2.聖王国の遺産と、深まる勘違い
冒険者たちは、文司郎を警戒しながらも、彼が読んだという古代禁呪文字に興味津々の様子だった。
リーダー格の屈強な戦士が、剣を鞘に納めながら尋ねてきた。
「あなたは、本当にあの文字を読めたのですか?あれは、数百年前の聖王国が滅亡する際に封印されたという、強力な魔力を宿す文字だと伝えられています」
文司郎は内心で冷や汗をかいていた。
(やばい、完全に勘違いされてる……アトランティス文字じゃないってバレたら、ただの変な奴だと思われちゃうぞ)
「ええ、まあ……少し、かじった程度ですが」
文司郎は、しれっとできるだけ控えめに答えた。
深く聞いてくれるなとばかりに目を合わさずに。
しかし、彼のその言葉は、冒険者たちには全く別の意味に聞こえたらしい。
「『かじった程度』で、あの難解な禁呪文字を……!やはり、只者ではない!」
「もしかしたら、聖王国の血を引く末裔なのかもしれない!」
「こんな辺境の地に、一体何のご用で?」
質問攻めに合い、文司郎は適当に言葉を紡いだ。
「ちょっと、旅の途中で……道に迷ってしまって」
すると、紅一点の魔法使いの女性が、キラキラとした瞳で文司郎を見つめてきた。
「旅人さん、もしよろしければ、私たちの村までご一緒しませんか?最近、この辺りで魔物の活動が活発になってきて困っているんです。もしかしたら、あなたのその知識が、何か役に立つかもしれません」
(え、俺のインチキ知識が?絶対無理だって!)
文司郎は内心で叫んだが、断る理由も見つからず、曖昧に頷くしかなかった。
命には代えられん。
冒険者たちに囲まれながら、文司郎は彼らの村へと向かうことになった。道中、彼らは文司郎に敬意を払い、まるで गुरु (導師)のように扱ってくる。
「やはり、あの魔物を一言で退けたのは、禁呪の力なのでしょうか?」
「聖王国の魔法は、一体どのようなものだったのですか?」
「もしよろしければ、私たちの剣に古代のルーン文字を刻んでいただけませんか?」
文司郎は、彼らの期待に応えられない申し訳なさと、この状況の面白さに、複雑な感情を抱いていた。
適当な言葉で誤魔化しながらも、彼らの話から、この世界には様々な魔物や魔法が存在すること、そして、かつて強大な力を持っていた聖王国という国が滅亡したことを知った。
村に到着すると、文司郎は 温かい歓迎を受けた。村人たちは、魔物を退けたという噂を聞きつけ、彼を救世主のように崇め始めた。村長らしき老人が、深々と頭を下げて言った。
「旅人様、どうか村をお救いください!最近、 現れた強力な魔物のせいで、畑は荒らされ、人々は怯えて暮らしております」
文司郎は完全に パニックだった。
(俺のこと守ってくれるんじゃないの!?俺はただの古代文字オタクだ!魔物退治なんてできるわけない!)
しかし、村人たちの 希望に満ちた眼差しを前に、文司郎は 軽い目眩を覚えながらも、曖昧に頷くことしかできなかった。
(きっつぅ!とっととトンズラこくのが安牌なのか?)
その夜、村長に案内された古い寺院のような建物の中で、文司郎は壁一面に刻まれた古代の文字を目にした。それは、洞窟で見た文字とは明らかに異なり、より複雑で、そして何よりも数が多かった。
「これは……!」
文司郎は思わず声を上げた。それは、彼が長年研究してきた古代アトランティス文字に、酷似していたのだ。
(まさか、この世界にもアトランティス文明の痕跡が……?)
興奮を抑えきれない文司郎は、壁の文字を夢中で読み始めた。しかし、その内容は、彼が想像していたような 高尚なものではなかった。
「『……今日の夕飯は魚の塩焼き…… немного (少し)焦げ付いた……明日は рынок (市場)に行こう……』」
それは、古代の人々の 日常的な走り書きだったのだ。
平安時代の日本人かよ。
桜の開花記録みたいなもんか。
しかし、その走り書きの中に、時折、気になる単語が混じっていた。「魔物」「封印」「 鍵」。
その時、背後から声が聞こえた。
「旅人様、何か古代の知識が見つかりましたでしょうか?」
村長の期待に満ちた声に、文司郎は予感のようなものを感じていた。自分が勘違いされた英雄として、この村の運命を左右することになるかもしれない、という 予感を。