プロローグ
剣を向けられていた。杖も向けられていたと思う。犬みたいな動物(牙が口元からすごく長く伸びる犬みたいな動物を犬と表現出来ればだ)が、こちらを睨みグルルと喉を鳴らしても居た。
勇太にとって見慣れぬローブだの金属の鎧だのを着込んだ連中と、そいつらが躾ているのであろうその牙犬がぐるりと勇太を取り囲んでいる。
「えっと……」
勇太はとりあえず、自分の今の状況を把握するのに努める事にした。
自分の名前は中沢・勇太。高校二年生で、自宅からの帰り道にある橋の端で足を滑らせてその下の川に落っこちた。
まあ、ここまででもかなり衝撃的だし、川に身体がぶつかる衝撃もまた文字通り衝撃的だったが、とりあえずは置く事にしよう。
川の水が衣服に染み込み、一気に身体を重くして、勇太の肺に空気じゃなくどぶ臭い液体を流し込んできた……というのもさては置きたくないが置く事にする。
恐らくは自分はどこぞで溺れ死んだか気絶したかして、妙な夢を見ているのだろう。
衣服は身体と一緒に全身濡れたままだが、それでも、今、見えている光景は夢以外の何だと言うのか。
「異世界人を確認! 一般人の避難を急げ! おい、貴様! こっちの声が聞こえているな! 両手を上げろ! それ以外はするな! じっとしていろ!」
鎧を着た男の一人の声が聞こえる。聞きなれた日本語に少しばかり安心するも、男がこちらに向ける鋭い剣の切っ先がさらに近づいて来たので、安堵はすぐ恐怖と混乱へと変わっていく。
「ちょ、ちょっと。待って。待ってってば。何!? いったいこれ何が……」
「混乱しているぞ! チャンスだ! 捕縛しろ! 魔法隊は何時でも攻性魔法を放てる様に!」
男が叫ぶや、勇太を取り囲む武装した人々はその範囲を狭めた。というか数人は飛び掛かって来て、すぐさまにロープの様なもので勇太を縛っていく。
「教えてって!? 何だよこれ!? なんで僕捕まえられて、ちょっと、そもそもここどこで、いったいあんた達誰なんだよ!」
勇太は叫ぶものの、晴天の下ではそれは虚しく響くのみだ。
そういえばここは空が広い。現実逃避の様にそんな事を一瞬思った勇太は、目に映る光景。やや古びた様に見える、見慣れぬレンガの建物と石畳の道で作られた街並みを目にした後、後頭部に痺れた様な感覚を受けて意識が遠退いて行った。