不思議な感覚に包まれる健太。そして、
「これは...!」
リアが驚きの声を上げた。
「このスライム、とてつもない量のマナを持っているわ。しかも...人間のような意識の残滓も...」
ヒカルとリアが顔を見合わせる。
「まさか、これって...」
ヒカルが言いかけたその時、
「グオォォォ!」
轟音とともに、巨大な影が三人の上に覆いかぶさった。
見上げると、そこには巨大なトカゲのような姿をしたモンスターがいた。緑がかった鱗に覆われた体は優に5メートルはあり、鋭い爪と牙が不気味に光っている。その目は、獲物を捕らえた捕食者特有の輝きを放っていた。
(うわ...でかい...!)
健太は思わず体を縮こませた。人間だった頃でさえ、こんな巨大生物を目の当たりにしたことはない。ましてや今はたった数センチの小さなスライム。恐怖で身が竦む。
しかし、その瞬間、健太の中で何かが変わった。
(そうだ...俺はもう人間じゃない。スライムなんだ。だったら...!)
咄嗟に、健太は体を大きく広げた。ヒカルとリアの前に、青い半透明の壁のように立ちはだかる。
「え...?」
「このスライム...私たちを守ろうとしてる...?」
驚きの声を上げる二人。
(守ってみせる。きっと、守れる!)
健太の決意が、スライムの体に伝わる。すると突然、体が青白く光り始めた。
「これは...!」
リアが驚きの声を上げる。
「マナの流れが...急激に変化している!」
健太の体が徐々に膨らみ始める。そして、表面がざらざらとした質感に変化していく。
(硬くなる...石みたいな...)
気づけば、健太の体は巨大な岩のような形に変化していた。
「グオォォォ!?」
巨大トカゲが混乱したように咆哮を上げる。
「信じられない...」
「スライムが...岩に...?」
ヒカルとリアが唖然とする中、健太は必死に集中を保つ。
(まだだ...もっと...守らないと!)
その瞬間、健太の体からさらに強い光が放たれた。
「防御魔法!?」
「いや、違う...これは...」
リアが困惑した声を上げる。
健太の体から、青白い光の膜が広がっていく。その膜は、ヒカルとリアを包み込むように展開していった。
「バリア...?スライムが...バリアを!?」
リアの驚きの声が響く。
巨大トカゲが、その光の膜に向かって爪を振り下ろす。
「キィィィン!」
鋭い音とともに、爪が弾かれた。
(やった...!)
安堵する健太。しかし、次の瞬間、激しい疲労感が襲ってきた。
(くっ...もたない...)
意識が遠のいていく。その時、
「私たちが守るわ」
リアの凛とした声が聞こえた。彼女の手から紫色の光が放たれ、健太の体を包み込む。
「俺たちの番だ。休んでていいぞ、小さな勇者」
ヒカルが短剣を構える。
(勇者...か)
意識が薄れていく中、健太はかすかに思った。
(なんだか、悪くない響きだな...)
「私たちが守るわ」
リアの凛とした声が響く中、彼女の手から放たれた紫色の光が健太の体を包み込んだ。
疲労が徐々に和らいでいく。健太は意識を取り戻し、目の前の状況を把握しようと努めた。
ヒカルが短剣を構え、巨大トカゲと対峙している。リアは詠唱を続けながら、ヒカルをサポートしているようだ。
(俺にも、まだできることがあるはずだ)
健太は自身の体に集中した
健太は自身の体に集中した。さっきの岩のような硬さ。バリアを張る能力。それらを今一度呼び覚ます。
するとどうだろう。健太の体が再び青白く光り始めた。
「また来たわ!マナの急激な変化!」
リアが驚きの声を上げる。
健太の体が、今度は尖った槍のような形に変化していく。
(よし、これで...!)
「ヒカル!トカゲの足元を狙って!」
リアの指示に、ヒカルが頷く。彼が巨大トカゲの足元に駆け寄ったその瞬間、健太は全身の力を振り絞って自身を投げ出した。
槍となった健太の体が、ヒカルの攻撃と同時にトカゲの足を貫く。
「グオォォォ!」
激しい痛みに、巨大トカゲが咆哮を上げる。
「今よ!」
リアの合図と共に、彼女の手から眩い光が放たれた。その光は巨大トカゲを包み込み、次の瞬間、トカゲの体が石化していく。
「やった...!」
ヒカルが安堵の声を上げる。
戦いが終わり、三人はようやく一息つくことができた。
「ありがとう、スライムさん」
リアが健太に向かって微笑みかける。
(いや、俺こそ...)
健太は何とか感謝の気持ちを伝えようと、体を動かす。すると、思いがけず体が文字の形に変化した。
『礼不要』
「わっ!文字になった!」
ヒカルが驚きの声を上げる。
「驚くべき能力ね。一体どんな仕組みなのかしら...」
リアが興味深そうに健太を観察する。
『説明シテ』
健太は再び文字で意思を伝えようとした。
「そうね...まず、あなたの中には規格外の量のマナが存在しているわ。それに、人間のような意識の残滓も...」
リアの説明に、健太は驚いた。マナという言葉は聞いたことがあるが、自分の中にあるとは。
「恐らく、あなたは人間から転生した特殊なスライムなのよ。そして、そのマナを使って様々な能力を発現させている」
『ナルホド』
健太は何とか理解を示そうとした。
「ねえ、僕たちと一緒に来ないか?」
突然、ヒカルが提案した。
「そうね。あなたの能力をもっと調べてみたいわ。それに...私たちにも力を貸してくれるかしら?」
リアも同意するように頷く。
『ドコヘ?』
健太の問いに、ヒカルが答えた。
「ローゼンブルクという都市がある。そこには魔法ギルドがあって、君の能力についてもっと詳しく調べられるかもしれない」
「それに...」
リアが言葉を継ぐ。
「私たちの目的を果たすためにも、あなたの力が必要かもしれないの」
『目的?』
健太の問いに、二人は顔を見合わせた。
「...詳しくは話せないけど、この世界を脅かす存在と戦っているんだ」
ヒカルの言葉に、健太は驚いた。世界を脅かす存在?まるでファンタジー小説やゲームの主人公のような言葉だ。
しかし、この異世界に来てからの出来事を考えれば、それも不思議ではない。
「協力してくれる?」
リアの問いかけに、健太は少し考えた後、答えた。
『オネガイシマス』
「ありがとう!これからよろしくね、えっと...」
「そうか、名前を聞いていなかったわね」
健太は少し迷った後、答えた。
『ケンタ』
「ケンタ...か。よろしく、ケンタ!」
ヒカルが笑顔で言った。
三人(というか二人と一スライム)は、ローゼンブルクを目指して歩き始めた。道中、健太は二人から様々なことを教えてもらった。
この世界のこと、魔法のこと、そして...
「このクリスタルはね、特別なんだ」
ヒカルが首飾りを取り出した。
「マナを結晶化したもので、魔法の増幅や保存に使われるの。でも、これはそれ以上の力を持っているの」
リアが補足した。
「だから狙われているのね」
健太は何となく状況が飲み込めてきた。
歩みを進める中、健太の頭の中では様々な思いが巡っていた。
(異世界に来て、スライムになって、世界を救う冒険...か)
人間だった頃の退屈な日常が、遠い過去のように感じられる。
(でも、これはこれで...悪くない)
健太はそう思いながら、新たな仲間と共に歩み続けた。
しかし、彼らの行く手には、まだ見ぬ危険が潜んでいた。巨大トカゲを操っていた何者かの存在。そして、世界を脅かすという謎の敵。
健太の冒険は、まだ始まったばかりだった。
夕暮れ時、三人(二人と一スライム)は小高い丘の上に立っていた。遠くに、ローゼンブルクの街の輪郭が見えている。
「あれがローゼンブルクか...」
ヒカルが感慨深げにつぶやいた。
「ええ、私たちの目的地ね」
リアも遠くを見つめながら言った。
健太は二人の表情を観察した。期待と不安が入り混じっているように見える。自分自身も似たような気持ちだった。
(これから何が起こるんだろう)
未知の冒険への期待。そして、この世界の謎への好奇心。しかし同時に、危険や困難への不安もある。
だが、健太は決意を固めていた。この二人と共に、どんな困難にも立ち向かっていこうと。
『ガンバロウ』
健太が文字で意思を伝えると、ヒカルとリアは笑顔で頷いた。
「そうだね、頑張ろう」
「ええ、一緒に」
三人は再び歩き出した。ローゼンブルクへ。そして、新たな冒険へ。
夕陽に照らされた彼らの影が、大きく地面に伸びていく。それは、まるでこれから彼らが歩む長い道のりを表しているかのようだった。
健太は、スライムになったことを最早後悔してはいなかった。むしろ、この新しい人生に、そしてこれからの冒険に、大きな期待を抱いていた。
(さあ、行こう。俺たちの物語は、ここからが本当の始まりなんだ)
こうして、元サラリーマン・佐藤健太の、スライムとしての異世界冒険が幕を開けた。彼らの前には、まだ見ぬ驚きと危険が待ち受けている。だが、それと同時に、新たな出会いと成長の機会も、きっと用意されているはずだ。
健太の人生は、今まさに、大きく動き出そうとしていた。