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第2章 悪役令嬢!?(2-1)

 夢ならばいいと思っていた。

 悪夢なら目覚めれば笑い話になる。

 つまらない夢でもご覧になったのですか、とミリアが笑ってくれるだろう。

 しかし、目が覚めると、そこは狭い牢屋だった。

 ごつごつとした石の壁から伝わる冷気が夢ではないことを物語っていた。

 かろうじて天井近くにある小さな窓から光が差し込んでいて、周囲の様子は分かる。

 頑丈な鉄の扉の向こうからはなんの物音も聞こえてこない。

 どうやらここで一夜を明かしたらしい。

 分厚い生地の衣装のおかげで体調を悪くしなくて済んだようだ。

 お母様が守ってくれたのかしらね。

 そうつぶやいてみたところで、閉じこめられている現実が変わるわけではなかった。

 おまけに、エレナの足首には頑丈な足枷と、錘につながれた鎖がくくりつけられていた。

 何という屈辱。

 やはりあれは夢ではなかったのですか。

 エレナはびくともしない錘を見つめながらため息をついた。

 気を失ってからどれくらいの時間がたったのだろうか。

 グルルゥグゥゥ。

 狭い空間にお腹の音が鳴り響く。

 そういえば、馬車に乗って王都に来てから何も食べていなかった。

 空腹を意識した途端、体中の力が抜けていく。

 ふだん何不自由ない生活をしているエレナにとって、このような状況は耐え難いものだった。

 なんとか脚を引きずって鉄の扉をたたいてみてもなんの反応もない。

「もし、どなたかいないのですか」

 人を呼んでも、誰も来る気配がない。

 いつもなら目覚めればミリアがやってきてすべてを整えてくれていた。

 でも、ここには何もないし、誰もいない。

 エレナの目から涙がこぼれ落ちる。

 いったいなぜわたくしがこのような扱いを受けなければならないのですか。

 わたくしがいったい何をしたというのです。

 エレナは拳を鉄の扉に叩きつけた。

「誰か! 誰かいないのですか! わたくしをここから出しなさい!」

 お嬢様育ちの柔らかな手の皮がむけて血がにじみ出す。

 誰か助けて。

 わたくしをここから出して。

 お父様のところへ帰らなければ。

 お医者様のお薬を差し上げなくては。

 誰でもいいからわたくしをここから出しなさい。

 だが、鉄の扉はびくともせず、ただ冷たく立ちはだかるだけだった。

 扉をたたくのを止めたとき、何かの物音が聞こえた。

 ほんの微かだが、こするような、何かが這うような音がする。

 耳をそばだてると、意外と近いようだった。

 この狭い牢屋の中に何かがいる。

 カサカサ……。

 足下で何か動いたような気がした。

 鉄の錘の陰から、何か細い糸のような物が出て、ふらりふらりと揺れている。

 見ていると、少し移動しては止まり、また移動してはふらりと糸を揺らしている。

 明らかに生き物だ。

 なんですの?

 エレナは錘の裏をのぞきこもうとした。

 と、気配を察知したのか、黒い物体が急に動き始めて床を這って壁際に走り去った。

 カササッ。

 一瞬の出来事に呆然としてエレナは壁際へそっと近寄った。

 薄い体に黒光りした羽の虫がいる。

 頭の先にユラユラと細い糸をゆらしながらじっとしている。

「あら、おまえはどうしてこんなところにいるの?」

 エレナは虫に向かって話しかけた。

「おまえもこんなところに迷い込んだの? それとも、もとからここの主だったの?」

 もちろん話しかけたところで返事はないし、動きもなかった。

 頭から二本伸びた細い糸をゆらゆらとゆらすだけで、じっとしている。

 エレナも思わぬ同居人と向かい合ってじっとしていた。

「おまえ、名前はなんて言うの?」

 もちろん虫が返事をするわけがないことくらい分かっている。

 ただ、今はこの虫だけが話し相手なのだ。

「おいで」

 呼んでもじっとしたままだ。

「こわくないから、おいで」

 手招きしようとすると、攻撃されると勘違いしたのか反対側の壁に逃げてしまった。

 体を丸めて膝に顎を乗せると、エレナは、ふうとため息をついた。

 やっぱりだめですか。

 わたくしはみんなに嫌われているのかしら。

 わがままで何もできないんですものね。

 仕方がないかもしれませんね。

 石壁にもたれながら高い天井を見上げる。

 不思議なもので、たとえ虫であっても、自分一人だけではないと分かったときから、心の奥に落ち着きが戻ってきていた。

 わたくしは貴族の娘。

 どんなところにいても、つねに気品を忘れてはいけないのです。

 と、扉の向こうで物音が聞こえた。

 誰か近づいてくるようだった。

 耳をそばだてていると、外で鍵を開ける音がして扉が開いた。

 番人らしい太い腕の男が二人顔を出す。

「メシだぜ、お嬢ちゃん」

 お盆を持ってきた方の男が中に入ってきて、床に置いた。

 透明なスープと、小さなパンが一つだけだ。

「これが食事ですか?」

「なんだ、囚人のくせに文句あるのか?」

 男が足枷のついたエレナの脚を舌なめずりしながら眺めている。

「なんなら、俺たちの方が味見してやってもいいんだぜ」

 にやけながらドレスの裾をめくり上げようとした男が、ふと手を止めた。

 部屋の隅で動くものに気づいたようだ。

「なんだ?」

 男は壁際に体を向けた。

 黒光りする虫がカサカサと音を立てて壁を這い上がる。

「なんでえ、ゴキブリかよ」

「つぶしちまえよ」と、扉のところで鍵を持った男が声をかける。

「よっと」と、男が壁に拳を叩きつけようとすると、素早く虫が逃げ出す。

「なんだ、このやろ」

 壁から床に下りてきた黒い虫はエレナの食事の方へ這い寄ってくる。

 男が足でつぶそうとするのをエレナは止めた。

「おやめなさい。かわいそうではありませんか」

「あ?」と、男が立ち止まる。「なんだ、こいつ。変な女だ」

 外の男も鍵をじゃらじゃらと鳴らしながら呆れたように言った。

「どうでも、いいじゃねえか。そんなのほっとけよ。行こうぜ」

 男達は重たい扉を閉めて去っていった。

 再び静かになった牢屋の中で、エレナは食事に手を伸ばした。

 パンの陰から黒い虫がひょっこり顔を出す。

「おまえはゴキブリというのですか」

 話しかけると、返事するかのようにゆらりと触角を揺らす。

 名前が分かると急に親近感がわく。

「おまえも食べますか」

 パンを小さくちぎって床においてやろうとすると、エレナの動きを見て警戒したのか、ゴキブリはまた壁際へ逃げてしまった。

「大丈夫。わたくしはおまえをつぶしたりはしませんから」

 エレナは虫をあまり見たことがない。

 母が大切にしていたバラの庭園で見た蝶やバッタくらいしか知らない。

 ハエや蚊といった害虫も知ってはいたが、召使いたちが駆除していたから目にする機会はほとんどなかった。

 ゴキブリを見たことはなかったし、それに対する恐怖や偏見もなかった。

 エレナはパンをスープに浸して口に入れた。

 ほとんど味のないスープだったが、お腹が空いていたせいか、体にしみいるような気がした。

 だが、あまりにも少なすぎてあっという間に食べ終わってしまった。

 いつもならチーズやフルーツも好きなだけ選べるというのに、全然物足りない。

 斜陽貴族といえども恵まれた生活だったことをエレナは初めて思い知ったのだった。

 いったいいつまでここに閉じこめておくつもりなのだろうか。

 さっきの男達に聞いたところで何も知らないだろう。

 お父様はどうしているだろうか。

 ふと気がつくと、壁際でゴキブリがパンのかけらに覆い被さっていた。

 小さなかけらとはいえ、ゴキブリの体と比べたら巨大な岩くらいの比率になる。

「わたくしには足りなくても、おまえにはごちそうですね」

 話しかけるとまるで返事をするかのように触覚を揺らす。

 エレナは独り言をつぶやいた。

「カエルと結婚するのは嫌でしたが、今となっては、カエルの方がましでしたね」

 つい、笑ってしまう。

 ゴキブリの他に誰もいない牢獄で一人、エレナは背中を丸めながら膝にあごをのせてつぶやき続けた。

「おまえと結婚したら、わたくしをここから連れだしてくれるかしら?」

 ゴキブリが足をぴくりとのばして体をこちらへ向けたような気がした。

「無理よね。あ、でも、わたくしがゴキブリになればいいのかしらね。そうすればあの高い窓から一緒に外へ飛んでいけるかもしれませんね」

 他にすることもないと、つまらない空想が楽しくなる。

 でも、次の瞬間、急に虚しさに襲われてエレナの目から涙があふれ出した。

 誰か。

 誰でもいいからわたくしをここから連れだして。

 お城へ帰りたい。

 誰かわたくしをお城へ連れてかえって。

 ……カサカサ。

 目を上げると、お盆の上の器にゴキブリが入っていた。

 泣いている間にいつのまにか近寄ってきていたらしい。

 スープの入っていた器のふちに足をかけてこちらを見ている。

 ゆらゆらと揺れる触覚が手招きしているように見える。

 エレナは涙をぬぐった。

「わたくしを連れ出してくれるのですか?」

 ゴキブリは逃げずに触覚を揺らしている。

 虫と会話をしていると、扉の向こうで足音が聞こえた。

 さっきの男達と違う足音だ。

「おまえ、隠れなさい」

 通じるわけがないかと思ったら、ゴキブリは素直にエレナのドレスに這い上がってきて、プリーツの中に潜り込んだ。

「じっとしてるのですよ」

 そっと声をかけたとき、扉の鍵を外す音がした。

 重い扉を押し開けながら制服姿の衛兵が二人入ってくる。

 一人がエレナの足枷を外し、もう一人がかわりに縄で後ろ手に縛る。

「来い。王子妃殿下がお呼びだ」

 無理矢理引っ張り上げようとする衛兵達にエレナは言った。

「自分で行けます」

「うるさい。口答えするな」

 両側から腕を抱えられて、引きずられるようにしながら連れていかれたのは王宮の小広間だった。

 壇上中央の椅子に、豪華な宮廷服を着たミリアが座っている。

 膝の上にはクラクス王子がのっていて、彼女の胸にもたれながら指をしゃぶっている。

「ご苦労様です。放してやりなさい」

 ミリアの命令に従って衛兵達がエレナを床に放り投げた。

「何をするのよ、もう、痛いじゃないの」

 壇上からミリアの高笑いが聞こえてくる。

「ホッホッホ、ひどい姿ね、エレナ。貴族のプライドはどこへ行ったのですか。もっともすでにあなたは身分を剥奪された罪人ですけどね」

 エレナは体を起こして顔を上げた。

「ミリア、あなたはなぜこのようなことを」

「罪人よ、気安くわたくしの名を呼ぶでない。今のわたくしはクラクス王子妃ラベッラ公爵夫人です」

 王子妃?

「あなたはその子供と結婚したというのですか」

「ええ、ですから、今はあなたとは立場が逆転したのですよ」

 ミリアの態度は威厳のあるものだったが、それは気品というよりは高慢さの裏返しのような雰囲気がにじみ出していた。

 ミリアは衛兵達に命じて人払いをさせた。

 クラクス王子も世話係に預けて部屋から去らせる。

 二人きりになった小広間で、ミリアが口の端に笑みを浮かべて壇上からエレナを見下ろしていた。

「ザマアですわね、エレナ」

「ざ、ザマア……ですって?」

「長年の恨み。その仕返しです」

「あなたが言っていた卑劣な陰謀とは何なのですか。いったい、わが伯爵家が何をしたというのですか」

「ちょうどあなたが生まれた頃のことです」と、ミリアが椅子から立ち上がって語り始めた。「わが公爵家は正義のために立ち上がったのです」

 かつてラベッラ公爵家とシュクルテル伯爵家はルミネオン王国の隣国サンペール王国の臣下だった。

 そして、公爵家と伯爵家は長い間盟友として良好な関係を築いていた。

 そんなとき、当時のサンペール国王が王宮の建築費を捻出するために、民衆に新たな税を課そうとした。

 ラベッラ公爵は王室の放漫財政により民衆を苦しめることは認められないと抗議し、諸侯にも賛同を求めた。

 伯爵家も賛成の立場を表明し、一時は王家も増税を撤回する流れになりかけていた。

 しかし、諸侯会議を招集するという名目で貴族達を王都に呼び寄せた王家は、彼らを幽閉し、増税への賛同を迫ったのだった。

 陰謀を察知していたラベッラ公爵は招集に応じず、同様に所領に籠城した伯爵に呼びかけて反旗を翻し王都へ進軍しようとしたが、伯爵は援軍を送ることはなく、サンペール王家の軍勢に破られて所領を剥奪され、公爵家は断絶となったという。

 そして、孤立したシュクルテル伯爵はルミネオン王国に助けを求め、新たに家臣となることを誓ったのだった。

「民衆のために立ち上がったわが父をおまえの父は裏切ったのよ」

 ミリアは拳を振るわせながらエレナをにらみつけていた。

「父は討ち死に。母やまだ子供だった私たちは城を追い出され、流浪の生活を送るうちに散り散りになったのです。私は家族の仇を討つため、伯爵家の召使いとなって、いつかこの日が来ることを待っていたのよ」

 それはエレナのまったく知らない話だった。

「サンペールを追われたおまえの父は自分だけ庇護を受けるために、忠誠のあかしとして、生まれてくる子供をルミネオン王家に人質に差し出すという契約を結んだそうよ。それがこのたびの婚約の真相だったというわけね」

 そんないきさつがあったことをエレナは初めて知った。

 自分は家を守るための道具に過ぎなかったなんて。

 がっくりとうなだれたエレナに罵声が浴びせられる。

「盟友を裏切り、自分さえ助かればよいと逃亡した卑怯者。それがおまえの父シュクルテル伯爵よ。その娘であるおまえの運命は生まれたときから裏切りの汚い血にまみれていたってわけね」

 ミリアが口に手を当てて笑い出す。

「ホホホ、むしろ、カエルと婚約する方がましだったんじゃないかしら? そうやって這いつくばっているおまえにはとてもお似合いよ」

 エレナも顔を上げて言い返した。

「あなたもそれでいいのですか? これがあなたの望みなのですか? あなたにしても、結婚とは名ばかりで、あの子のお守りをするだけじゃないの。それであなたは幸せになれるというの? 結局は貴族の身分を得るための政略結婚でしょうに」

 うなずきながら聞いていたミリアが不敵な笑みを浮かべる。

「そうかもしれませんけど、ウェイン第一王子がいなくなればクラクス王子だって世継ぎになれるんじゃないかしらね。そうすれば貴族の身分どころか王国そのものが手に入るわ」

「第二王子もいるんでしょう? クラクス王子は世継ぎにはなれないでしょうに」

 だからこそ、エレナも婚約を受け入れられなかったのだ。

 しかし、ミリアは落ち着いた表情で笑みを浮かべたままだ。

「大丈夫ですよ。上の四人がいなくなれば順番が来るのですから」

「そんな都合の良い話があるわけないでしょう」

「そうなるように仕向ければいいのですよ」

 仕向けるって、いったい……。

 心の奥がざらつく。

 何かが引っかかって嫌な音を立てている。

 鼓動が早くなる。

 ミリアがおもむろに視線をそらして窓から差し込む光を見つめた。

 目を細めながらつぶやく。

「あなたに知らせておくことがあります。さきほど、伯爵家より早馬が来たそうです」

「お城から? なんですの?」

「伯爵が亡くなったそうですよ」

「なんですって!」

 エレナは床に崩れ落ちた。

 ああ、お許し下さい、お父様。

 せめて枕元でご挨拶をしたかったのに。

 お別れも言えずに……。

「まあ、あの様子では、時間の問題だったでしょうね」と、ミリアが淡々としゃべり続ける。「少し時計を進めただけのこと」

 死を早める……。

 ミリア、あなたまさか!

「お父様に毒を!?」

 なんて恐ろしいことを。

「違いますよ」と、ミリアは表情を変えずに言った。「私はただ枕元に毒草茶を置いただけ。飲ませたのは親孝行のあなた」

「なっ」

 エレナは絶句したまま言い返す言葉も見つからなかった。

 確かに飲ませていたのは自分だ。

 薬だと思って、良かれと思って、お茶を口に含ませてあげていたのだ。

 黙り込んだエレナに侮蔑的な笑いが浴びせられる。

「そうよ、あんたが勝手に飲ませたんでしょうよ。あんたが自分の父親を殺したのよ。おめでたい人ね。私が育てた愚かな女。このまま地獄に落ちなさいな」

 エレナは毅然と言い返した。

「それはあなたも同罪でしょう。このような企み、天はお見通しですよ」

「お黙りなさい!」と、ミリアが怒鳴りつけた。「この世界の筋書きを作るのはこの私なのです。今のあなたは伯爵令嬢なんかじゃなくて、悪役令嬢! 悪役として没落する運命を背負わされた登場人物の一人にすぎないのよ」

 悪役?

 このわたくしが?

 狼狽するエレナの表情を見て、満足そうにミリアは笑みを浮かべた。

「それが私が考えたこの物語の筋書きというわけよ。あなたはみすぼらしく哀れな悪役として地獄へ落ち、私には家名を再興した聖女として読者がみな拍手喝采を贈る。復讐と家名再興の一石二鳥。これでこの物語はハッピーエンド。この私を主人公にした小説をみなが夢中になって読むことでしょう。あなたにお礼を言うわ。私の物語を完結させてくれてありがとう」

 エレナはミリアの高笑いに屈するしかなかった。

 筋書き通りと言っていたのは、このことだったのか。

 しかし、彼女の心には憎しみはわいてこなかった。

 ぽっかりと穴が開いた心に広がっていくのは冷たい寂しさだった。

 今までのなにげない日常の風景が心の中に去来する。

「わたくしはあなたを本当に姉のように思っていたのに」と、エレナは素直な思いを口に出した。

「自分で何もできないから私にやらせていただけでしょう。利用していただけの関係を今さら言い繕うのはみっともないですよ」

 ふっとため息まじりの笑みを浮かべながら、ミリアが続けた。

「もっともそれは私の方でも同じですけどね。復讐のためにおまえの信頼を利用していたのですから」

 黙り込むエレナに、ミリアがいらだちの表情を見せた。

「何よ、少しはわめいたらどうなの。悪役らしく呪いの言葉でも浴びせたらいいじゃない。それでこそ悪役令嬢というものでしょう」

 エレナは微笑みを浮かべながら穏やかな口調で答えた。

「いいえ、慈悲深いお母様の名にかけても悪態などつきませんわ。それよりもわがままなわたくしを今まで世話してくれてありがとう。心からお礼を申しますわ」

 その言葉は嫌味や強がりではなかった。

 これまでの生活のすべてが嘘偽りだったとは思えなかった。

 いくらかでも、そこに心があったのなら、それは否定したくなかったのだった。

 そんなエレナの様子を見て、しばらくミリアは思案を巡らせているようだった。

 そして、衛兵たちを呼び戻すと、エレナを跪かせるように命じた。

 壇上からエレナの前へ下りて、頭を押さえつける。

「本来なら、ここで罪人を処刑するところですが、わたくしも人間です。少しくらい筋書を変えてもいいでしょう。城へ帰って父親の葬儀と埋葬くらいはさせてあげてもいいわね。連れて行きなさい」

 衛兵たちはミリアの縄を引っ張り上げて、再び引きずるようにしながら小広間から連れ出した。

 入れ替わりにクラクス王子が駆け込んでくる。

「ダッコダッコ」

 ミリアが王子を抱き上げて頬を触れ合わせる。

「よしよし、あなたは大切な切り札ですからね。わたくしのために役に立つのですよ」

 そして、世話係を呼びつけて命じた。

「おむつを替えなさい。お尻が臭いますよ」

「もうしわけございません。ただいま」

 王子を預けると、ミリアは扇で臭いを払った。

 まったく。

 早く王位を奪って、あんなクソガキとおさらばしたいものだわ。

 まあ、その前に、仕上げをしないといけないわね。

 ミリアは靴音を響かせながら小広間を出て、玄関へと向かった。


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