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現代河童の処世術  作者: カノン砦
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7話 甘い朝


 目を開けると見慣れない天井があった。


 冒頭としてはありきたりな気もするが、光太郎は本心でそう思った。

 ここはどこなのだろうと冴えない頭を無理やり起こして、視線をぐるりと見渡す。そこには見慣れない光景があった。

 六畳ほどの部屋には必要最低限の物しか置かれていない。


 南窓のカーテンを開けると、飛んでくるような陽の光が部屋を一瞬にして照らした。

 窓を開けるとレースカーテンが踊るように舞い、風が光太郎の頬を撫でた。


「気持ちいな……」


 目をこすって、ようやく頭に血がのぼってきたので部屋紹介に行きたいと思う。


 まずはたった今、自分が寝ていたばかりのベッド。年季ものである。

 そして何も置かれていない棚と、時計が壁に掛けてある。

 それによると時刻は九時半を過ぎていた。

 あとは小さな円卓がぽつんと部屋の真ん中に鎮座している。


 まるで夢みたいな部屋である。


 河童の頃の家に比べると、急に近代化しすぎて光太郎は戸惑うばかりだ。


 話を戻してクローゼットの中に移ろう。

 そこには昨日来ていた服と河童の衣がハンガーに掛けられていた。

 これだけは人間に化けた今、自分を河童だと証明するた唯一の形見なので絶対に無くしてはいけないものだ。


 とりあえず部屋紹介はこんな所だろうか。

 光太郎は昨日の続き、横断歩道から帰ってきた後のことを思い出した。


 確か興奮していた光太郎、遊、直哉は、すぐに自分たちの新しい家となるこの寮をくまなく探索したのだ。

 そしてその後、誰かが作り置きしていたカレーをレンジで温めて四人で食べた。


 その後はリュウが自宅に戻るため、光太郎たちは見送りをして、遊、直哉、光太郎の順でお風呂に入った。あの時は何を使えば良いのか分からなかったため、本当に困ったのだ。


 それで一階にある男子専用の101号室、102号室、103号室のどの部屋に使うかで直哉と光太郎が揉めて、結局101号室が直哉。102号室が光太郎に決まった。


 ちなみに遊は二階の201号室、階段を上がって一番近い部屋を選んだ。


 部屋を選んだあとは、一応片付けをして、それからの記憶はない。きっと≪ゲート≫に飛び込んだ後に色々あって、寝てしまったのだろう。


 そして現在に至るというわけだ。


 ようやく頭が冴えてきたら、光太郎は寝間着から緑のジャージに着替えて部屋を出た。


 そこには横に伸びる渡り廊下があった。


 出て右側が103号室でさらに行くとトイレとお風呂場に繋がる。

 そして出て左側が直哉のいる101号室で、そのまま進むとホールに出る。

 ホールに出て左に折れると南にある玄関へと続き、その近くに階段がある。

 

 ホールからそのまま直進すると、管理人室と書かれた部屋があったり、客間があったりする。昨日見た時には管理人室には誰もいなかったが、生活臭はしていた。


 光太郎はホールに出ると、右に曲がって扉を横にスライドした。


 ガラガラと音を立てながら開いた先には、畳の居間が広がっている。


 そして居間の右側に扉を隔ててキッチンがあり、そこに冷蔵庫だったり電子レンジだったりが置かれてあるのだ。


 色々と場所を確認していたら、どんどん頭が疲れてきた。


 そこで顔を上げると居間にはすでにリュウが来ていた。


「あら、光太郎くんおはよう」

「おはようございます。早いんですね」

「ええ、もともと私は朝方なんですよ」


 そう微笑むリュウは、後ろ髪をハーフアップにして、縁のある眼鏡を掛けていた。

 服装は白のブラウスに、黒いスーツジャケットとパンツスーツ、そしてベルトをしており、シャープな美しさがあった。


「リュウさんは眼鏡掛けるんですね」

「ええ、読書の時とか、今みたいに新聞を読む時は掛けるのだけど、どうかしら?」

「えっ?」

「私に似合ってるかな? 光太郎くんの意見が聞きたいんだ」

「それはもちろん、似合ってますよ」

「ふふ、それなら良かった。似合ってないって言われたらどうしようかと思ってたよ」

「そ、そんなわけないじゃないですか!」


 朝から何てことを言わせるんだろう。

 リュウは居間の中央に置かれたローテーブルで、新聞を読んでいた。


 光太郎もリュウの真正面に座ろうとしたら、リュウは隣の座布団をぽんと叩いた。

 そこに座れと言っているのだろうか。


 光太郎は恥ずかしながらも、リュウの隣に腰かける。気を反らそうと話題を作った。


「新聞って確かニュースが書かれた読み物でしたよね?」

「うん、そうだよ。でもこれは、人が読む新聞とはちょっと違うんだけどね」


 そう言って、一面にデカデカと映し出された写真に目をやる。そこには工場を圧し潰すように、巨大な隕石の写真が載っていた。それはもう瓦解以外に呼べないほど酷かった。


「これって……、もしかして父さんの工場を襲った隕石ですか?」

「そうかもね。だけど、こういうのは基本的に人間社会には出回らない記事なんだよ。こんなのがやたらめったら世に流れていたら、今頃、世間は大騒ぎだからね」

「なるほど、知らなかったな……」

「だから人間に出回るのは、この隕石を取り除いた後の記事だけだろうね」

「そういうのもナポタが隠してるんですか?」

「もちろんそうだよ。私たちは人間の日常を壊さないように動くから、人間使用の新聞には工場が不遇の事故で爆発したとか、そんな具合に書かれていると思う」


 そこでチーンとキッチンの方で音が鳴った。リュウが席を立ってから戻ってくると、こんがりとトーストされた食パンと一緒にコーヒーも運ばれてくる。


「せっかくだし半分こしようか?」

「いや、でも悪いですから……」


 そういう前にリュウはすでに食パンを分けていて、光太郎の口元に運んだ。その有無を言わさぬ強引さに光太郎は負けた。


「ほら、口開けて」

「あ、はい」


 言われるままに命令に従って、食パンを食べる。餌付けをするように最後の最後まで、リュウは食パンを口に運んでくれた。


「美味しい?」

「はい、とても美味しいです!」


 芳醇なパンの焼けた香りとマーガリンの風味が合わさっている上に、リュウに食べさせてもらったのだから天にも昇るような思いであった。


 頬杖を突きながらコーヒーを飲むリュウの姿も美しく、光太郎の鼻腔までその香りは届いた。


「光太郎くんも飲んでみて」

「えっ、でもリュウさんが今飲んだばっかりだし……」

「良いから飲みなさい。これは命令です」


 そう言って、さっきのようにコーヒーが口へ運ばれる。というか、口をつけた場所はリュウが飲んでいた場所と同じである。


「苦かったかしら? 私、砂糖はあまり好きではないの」

「いえ、とても甘いです!」


 一瞬にして耳まで赤くなった光太郎を、リュウはからかうようにじっと見つめる。


 もうやめてください、これ以上は恥ずかしくて息が出来ない。

 光太郎は頭の中で叫びながら、リュウの視線から逃るように扉の方を見る。


 するとグッドタイミングで、寝ぼけた遊があくびをしながら入ってきた。


「ふわあぁ~」


 髪は寝癖がついていて、あらぬ方向に逆立っている。

 フリルが付いたパジャマ姿のまま、まるで慣習のようにキッチンへと行くと、冷蔵庫の中に入っているお茶を直で飲んだ。常習犯のようにその姿は板についている。


 ゴクリ。

 ふうーと息を吐くと、パジャマの袖で口元を拭い、また居間の方に戻ってくる。


 そこでようやく遊の焦点が定まった。


「なっ、なんでここにいるのよっ!」


 どうやらさっきは気づいていなかったようだ。さすがに寝ぼけていたし仕方ない。

 橙色のくりくりした瞳は、驚きから敵意へと瞬時に変わる。


 そしてその突くような視線は光太郎ではなくその隣に座るリュウに向けられていた。

 相変わらず、遊はリュウのことを嫌っているみたいだ。


「昨日、帰ったんじゃなかったの?」

「昨日は帰りましたよ。でも今日の朝、また来ました」

「だからどうしているわけ? もうあなたは来ないんじゃなかったの?」

「そんなこと一言も言った覚えはありませんよ。それに私はあなたたちの監視と保護の役を買っていますから」


 リュウは落ち着いて対応し、そこには余裕すら感じた。そのため、ダメージを与えようと遊の攻撃は止まらない。


「良いわよ、そんなの。私たちで勝手にするから、あなたは余計なことしないで」

「困りましたね。ですが、遊さんはまだこの世界のことを何も知らないですし、契約では見張り役は必ず同行するのが決まりなんですよ」

「そんなの聞いてないわよ」

「では今、言いました」


 決して笑顔を崩さず、リュウは遊と同じ舞台には立たなかった。そのため遊が何を言おうが、それは子供が親に駄々をこねるようで、まるで相手になっていない。


 朝からこれである。光太郎はこの先の未来を思いやりながら、二人の間に立った。


「まあとにかく喧嘩はやめましょうよ。それにリュウさんは僕らを思ってやってくれてるわけだしさ、そこはもう……」

「私は喧嘩なんてしていませんよ」

「はあ? 私だってしてないし。ていうかさあ、何でコータローが隣にいるわけ? 私の下僕じゃなかったの?」

「いや、これはたまたま成り行きで……」

「もしかしてあなたの仕業?」

「何を言ってるのか分かりませんね。それに光太郎くんは私の教え子でもあるから、命令を下すのは別におかしいことじゃないのよ」

「そうなのね、やっぱり何かしてたのね。主人がいるというのに、最っ低ね! 大っ嫌い!」

「いや、これは誤解でして……」

「あら光太郎くん、さっきのは誤解だったの? あんなことまでしておいて?」

「あ、あんなことって何よ? はっきりしなさいコータロー!」

「それは……」


 訂正しよう。遊の登場はバッドタイミングだった。

 ねめつけるような瞳にさらされて、光太郎は胃がきゅっとしぼむ気がした。


 そして見計らったかのように、頼みの綱である直哉が登場する。


「まったく朝から騒がしい連中だね、君らは? せ、先生もう来てたんですか?」

「うん、そんなことよりも直哉くん。早く服を着てくれないかな?」

「いえ、僕は家の中では何も着ない派なのでお構いなく。それに安心してください、パンツは」

「黙りなさいこの犬、そのはしたない布切れだけだと衛生面で心配なのよ」


 その瞬間、直哉が怯んだようにも見えたが、光太郎は見逃さなかった。

 直哉の頬が朱色に染まり、どこか嬉しそうな表情を浮かべていたことを。


「べ、別に君に心配される義理はないよ。それに僕はせ、清潔だし、衛生面でも問題ない!」

「うっさいわよこのナルシスト野郎! さっさと服着ろって言ってんの!」

「ぼ、僕をそこらへんのナルシストと一緒にするな! 僕は自分が清潔で美しいからこそ、ありのままの事実を述べているに過ぎないのさ。どうだ、感動したか?」

「だからそういうところがナルシスト野郎って言うのよ!」


 その頼みの綱もこの乱戦の中、ブリーフ一枚で突入してしまった。こうなればもう、この争いを止めれる者はいなくなった。


 ここはまさしく蟲毒の壺の中である。

 誰が最後に生き残るのか。

 まるで永遠のように続きそうなこの言い争いは、それから半時間ほどで終わった。



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