(3-5)
◇
おかしな騒動があってからしばらくは平穏な時間が過ぎていた。
時間とは言っても、冥界には昼夜の区別や日時といったものはなかった。
いつも暗かったし、一日の区切りというものもない。
ものすごく時間が過ぎたような気もするし、ほんの一瞬しかたっていないような気もする。
一、二、三と数を数えて時を意識してみようとしても、途中で数えていること自体忘れてしまう。
冥界では眠くなることも、疲れることもない。
眠ろうと思えば眠れるし、眠らなくても体調に変化はない。
そのときそのときで気まぐれにうれしくなったり、気分が落ち込んだりすることはある。
ただ、それも記憶に残らないうちに消えてしまうのだった。
初めのうちはどれくらいの時が流れたのか気になっていたエレナも、いつしか気にするのをやめていた。
ルクスは地上へ行っていることが多く、その間、エレナはメイド服を着て一人で屋敷の掃除をしていた。
やっても無駄だと言われていたとおり、少しはきれいになったかと思っても、別の部屋を掃除して戻ってくると、もうそこは降り積もる罪の埃に覆われているのだった。
人の罪というのは、尽きぬものなのですね。
ついため息をついてしまう。
でも、そのおかげでエレナは退屈しなくてすんでいたのも事実だった。
単調で報われない作業だったが、掃除をしていると不思議と心が安らぐのだった。
もしかしたら、わたくし、このようなことに向いているのではないかしら。
城にいた頃は退屈を持て余してミリアにあきれられていたけれど、まわりの者が何でもやってくれる生活は楽であっても、そこに喜びなどなかったのではないかと思えてくる。
それにくらべたら、ここでの生活はましなのではないか。
そういった思いがわきおこるたびに、彼女は指に輝くサファイアを眺め、父と母のために祈りを捧げるのだった。
わたくしはここで元気にやっております。
お父様もお母様も天国で安らかにお過ごしください。
エレナは冥界での生活に少しずつなじんでいくのだった。
あるとき、いつものようにルクスがゴキブリの姿に変身して(というより本来の姿に戻って?)地上へ罪人を探しに行って不在のとき、屋敷の中に不思議な匂いが漂い始めた。
何かを煮込んだ料理のようないい香りだ。
掃除をしていたエレナは久しぶりに食欲を思い出して、その匂いのする方へ近づいていった。
キッチンの扉が少しだけ開いていて、その隙間から何か物音が聞こえてくる。
誰かいる。
箒の柄をぎゅっと握りしめると、エレナはそっと歩み寄っていった。
調理の物音に交じってリズムも調子もめちゃくちゃな鼻歌が聞こえる。
音痴にもほどがある。
聞いていると頭が痛くなりそうなほどだ。
耳を塞ぎたくなるようなひどい歌だが、ただそれは聞き覚えのある声だった。
エレナは扉をノックして中をのぞき込んだ。
「やはりあなたでしたか」
キッチンで料理をしているのは鏡の中にいたあの妖魔だった。
あいかわらず白塗りの顔に奇抜な頬紅の化粧が目を引く。
「はあぃ、元気ぃ?」と、鍋をかき混ぜながら陽気に挨拶をしてくる。
その様子からエレナは少し警戒心を解いて挨拶を返した。
「まあまあですわね。のんびり暮らしてますわ。それにしても、どうしてあなたがここに?」
「どうしてって、どういう意味よ?」
「鏡の中にいたではありませんか」
「だって、あんたが割っちゃったんじゃん。あたしの居場所がなくなっちゃって、しかたがないから出てきたんですけどぉ。悪い?」
と言われてしまうと、なんとも言い様がない。
「べつにいいじゃん。どうせ、あたしはあんただし、あんたはあたしなんだし」
「またそれですか。わたくしとあなたは違うと言っているではありませんか。」
「みんなそう言うのよね。鏡に映る自分を見て、あたしはこんなんじゃないとかって。なんかチョー失礼じゃない?」
「でも、顔が全然違いますし……」
「体も違うもんね。ぷークスクス」
言葉にかぶせるように笑われてしまう。
どうも弱点を握られてしまったらしい。
悔しいけど言い返せない。
「う、歌だってめちゃくちゃじゃありませんか」
「音痴なのはあんたじゃん。あたしはあんただし、あんたはあたしなんだから」
確かに舞踏は苦手だし、歌も得意ではない。
自分も庭園を散策中に同じように鼻歌を歌っていたら、『蜂の巣でもあるのかと思いました』とミリアに笑われたこともある。
何かを言おうとするとすべて自分に返ってきてしまう。
なんとも不毛な言い争いだ。
好きな相手ではないが、ここで暮らしていく仲間なのかもしれないのだから、ならばむしろよく知ってみたほうがいいのではないか。
エレナはあらためて自己紹介をしてみた。
「あなた、お名前は? わたくしはエレナです」
「知ってるし」
「で、あなたは?」
「あたしは名前なんかないよ。あんただから」
まさか、エレナと名乗るつもりなのだろうか。
「まあ、サキュバスだけどね。呼び名じゃないけど」
「なんですか、それは?」
「いやらしいことが大好きな妖魔ってこと。欲望の塊ね」
「そんなあなたが私に似ているわけないじゃありませんか」
「だから、あんたはそれを認めようとしてないだけで、あたしはあんたなの」
まだ恋もしたことがないというのに、一緒にされても困ってしまう。
と、そう思ったときに、エレナはこの先も恋なんかできないことに気づいてしまった。
冥界にはそもそも相手がいないのだ。
ルクスは……どうだろう。
せめて人ならいいのだけど。
悪者ではないことは分かっているのに、正体を知ってしまっている以上、何かをあきらめないと彼のことを受け入れられないような気がする。
サキュバスが手招きしている。
「ねえ、ちょっと味見してみない?」
エレナは歩み寄って、皿によそられたいい香りの料理に口をつけた。
「あら、まあ」
思わず声を上げて驚いてしまった。
お城でよく食べていたシチューにそっくりの味だったのだ。
「どうして、これを?」
「だから、あたしはあんただから、あんたの好きな物は何でも分かるんだってば」
「あなたはお料理が上手なのですね」
「えー、そう、上手かな? うれしいこといってくれるじゃん。ていうか、あんたもやってみれば?」
「やったことがありませんわ」
「あたしなんだから、できるんじゃない? やってみればいいじゃん。あたしが教えてあげよっか」
やってみて、うまくいけばうれしいのだろうけど、それはそれで、やっぱり似てるじゃんと言われるのはあまりうれしくない。
「まあ、そのうちお願いするかもしれません。それより、これはなんのお料理ですの?」
「ワインで煮込んだシチューだよ」
ミリアのレシピだ。
「いい感じにできたから、一緒に食べようよ」
「よろしいのですか?」
「当たり前じゃん。あんたはあたしなんだし。遠慮しなくていいじゃん」
なんでもそれだ。
ルクスといい、このサキュバスといい、冥界の者たちは単純な理屈で動いているらしい。
とはいえ、久しぶりに人間らしい食事にありつけそうなので断る理由はなかった。
「では、いただきましょうか」
「えへへ、そうこなくっちゃ」
皿に大きな肉の塊をごろりとよそってくれる。
サキュバスも一緒に食卓につく。
「おかわりいっぱいあるから、じゃんじゃん食べてね」
「いただきます」
皿からたちのぼる香りが食欲をそそる。
さっそく一口いただくと、ワインをベースに果物のような甘さと香辛料がきいている。
ああ、懐かしい。
これは、ミリアが作ってくれたものとほとんど同じではありませんか。
よく煮込まれた肉はほろりととろけるようで味わい深い。
いまいち気の合わない相手だと思っていたけれども、料理の腕が素晴らしいのは認めるしかなかった。
ところが、テーブルの反対側でサキュバスも食事を始めると、エレナの手は止まってしまった。
ぴちゃぺちゃ。
ジュルジュルル。
サキュバスはスプーンを使わず、皿を持ち上げて直接口をつけてずるずると音を立てながらシチューを流し込んでいる。
口の中に入ってきた肉片を獣のようにぺちゃくちゃと音を立てながら咀嚼する。
村のお祭りで調子に乗りすぎた酔っ払いみたいに下品な食べ方だ。
「あの、すみませんが、もう少し……その、お静かにお召し上がりになれませんか」
皿に残った肉を指でかき集めて口に放り込んだサキュバスはきょとんとした顔でエレナを見た。
「なんで?」
「マナーというものです」
「おいしければ何でも良くない?」
「相手を不快にさせない思いやりも大事ですよ」
「いいじゃん。どうせあたしはあんたなんだし」
「ですから、わたくしはそのような食べ方をしません」
「じゃあ、似てなくて良かったじゃん。あんたもその方がいいんでしょ」
似ていても似てなくても、どちらも話にならない。
エレナはため息をつくしかなかった。
シチューのついた指をベロベロとなめ回してからサキュバスがエレナの手をその汚い指でさした。
「あんた、なんかいいもんつけてるじゃん」
ルクスに取り戻してもらった指輪のことだ。
「あたしにちょうだいよ。あたしの方が似合うって」
「いやです。これはルクスが取り戻してくれた大切な母の形見ですから」
「ルクスって誰よ」
「あの人のことです」
「だから、あの人って誰よ」
「この館の主、冥界の帝王です」
「ハア? 何それ。どういうことよ。どうしてあんたがそんなあだ名をつけちゃうわけ? 生意気じゃん」
「あだ名ではありません。あの人が好きな名で呼べというので、わたくしが名付けました」
「キィーッ! 何よ、それ、チョーずるいじゃん。あたしにはそんなことさせてくれなかったのに! なんであんただけそんなことしちゃうわけ? あたしに内緒でそんな名前で呼んでたなんて許せないんだけど。プンスカ!」
「あなたもあの御方をよく知っているのですか?」
「知ってるも何も、あたしとしょっちゅうイイコトしてるし」
いいこととは何のことだろうか。
話の内容が頭に入ってこない。
「ねえねえ聞いてよ」と、サキュバスが立ち上がってテーブルの向かい側からこちらへ回ってくる。「帝王様ってすごいのよ。あたしなんかもうね、腰がガクガクしちゃって起き上がれないくらいなのよ。なのに帝王様ってば、終わったらすぐに立っちゃうんだもん……って、あら、やだ、下ネタじゃないのよ。もっとイチャイチャしていたいのに、すぐに立ってあたしをおいてどっか行っちゃうっていう意味よ」
さっきからこの妖魔は興奮しながら一人で何を言ってるのだろうか。
意味不明な内容がエレナの耳を通り抜けていくだけだった。
「まあ、ほら、あたし、料理は得意じゃない? だから、帝王様もあたしにメロメロっていうかぁ。胃袋をつかむってやつ? お料理でガッチリ男をつかんで、あらやだ、つかむのはアソコだけど……。アソコってもちろんハートのことだけどぉ、ゲラゲラ。ついでにナイスバディなあたしも食べていいのよ、なんちゃってね」
なんだろう、殺意がわいてくる話し方だ。
「それなのに何よ、この泥棒猫! あたしに内緒で帝王様に名前を付けるなんて、チョームカチュク……て噛んじゃったし」
エレナも思わず笑ってしまった。
バツが悪そうにサキュバスがエレナをにらみつける。
「ま、いいや。許してやっから、その指輪よこしな」
急に態度が変わると、やはりこわい。
「お断りします」と、内心のおびえを悟られないためにエレナは毅然と答えた。
「じゃあさ、あたしのナイスバディと交換でどう?」
サキュバスはがらりと調子を変えて、腰を振りながら胸を突き出してくる。
一瞬心が揺らぐ。
そんな魔法があるなら、試してみてもいいかもしれない。
だが、そうやって手に入れても何かズルのような気がしてしまう。
「い、いえ。やはり、お断りします」
「ちぇー、つまんないの。絶対あたしの方が似合うと思うんだけどな。かわいいから」
「いいえ、わたくしの方です」と、かぶせぎみに答える。
やはりそこだけは譲れない。
口をとがらせながらサキュバスが顔をのぞき込んでくる。
「ねえ、ちょっとでいいからさ。つけさせてよ」
「そんなこと言って、だまし取るつもりですね」
地下牢で悪者たちにも奪われたのだ。
いくらお人好しでも、二度も引っかからない。
前のめりだったサキュバスが急に顔を引っ込めた。
「なんかぁ、こっちが頼んでんのに信じてくんないのって寂しいよね」
そうやって情に訴えられてしまうと弱い。
エレナは指輪を外して差し出した。
「では、少しだけですよ。つけたら返してくださいな」
「えへへ、やったぁ!」
喜んで指にはめようとしているけど、太くてなかなか入らないようだ。
シチューとよだれでベトベトの指に無理矢理押し込んで見せつけてくる。
「どう? どう、どう、どうよ?」
「ええ、まあ、素敵ですわよ」と、顔をしかめながらエレナは答えた。
「でしょ、でしょ。なんかあたしにチョー似合うって言うか、だってあたしはあんただし、あんたはあたしなんだから似合うの当たり前だって」
お世辞のつもりだったし、とても当たり前には思えない。
「もう、いいでしょう。返してくださいな」
「やだ」とサキュバスは一言言い捨てて手を引っ込めた。
はあ……。
約束が違うではありませんか。
「やっぱりだましたのですね」
「べつにだましてなんかないし。あたし、よこせとは言ったけど、返すなんて一言も言ってないじゃん」
「そんな……」
確かにその通りだ。
だがもちろん、納得いくはずがない。
「あなたを信じたわたくしが愚かでした」
エレナの言葉にサキュバスは嘲笑で答える。
「そう。やっと分かった? あんたはお馬鹿さんなの」
「なら、あなたもですわね」
「なんでよ?」
「だって、わたくしがあなたなら、あなたはわたくしなのでしょう? わたくしが愚かなら、あなたも愚かではありませんか」
「えーなんで? あんたが馬鹿であたしがカバで? 何言ってんの? 馬鹿なの?」
話の通じない相手を相手にするのは疲れる。
ため息をついたそのときだった。
なんだろう。
体が変だ。
お酒を飲んだように体が火照り始めていた。
下半身からなんともいえない感覚がわきおこり、心臓の鼓動に合わせて、服を脱いでしまいたくなるような衝動が突き上げる。
何だろう、この不思議な感覚は……。
「あらぁ、なんか顔が赤くなってるじゃん」とサキュバスが顔を近づけてくる。
「え、ええ、なんだか体の中が不思議な感じです」
「いやらしいことやりたくなってきたでしょ」
耳元でささやかれて、動揺を隠しながらエレナはたずねた。
「ど、どういうことですか」
サキュバスがペロリと唇をなめ回す。
ま、まさか……。
「お料理にあの木の実を使ったのですね」
「うん、そう。おいしかったでしょ」
あのシチューはあの赤い木の実で煮込んだものだったのだ。
だからあんなに甘みとコクのあるシチューに仕上がっていたのか。
エレナは自分の腕で自分を堅く抱きしめた。
そうしていないと服を脱いでしまいたくなる衝動に駆られるのだ。
「そんなにこわがることないじゃん」
サキュバスが肩に腕を回してくる。
「気持ちいいことなんだからさ」
耳たぶをなめられて思わずエレナは肘でサキュバスを払いのけてしまった。
それでも相手はめげずに抱きついてくる。
「本当はしたいくせに」
「な、何をですか?」
「知りたい?」
「い、いいえ」
エレナは慎重に言葉を選んだ。
また何か弱みを握られてはかなわない。
それを狙っているのか、サキュバスのからかいもますますエスカレートしていく。
「あたしが教えてあげよっか」
「いえ、結構です」
「我慢してないでさ。どうせあんたも帝王様にかわいがってもらいたいんでしょ」
そうなってもいいとは思うし、そうなるしかない運命なのだろうけど、こういう罠にはまってすることではないはずだ。
ルクスだってそう言っていたではないか。
サキュバスが調理台の上に転がる赤い実をつかんで、見せつけるようにボリボリとむさぼり食う。
「あんたもどう? たくさん食べればどんどんどんどんあたしみたいなナイスバディになれるわよ」
どうやらこの木の実にはそういう作用もあるらしい。
エレナはサキュバスの体つきを眺めながら、あふれ出てきそうな淫靡な欲望を必死に押さえ込んでいた。
「この真っ赤な木の実の効果ってすごいんだよ。あたしずっと食べまくってるから、バインバインにはじけちゃって、服とか胸とお尻がきつくて困っちゃうのよね」
自分には関係のない悩みだ。
「あんたはいいわよねぇー」
「なんでですか?」
「ポロリするほど胸ないじゃん。アハハハハ」
さすがにカチンときて、エレナは奥歯をギリギリとかみしめた。
出て行きなさいと言いたいところだけれど、そもそもここは自分の城ではないのだ。
行き場のない怒りの気持ちが体のうずきをますます増幅させていく。
胸ははじけなくても、顔が熱くてはじけてしまいそうだ。
少し横になって休んだ方がいいかもしれない。
「お、おいしいお料理をごちそうさまでした」
席を立って、自分の寝室に戻ろうとしたときだった。
キッチンの出口にはルクスが立っていた。
「あ、おかえ……」
エレナを横から突き飛ばしてサキュバスが駆け寄る。
「やだあ、帝王様ぁ。お帰りだったんですかぁ」
「ああ、今戻った」
サキュバスがルクスに抱きついて黒光りするマントに潜り込む。
「帝王様わぁ、熟したのと青いのどっちがお好み? ていうか、あたし? やだぁ、もう」
ルクスがサキュバスの手を取って、口づける。
「指輪が似合うではないか」
「でしょぉ。こんな素敵なもんプレゼントしてくれるなんて、やっぱり帝王様ってチョーイケメン、あたしマジ感謝」
ちょっと、それはわたくしのですよ。
「ふさわしき者にこそ、ふさわしき物を。おまえの指にあってこその宝石だ」
「ですよねぇ」
なにが『ですよね』ですか。
人の物をだまし取っておいて。
二人のやりとりを見ているとイライラしてきてしまう。
エレナは二人のわきを通って自室へ行こうとした。
「体調がすぐれませんので、失礼します」
だが、ルクスはエレナの方を見もせず、サキュバスと話している。
「やっと俺の女になる気になったか」
は?
どういうことですの?
「あったりまえじゃーん。ていうか、あたし、帝王様に最初っからメロメロなの知ってるでしょぉ」
「あれほど嫌がっていたではないか」
「えー、誰それ? そんなことないしぃ。帝王様のことが嫌いな奴なんているんですかぁ? そいつ馬鹿なんじゃないの」
チラリとエレナの方に視線を向けながらサキュバスがルクスの体を撫で回している。
「あの、わたくしはここにおりますけど」
声をかけてもルクスに無視されてしまう。
見えていないというよりも、まるで自分がここに存在していないようだった。
どうやらルクスはサキュバスをエレナだと思っているらしい。
わたくしとこんなおかしな妖魔の見分けがつかないなんてどういうことですの?
冥界の帝王のくせに、妖魔の淫靡な魅力に惑わされるなんて。
何が帝王ですか、なさけない。
恥を知りなさいな。
どうしてわたくしの前に現れる殿方はどれも品性下劣なのでしょうか。
これでは王宮のウェイン王子と変わらないではないか。
サキュバスはこれみよがしにいちゃつくのをやめない。
「帝王様、向こうであたしとイイコトしましょうよ」
「どれ、おまえの痴態を愛でるとしようか」
「やだあ、もう、あたしに何させるんですかぁ」
「おまえは俺をどう楽しませたいのだ?」
「えー、言うんですかぁ。いやあん恥ずかしい。てか、言えないけどぉ、全部しちゃうしぃ」
と言うなり、サキュバスはペロリと舌を出すと、エレナに嘲笑を向けてからルクスに口づけた。
「んー、ブチュッ。あはーん。好き好き大好き帝王様ぁ。あたし、もう我慢できなーい。早くつれてってぇん」
「よかろう。俺の部屋へ来るがいい」
ルクスはサキュバスをお姫様のように抱き上げてキッチンを出て行く。
「ちょっと、あの……」
お姫様はわたくしでしょうに……。
置き去りにされたエレナは力なくへたり込んでしまった。
サキュバスに奪われた悔しさと、ルクスに無視された悲しさと、誰かに慰めてほしいという寂しさが同時に覆い被さってきて、立っていられないほど力が抜けてしまった。
なのに、体が火照って汗が止まらない。
あの赤い木の実の効き目がますます強くなっていくようだ。
でも、この体のうずきをおさめる方法をエレナはまだ知らなかった。
「ああ、お母様、どうかこのわたくしをお守りください」
エレナはなんとか立ち上がって自分の寝室にたどりつくと、ベッドの上に倒れてそのまま意識を失ってしまった。
感想・ブクマ・評価ありがとうございます。




