(5-2)
朝食に向かおうとしたエレナに侍女が声をかけた。
「本日はお庭でお召し上がりください」
「あらそうなの? どうして?」
侍女が窓から空の様子を眺めた。
「お天気がよろしいので、旦那様と奥様もお庭でお待ちでございます」
エレナは我が耳を疑った。
え?
「今、なんて言ったの?」
「ですから、旦那様と奥様がお庭で……」
お父様が?
お母様が?
「どういうこと?」
エレナは窓に駆け寄って庭園を見下ろした。
バラ園で父と母が朗らかに談笑しているのが見える。
そんな馬鹿な。
エレナは振り向いてミリアに詰め寄った。
「こ、ここは天国ではないわよね?」
ミリアが苦笑している。
「お嬢様、まだ寝ぼけていらっしゃるのですか。小説の読み過ぎではございませんか」
「ねえ、ミリア。本当にこれは夢ではないのですよね」
「当たり前でございます」
「なら、わたくしをつねってみてよ」
「では、遠慮なく」
ミリアが両手でエレナの頬をぐにっと引っ張る。
い、痛い、痛い!
ちょっと、やりすぎよ。
ハムスターじゃないんだから。
でも、夢じゃない。
もう何が何だか分からない。
どれが本当なのよ!?
でも、そんなことなんてどうでもいい。
「お母様! お父様!」
エレナは裸足で部屋を駆け出した。
「お嬢様! なんて、はしたない!」
侍女が靴を持って追いかけてくるのなんか待っていられない。
チクチクする芝生を裸足で駆け抜け、愛しい母の胸に飛び込む。
「お母様!」
「まあ、エレナ、どうしたの?」
うれしすぎて言葉が出てこない。
だって、信じられないほど幸せなんですもの。
母がエレナの足下を見て微笑む。
「まあ、裸足ではありませんか。お転婆ねえ」
「申し訳ございません、奥様」と、ミリアが靴をそろえてエレナの前に並べる。
父がその様子を眺めながら笑っている。
「エレナ、ごらん。見事なバラが咲いているよ」
「はい、お父様」
咲き乱れる花から花へ蜜を求める蜂が飛び交い、そよ風に乗っていい香りが漂う。
三人そろって用意されたテーブルにつく。
ティーポットのカバーに蝶が止まって羽をそろえる。
トーストにたっぷりとイチゴのジャムをつけて口に入れる。
なんだろう。
こんな当たり前のものがとても久しぶりのように思える。
ミリアが赤い実をテーブルの上に並べた。
「まさか、それは……」
「ご朝食のリンゴでございますが、何か?」
皮をむこうとするミリアからあわててひったくると、エレナはそのままかぶりついた。
シャリシャリ、シャクシャク。
……そうよね……、ただのリンゴよね。
「まあ、なんでしょう。お行儀の悪いこと」
母にたしなめられて、エレナは適当に言い繕った。
「以前、ミリアと食べたリンゴが渋くて酸っぱかったもので、味見を……。お父様とお母様にはおいしいものを召し上がっていただきたいので」
それを聞いた父が笑う。
「ははは、親孝行な娘だな」
親孝行?
もしかして、これって、わたくしの特殊能力のおかげってことなのかしら?
やっぱり天国と冥界が入れ替わったってことなのかしら?
「ねえ、ミリア」と、エレナは侍女に耳打ちした。「これってフラグ回収かしら?」
「はあ、旗……でございますか?」
「ううん、なんでもないわ」
理解できないという表情でリンゴをむいている侍女に、彼女はもう一つたずねた。
「ねえ、ミリア」
「はい、何でしょう、お嬢様」
「夢オチって、物語の結末としては最低よね」
何事ですか、と侍女が笑う。
「それは時と場合によるかと。読者はみな、展開は波瀾万丈でも、最後はハッピーエンドがお望みですからね」
なら、全部詰め込んでもいいかしら。
「お嬢様、お紅茶をどうぞ」
これは、とエレナは口をつけた。
……毒ではないようね。
「どうかなさいましたか?」
「ううん、とてもおいしいわ」
「それは何よりでございます」
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